第110話 詮索

「ここか……。捜したぞ」

「こ、コール将軍! こんなむさ苦しいところに……」

「ローレン将軍から依頼があったこと、指示を出しておいた。一両日中にも報告が入るはずだ」

「お手数をおかけして申し訳ございません……。ですが、迅速に動いていただいて感謝いたします」

コール将軍?

 この人が?


 何か、かなりのイケメンじゃないか。

 さっきの軍議のときにいたっけ?

 全然印象にないな。


 歳は30くらいかな?

 冷徹そうな目差しが端正な顔立ちに合っているよ。

 均整の取れた体つきは、節制の利いた生活を送っているからのように思える。


 うわっ……。

 この人、武人としてはローレン将軍なんかよりよっぽど切れ者な気がするよ。

 まあ、砦の武将が皆、ドーソン将軍やローレン将軍みたいなのだったら、その方が困りものだけどね。


「いつもこの馬車にいるのか? あてがわれた部屋を何故使わない」

「私は下々の出ですので……。こちらの方が性にあっております」

「ふふっ……。そうではあるまい。馬車の方が内密な話をするのに都合が良いからなんだろう?」

「……、……」

「私はおまえを侮ってはいない。先ほどの軍議でおまえが主張したことも、常々、私が危惧していたことだ」

「……、……」

コール将軍はそう言うと、馬車の荷台に上がり込み、幌を閉めた。


「コール将軍は、兵器のことを知っておられたのですか?」

「いや、知ってはおらん。だが、ダーマー公が何か企んでいるのではないかとは思っていた」

「……、……」

「ヘレン、おまえも分かっているだろう? 今までのダーマー公の戦略が決め手を欠いていたことを……」

「はい……」

「雨と疫病の戦略は緻密に考えられた戦略ではある。だが、それだけでは砦は落ちない」

「……、……」

「ならば、何処かに決め手を隠し持っていると思うのは当然だろう」

コール将軍は、話しながら馬車の中を見回す。

 そして、アイラとエイミアを値踏みするようにねめつけた。


「勘違いするな、ヘレン……。私はおまえからの要請は受けたが、それはおまえを信用したからではない。必要だと思ったから斥候を出したのだ」

「……、……」

「おまえは確かに大した策略家だ。それは認めよう。だが、その才能がロマーリア王国のためになるかは分からん。その策略が益になるか毒になるかはな」

「……、……」

「だから、信用はしない。あくまでも私の判断でことは行う」

「……、……」

馬車内に不穏な空気が充満する。


 アイラは露骨に機嫌を損ねた表情をしている。

 エイミアも、急に俺を抱き寄せた。


 コール将軍……。

 それって、あんまりじゃないか?

 あんただってヘレンのやってきたことをそこそこ知ってて言ってるんだろう?

 兵器の件だって認めてるじゃないか、危惧していたって。

 それなのに信用しないってどういうことだよ?


「コール将軍……。仰られることはごもっともだと思います」

「……、……」

「私は素性の分からない女……。アイラのようにシュレーディンガー家ゆかりの者でもございませんし、エイミアのように疫病の治療を改善した実績もございません」

「いや……。パルス自治領でセイロの木の皮を手配したのがおまえだと言うことは知っている。だから、実績がないとは言わん」

「……、……」

「だが、おまえは嘘をついている。いや、意図的に隠していることがあるのではないか?」

「何のことでございましょうか?」

「とぼけるな……。私がここまで言っておまえほどの者が分からんわけがない」

「……、……」

「先ほどローレン将軍から聞いたぞ。おまえが暗黒オーブの使い手ではないとな……」

そこか……、コール将軍が拘っているのは。

 ヘレンの能力云々の話じゃないんだね。


「私は信じないぞ、ヘレン」

「……、……」

「親衛隊の一番隊には知己もいる。アリストスとも知らぬ仲ではない」

「……、……」

「アリストスが牢に入れられたと聞いたときはまさかと思ったが、それが一切公表されないのも妙だと思っていたのだ。しかも、そのときにヘレン、おまえ達が関わっていたと言う証言も得ている」

「……、……」

「証言した者は、確かに言った。ヘレンが緊縛呪を撃った……、と」

「……、……」

「どうだっ! これでもまだおまえは暗黒オーブの使い手ではないと言うのか? それで私におまえを信じろと言うのかっ!」

「……、……」

コール将軍はそこまで言うと言葉を切った。


 ヘレンはもちろん、アイラもエイミアも何も言わない。

 気まずい沈黙が流れる……。





「あ、皆さん、お揃いで……」

「じ、ジーンさん」

「あ、えっ? コール将軍じゃありませんか。何故、こんなところに……」

「……、……」

沈黙を破ったのは、ジーンであった。

 馬車の中をのぞき、コール将軍がいることに驚いている。


「ジーン……、久しいな」

「はい、王宮でお遇いして以来でしょうか?」

「少し前からおまえが砦に来ているのは知っていたが、そうか、アイラに付いていたんだな」

「ええ……」

「なるほど……。アリストスを捕らえたときにゴードン警備総長がいたらしいしな。そのつてでジーンが三人のお守り役になったと言うことか」

「あ、いえ……。お守り役と言うか、三人の活躍を見ているだけです。この三人のお嬢様方は、私などが何かを言う必要がないくらいの一角の人物ばかりですから」

ジーンは、辺りを見回すと、さっと馬車に乗り込む。


「ジーン……。おまえがそこまで言うとはな。まあ、私が知っているだけでも、この三人が優れていることは分かる」

「……、……」

「そうか、ジーンはそこまで三人を知っているのか」

「……、……」

「では、今度はおまえに尋ねよう。ヘレンにいくら聞いてもらちがあかないようだからな」

「……、……」

「ジーン……。ヘレンは本当に暗黒オーブの使い手ではないのか? ヘレンはそう申しているが、それは嘘ではないのか?」

「……、……」

ジーンはただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、押し黙る。

 そして、コール将軍が尋ね終わると、そっとヘレンの方を見た。


「お答えします、コール将軍。ヘレンさんは暗黒オーブの使い手ではございません」

「確かか?」

「はい……」

「デニス国王陛下に誓って間違いないのだな?」

「はい……」

「……、……」

ジーンは、声をひそめたがきっぱりと言った。


「では、重ねて聞こう……」

「……、……」

「親衛隊一番隊に緊縛呪を撃ったのは誰だ?」

「……、……」

「ヘレンではなかったら、誰が撃ったのだ」

「……、……」

「どうした、何故、言えぬ?」

「それは、申せませぬ」

「何故だ?」

「デニス国王陛下から、秘密にするように厳命されているからです」

「な、何っ? アリストスの件は、デニス国王陛下もご存知のことなのか?」

「私はそのように聞いております」

コール将軍は目を見開き、一同を見回した。


「むう……」

「……、……」

「わ、分からん……。あとはアイラが暗黒オーブの使い手であるくらいしか可能性はない」

「……、……」

「デニス国王陛下からの厳命だと? おまえ達は何を隠している? どうしてデニス国王陛下が指示を下しているのだ?」

「……、……」

コール将軍の端正な顔が歪む。

 しかし、いくら尋ねても、ジーンはそれ以上何も言わなかった。

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