第111話 コール将軍

「一つ聞いても良いかな?」

アイラがぽつりと呟いた。


 コール将軍はまだ歪んだままの顔をアイラに向ける。


「私にか?」

「ああ……」

「何だ? 何が聞きたい」

「あんたは暗黒オーブの使い手を知ってどうしようと言うんだ」

「どうしよう?」

「それを知って何がしたいのかを聞いているんだよ」

「……、……」

「どうした、答えられないのか?」

アイラには先ほどまでのイラついた雰囲気はなくなっている。

 ヘレンを信用しないと言った言葉の真意を聞き、納得する部分があったのだろうか?


「何がしたいか? そんなこと決まっている」

「……、……」

「戦争を終わらせるのだ。この無益で長い戦争をな」

「そう……」

「何だ、その不思議そうな顔は?」

「いや、あたしはドーソン将軍みたいな奴ばかりなのかと思っていたんだ。だから、あんたも戦功を挙げて自分の手柄が欲しいのかと思ったんだよ」

「バカを言うなっ! 少なくとも私は戦争を早く終わらせたいと思っている」

「そうか……。まあ、あんたはそう思っているのかもしれないが、中には自分が活躍することの方が大事な奴もいるんじゃないのか?」

「他の将軍のことは何とも言わん。だがな、皆、国のためと思っているんだ。だから戦うんだよ」

「そう……」

アイラは目を伏せた。

 その姿を、コール将軍が見つめている。


「暗黒オーブの力はまだ未知数だ。だが、その力があればこの膠着した状況を変えられるかも知れない。だから、私は情報を得たいのだ」

「……、……」

「エイミアは実感として分かるかも知れんが、砦にいる兵士達にも家族がいて、皆、帰りたがっているのだ」

「……、……」

「それは将軍である私とて同じこと……」

「……、……」

「私には愛する妻もいるし、まだ幼い子供もいる」

「……、……」

「私は、まだ我が子が喋るところを見たことがない。歩いている姿もな……。妻からの手紙ですくすくと育っていることは知っているがな」

「……、……」

コール将軍はそう言うと、口の端をあげ、少し笑って見せた。





「これはヘレンには言ってなかったけど、水の魔女誘拐のために潜伏していたときに正体がバレちまったことがあってさ……」

「えっ?」

「あ、いや……。バレたって言っても、元々あたしのことを知ってた奴がいたんだよ。ギュール側にさ」

「それで、大事にはならなかったの?」

「うん……。あ、知ってた奴って言うのが、元バロール一家のダーツ三兄弟の長男でさ、マサって言うんだよ」

「ダーツ三兄弟? 何で、そんなところにいるのよ?」

「実家なんだってさ。家業で焼き肉屋をやってるんだ」

「どうしてアイラが焼き肉屋でダーツ三兄弟と会うのよ?」

「あ、いや……。まあ、それはどうでも良いんだよ。マサはちゃんと約束した秘密も守っていたしな」

「……、……」

アイラは、慌てて話を逸らした。

 だが、ヘレンはそれに小首を傾げ、ジーンの方を見る。


「あ、いえ……。アイラさんの仰る通り、何事も起りませんでした。マサはなかなか良い奴でしてね。協力的でとても助かったんです」

「……、……」

「それに、アイラさんが外出の時には必ず町娘風の格好をしてもらいましたし。ヘレンさんのお言いつけはちゃんと守りましたよ」

「……、……」

ヘレンに見つめられたジーンも、慌てて釈明をし出す。


 その二人の慌てぶりを、ヘレンは無表情で見つめている。


「あ、いや……、話を戻すぞっ!」

「……、……」

「そのマサが言っていたんだ。大義のない戦争には反対だ……、って」

「……、……」

「だから、自分はギュール軍で戦いたくないんだってさ」

「……、……」

「今、あたしは思ったんだ。コール将軍のような考えの人がいるなら、ロマーリア王国には大義があるんだろうな……、って」

「それは、コール将軍に暗黒オーブの秘密を明かせってこと?」

「いや……。それはあたしには分からない、ヘレンが判断しろよ」

「……、……」

「あたしは、コール将軍が考えていることは間違ってないと思っただけだ。あとはヘレンに任せるよ」

「そう……」

アイラ……。

 多分、焼き肉屋事件のことは、あとで根掘り葉掘り聞かれると思うよ。

 だって、ヘレンってそう言うとこちゃんと知っておかないと気が済まないタチだし。


 だけど、アイラの言うとおり、俺もコール将軍が良い奴に見えてきたよ。

 子供のことを喋ったときの、あの表情は何とも言えなかったしな。


 意外と子煩悩なのかもしれないね。

 それに、愛する妻と、照れもせずサラッと言っちゃってさ。

 そう言うことがちゃんと言える男って、俺は憧れちゃうよ。





「コール将軍……。お話しいたします。ですが、二つだけお約束いただきたのです……」

ヘレンは、しばし考えたあと、おもむろにそう言った。


「ヘレン……。私を信用しても良いのか? デニス国王陛下の厳命なんだろう?」

「そうではありますが、暗黒オーブの力が戦争終結に役に立つと言うコール将軍のご意見は、デニス国王陛下の御心に背きませんので」

「……、……」

「二つの約束……。一つは、他言無用と言うことです」

「無論だ。ロマーリア王国に誓おうっ!」

「もう一つは、猫を集めていただきたいのです」

「ね、猫だと?」

「はい……、猫の種類は、虎猫に限ります」

「ヘレンっ? それは、真面目に話しているのだろうな?」

「もちろんでございません。これは戦争の行方を左右する重大事でございます」

「……、……」

「いかがでしょうか、お約束いただけますか?」

コール将軍は、意味の分からないヘレンの言葉に、どう反応すれば良いのか困っているようだ。


 ……って、俺にも分からないよ。

 猫なんか集めてどうしようって言うんだ、ヘレン?


「ま、まあ……。わけが分からんが、猫を集めるくらいたやすいことだ。マルタ港は元々漁港だからな。野良猫なんかいくらでもいる」

「ありがとうございます」

「だが、そこに猫ならいるではないか。エイミアの飼い猫か? その猫では用が足りないのか?」

「はい、このコロのために必要なのでございます、他の猫が……」

そ、それって、まさか……。





「コール将軍……。暗黒オーブの使い手は、このコロでございます」

「な、何だとっ!」

「信じられないでしょうが、まことのことです」

「い、いや……、だが……」

「今、その証拠をお見せいたします。エイミア、首輪の覆いをとって」

「……、……」

驚愕の表情を浮かべたコール将軍は、ジーンの方を見て、「信じられん」と呟く。

 しかし、ジーンが黙ってうなずくと、目を大きく見開き俺を見た。


「ひ、光っている……。そんなバカな……」

「コール将軍にも、この暗黒オーブが光っていることの意味がお分かりですね?」

「ま、まさか、伝説の使い手だと言うのか? この猫が……」

「そのようでございます」

「……、……」

「バロールに確認したところ、緊縛呪を最初から使えること自体が凄いのだそうです」

「……、……」

「普通のオーブの使い手では、魔術を発動するまでにかなりの時間がかかるそうですが、コロはオーブを得た次の日には緊縛呪を発動させました。先ほどアイラが言った、ダーツ三兄弟に向かって撃ったのでございます」

「……、……」

「今のところ、緊縛呪一撃で三百人ほどの人を戦闘不能に陥らせることが判明しております。ですが、その威力が上限かどうかは私達にも分かりません」

「……、……」

コール将軍は、弛緩した顔を一同に晒したままだ。


 人間って、あまりに驚きすぎると、あんな顔になるんだな。

 端正な顔が台無しだよ……、コール将軍。

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