第109話 根回し

「ま、まあまあ……。二人とも……」

デニール王子は、言い合うドーソン将軍とローレン将軍をなだめた。


 デニール王子は、部下達に好きに発言させているように見えて、ずっと話の要所はでは意見を差し挟んでいる。

 この辺に人が良いだけの王子ではないところが出ているようで、俺はますますデニール王子が好ましく見える。


 ……って、猫の俺に好かれても仕方がないか。


「僕は思うよ。皆が血気盛んなのはとても良いことだと。だから、ドーソン将軍が任せてくれと言ってくれるのは頼もしく思う」

「さすがデニール王子ですな。我が精鋭に任せて下さればギュール軍を必ず撃破いたしますぞっ! ダハハハハっ!」

ドーソン将軍は、我が意を得たりと豪快に笑う。


「だけど、優位に進めているときだからこそ備えをすべきだと言うローレン将軍の慎重さも大事だね。僕達が今戦っている目的は、この砦を死守することだから。万一があってはいけないと言う意見も正しい」

「ははっ! デニール王子の思し召しのままに……」

ローレン将軍は大げさにうなずくと、わざわざ立ち上がり敬礼をして見せた。


「お二人とも、僕の気持ちは分かってくれたようなので、この辺で結論を出すよ」

「……、……」

「西側はドーソン将軍に一任します。今までと同様、いや、それ以上にギュール軍をしっかり防いで下さい。ローレン将軍は東側で兵器に備えて下さい。ただ、あまりものものしくすると敵に感づかれるので、極力さりげなく備えるようにお願いします」

「ははっ!」

ドーソン将軍とローレン将軍が、同時に声を上げる。


「……と言うことでどうだい、ヘレン?」

「デニール王子の思し召しのままに……」

「そう……。では、解散っ!」

「……、……」

ヘレンの奴、旨くやったなあ……。

 これでローレン将軍に色々と頼めるもんな。





「ローレン将軍……。お願いしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「ヘレンか。こちらも少し確認したいことがある。構わん、申してみよ」

軍議が終わり、参加者は次々に部屋を出て行く。

 そんな中、ヘレンはさっとローレン将軍に駆け寄ると、丁寧に頭を下げながら呼び止めた。


「先ほどは、私の拙い推測にご同意下さり、ありがとうございます」

「いや……。その方の申すことが正しいかどうかは知らんし、同意したわけではない。だが、万一に備えるのは将たるものの務めだ。可能性があるなら必然のこと……」

「そうでございますね。十分に調べてはおりますが、それでも私などの考えが正しいとは限りません。ですので、これからも経験豊かな智将、ローレン将軍に色々とご指導いただきたいのですが、いかがでしょうか?」

「い、いや……。まあ、そう言うことであれば、困ったことがあれば何でも言ってこい。出来るだけのことはしてやろう」

「ありがとうございます。私もマルタ砦のために精一杯努めますので、ご指導ご鞭撻のほど、何卒、よろしくお願いいたします」

「……、……」

へ、ヘレン?

 そこまで謙ることはないだろう?

 だって、正しいことを言ってるんだからさ。

 わざわざ教えてあげてるんだし。


 ほら、アイラが怪訝な顔をしているよ。


 あ、エイミア……。

 ちょっと抱く手に力が入りすぎだよ。

 く、苦しい……。


 ……って、ローレン将軍、ヘレンの顔を見て真っ赤な顔をしてるじゃないか。

 何だよ、もう白髪だらけの頭なのに、照れてるのかい?

 まあ、真面目そうだからな、ローレン将軍は。


 あっ!

 ヘレンったら、ローレン将軍の手を握っているじゃないか。

 そこまでやるかな?

 おいおい……。

 両手でしっかり握りながら、そんな目で見つめられたら、ローレン将軍が勘違いするぞ。


「こ、コホン……」

「あ、失礼いたしました」

「あ、いや……」

「すいません……。私は新参者ですので、まだ誰にも頼ることが出来なかったものですから……。つい、ローレン将軍の優しい言葉に、甘えてしまいまして……」

「む、むう……。そ、それで……、願いとは何だ? 何でも申してみよ」

「実は、斥候部隊をお持ちの、コール将軍にお願いしていただきたいのです。ゴルの丘に、本当に兵器があるのかを確かめることを……」

「ふむ、コールなら良く存じておる。何しろ、娘の連れ合いだからな」

「そうでございましたか。さすがローレン将軍、顔が広くてらっしゃいますね」

「い、いや……」

「……、……」

また顔を赤くして……。

 このムッツリスケベっ!


 なるほど、斥候が目当てだったのか。

 どうせ娘婿だと知ってて頼んでいるんだろう?


 情報屋は確かに凄いし良い働きをするけど、やはり軍事的なことは軍に任せた方が良いよな。

 ただでさえヘレンの情報分析能力は高いのだから、手足となる斥候がいたら鬼に金棒だよ。


 だけど、まだ少女なんだからさ……。

 そう言う媚びを売るようなマネはどうなんだろう?

 俺だけじゃなく、アイラもエイミアも快く思っていないようだよ。


 まあ、ヘレンのことだから何か考えがあるのだろうけどさ。


「ローレン将軍……。すいません、私のお願いばかりを話してしまいまして……」

「あ、いや……。なに、それは良いのだ」

「私に何か確認があると仰られておられましたが、それはいかなることでございましょう? ローレン将軍には何事も隠すことなく正直にお答えいたしますが……」

「そ、そうか……。では、率直に聞くぞ」

ローレン将軍は、デレッとした顔を無理に引き締め、ヘレンを見つめる。


 ……って、またヘレンから目を逸らしたよ、この人。

 意識し過ぎだっつうの!


「へ、ヘレン……。その方について、何やら噂が広まっておる。その真偽を確かめたいのだ」

「噂でございますか?」

「そうだ。暗黒オーブの使い手であると言う噂はまことか?」

「……、……」

「どうだ? 何事も正直に申すと先ほど言ったな。よもや、その言葉に偽りはないだろうな?」

「ろ、ローレン将軍?」

「む、むう……。これは重要なことだ。さあ、申してみよっ!」

「……、……」

他に誰もいなくなったデニール王子の部屋で、ローレン将軍の甲高い声が響く。


「お答え申し上げます」

「……、……」

「その噂は嘘でございます」

「そ、そうか……」

「一体何処からそのような噂が流れたのか知りませんが、まったくのデタラメです」

「うむ……。それなら良いのだ。すまんな、気を悪くしないでくれ」

ローレン将軍はそう言うと、またヘレンの顔をまじまじと見つめた。


 そして、納得がいったのか、

「そうだよな。そんなわけがない……」

と呟いている。


 おいおい……。

 確かにヘレンの言っていることは本当だけど、それだけ聞いて満足しちゃって良いのかい?


「その……、ローレン将軍? その噂は、どなたから聞かれたのですか?」

「あ、ああ……。コールがな、そんなことを申しておったのだ。ギュール軍でヘレンとアイラが要注意人物として扱われておるとな。アイラはジェラルドの娘だから分かるが、ヘレンが暗黒オーブの使い手だと言うのはどうも納得がいかん」

「……、……」

「孫と同じ年頃のその方が、バロールと同じオーブを使うとはとても思えなくてな」

「……、……」

……って、猫が使い手だと分かったら、この人どんな反応を示すんだろうな?

 まあ、言っていることは分からないではないけど……。


「い、いや……。気にしなくて良い。コールには申しておくからな、その噂は偽りだと」

「……、……」

「も、もう下がって良いぞ。ご苦労だった」

「はい……。ローレン将軍もご自愛下さいませ……」

ローレン将軍は、何度も振り返りながらその場を離れた。


 ……って、すっかりヘレンに籠絡されちゃってさ。

 やれやれ……。


 ローレン将軍もだけど、ドーソン将軍もしょうもないし、これはデニール王子も大変だね。

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