第108話 軍議
「ダハハハハっ! 兵器だと? そんなもの我が精鋭達に任せておけば大丈夫だ」
「まあまあ……。ドーソン将軍もそう言わないでヘレンの話を聞いてあげてよ」
「デニール王子、あなたは女に甘いっ! だから嫁も娶れんのですぞっ!」
「……、……」
また始まったか……、ドーソン将軍の独演会が……。
ほら、皆、引いちゃってるじゃない。
あんただけだよ、ご機嫌なのは……。
……って、アイラ。
そんな今にも噛みつきそうな顔をするなって。
こういうオッサンはスルーするに限るよ。
まともに付き合ってたら疲れるだけだし。
「だけど、ヘレン。本当にそんな兵器を隠し持っているのかい、ダーマー公が? 今まで僕をはじめ誰もそんな気配さえ感じなかったんだけど」
「はい……、デニール王子様。パルス自治領から持ち出した大量の木材が、このマルタ港近郊に運び込まれたことは調べがついております。そして、ゴルの丘で兵器が組み立てられることもほぼ間違いないかと……」
「ゴルの丘? ああ、砦の東側に近いところにある丘だね? たしか、ギュール軍の厩舎があるところだ」
「そうでございます。予想される兵器の性質上、ゴルの丘でなければ兵器は組み立てられないのでございます」
デニール王子は、兵器かあ……、と呟いた。
どうもまだ実感が湧かないらしい。
「デニール王子っ! こんな無駄な議論で時間を遣うことはありませんぞっ! ダーマー公が何を企んだとて、このドーソンが全部撃ち破ってご覧にいれますぞ。心配めさるなっ!」
「う、うん……。ドーソン将軍が勇猛なのは分かっているよ。だけどさ、西側を攻められながら東側を強襲されたら、ドーソン将軍がいくら勇猛でも対応出来ないだろう? ドーソン将軍の身体は一つしかないのだから……」
「そんな心配は要りませんぞっ! 我が精鋭を二つに分ければ良いだけのこと。何を悩む必要がありましょうやっ!」
「あ、いや……。それもありだとは思うけど、この砦には他にも将軍がおられるしね」
「いっそのこと、こうしたらどうです? この砦の兵を全部わしの直轄にすると言うのは? それならどんな戦いにも対処出来ますぞっ! ダハハハハっ!」
「……、……」
おーい、誰か?
このオッサンを止めてくれっ!
何がわしの直轄に……、だよ。
そんなことをしたら、すぐに砦は陥落するよ。
なあ、ヘレン?
何か良い案はないか?
このままだと本当にドーソン将軍の意見が通っちゃうよ。
「ヘレン……。もしその塔のような兵器が使われるとして、どういった対応をしたら良いと思っているんだい? どうも僕にはその兵器が想定し辛いんだ。なんせ、初めて遭遇する兵器だからね」
「兵器の構造は単純でございます。塔の内部に階段を設け、塀を乗り越えるだけでございますから……。ただ、突然塀の上に敵兵が殺到したら、数に優るギュール軍に抗するは難しいと思われます」
「うん……。それは脅威だよね。今まで防戦して砦を維持出来てきたのも、この砦が堅固だったからだよ。その優位さが失われたら、確かに砦は陥落するよ」
「ですので、兵器を塀に近寄らせないことが肝要となります」
「……と言うことは、弓かい? だけど、兵が兵器に隠れている形になるんだろう? だったら、いくら弓を撃ってみても盾の中にいる兵は撃退出来ないよ」
「……、……」
デニール王子は、頭を捻る。
ヘレンの言いたいことは分かるが、具体的な撃対策がなければ対応しにくいと暗に言っているようだ。
「デニール王子っ!」
「んっ?」
突然、大声を上げた者がいる。
大声だけど、ドーソン将軍のようなだみ声ではなく、かなり甲高い声だ。
「ああ、ローレン将軍か。どうしたの? 何か妙案でもある? それとも、あなたもヘレンの提案は意味がないと思う?」
「私に妙案がございますっ!」
「そう……。忌憚なく言っておくれよ。僕の知恵だけじゃどうにもその兵器に対処出来ないからさ」
「はっ!」
ローレン将軍?
そんな人がいたんだ。
何か、ドーソン将軍ばかりが目立っていたから、他の将軍のことをあまり知らないよ。
……って、俺だけかな?
砦の内情が分かってないのは?
「その兵器を撃ち破るには、我がローレン隊の弓が必須でございますっ! このマルタ砦随一の弓隊がっ!」
「……、……」
「火矢でございます、デニール王子っ! その兵器とやらは木で出来ているとヘレンは申しておりました。それでしたら、火を射掛けて兵器そのものを燃やしてしまえば良いではありませんかっ!」
「おおっ! それは良い案だね。うん、理に適ってるよ。だけど、そんなに簡単に燃え広がるかなあ?」
「火矢の先に、たっぷりと油を染みこませれば燃え方が早いと存じます。我が隊の弓兵でしたら、少々矢自体が重くても狙いが不確かになるなんてことはございませんっ!」
「なるほど……、布を多めに火矢の先に巻き付ければ良いのか」
直立して説明するローレン将軍に、デニール王子は大いにうなずいた。
ローレン将軍……。
今まで目立ってなかったから、ここぞとばかりに自分の隊をアピールしたかったのかな?
だけど、言っていることは正しそうだよ。
うん、火矢が有効だと俺も思うよ。
「何を言ってるんだ、ローレン将軍っ! デニール王子、惑わされてはなりませんぞっ! ローレン将軍は、このドーソンの戦功がねたましく仕方がないのですぞっ! だから、小娘のありもしない策に乗っかってアピールしているだけのこと。我が精鋭に任せておけば問題ありませんぞっ! さあ、このドーソンの部隊に、増兵のご決断をっ!」
「何っ! 失礼なことを言うな、ドーソン将軍っ! その方は、このマルタ砦の重要性を分かっていないのか? 万一落ちたら、その方の首どころでは済まないのだぞっ! 備えをするのは当然のことだろうがっ!」
「ふんっ! 弓で遠くから撃ちかけるだけのローレン隊が、大きなことをぬかすなっ! だから言っておろう……。我が精鋭なら兵器ごと撃退してみせるとっ!」
「イノシシみたいに敵に当るだけのドーソン隊に、兵力に勝るギュール軍が撃退できるものかっ! デニール王子、迷ってはいけませんっ! 是非、このローレン隊に東の備えをお申し付け下さいっ!」
ちょ、ちょっと……。
何、いい歳したオッサン同士で揉めてるんだよ?
ほら、デニール王子だって困ってるじゃないか。
この二人の将軍、どうも以前から仲が悪そうだな。
部隊の性質が違うから、いつも張り合っているような気がする。
あれっ?
ヘレン、今、一瞬、微笑まなかった?
珍しいよね、重要なことを話し合っているときに表情を変えるなんて……。
だけど、一瞬だったからなあ。
俺の勘違いかな?
いや、確かに微笑んだように見えたよ。
うーん……。
……と言うか、もしかして、ヘレンはローレン将軍がこう言い出すのを待っていたのかな?
兵器には火矢が有効で、ローレン将軍の部隊が弓隊だと言うことを知っていて……。
あっ……。
何か、そのような気がしてきたよ。
ヘレンだったらそのくらいのことは考えつきそうだし。
ドーソン将軍みたいなのは他にもいるだろうから、自分の意見を通すために自発的に協力してくれる人を予め想定しておいたんじゃないかな?
……って言うか、もしそうなら、やっぱヘレンは凄いよ。
砦の中では信用されてないなんて言っていたけど、あっさり克服出来ちゃいそうだし。
それにしても、居並ぶ将軍達がこんな少女の掌で動かされるなんてなあ……。
頭が良いって凄いね、怖いくらいだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます