第102話 不可解な攻撃

「うーん……、何だあれは?」

敵襲の声とともに部屋を出て行ったアイラであったが、戻って来るなり訝しげな表情で呟く。


「どうしたの? 何処を攻められているの?」

「砦の西側だよ、攻められてるのは」

「そう……。西側は砦の壁が低いから、攻めるのならまずはそこを狙うわ。一応、定石通りだと思うけど?」

「いや、ヘレン……、そうじゃないんだ」

「……、……」

「ギュール軍は、砦に取り付いたり火矢を射かけたりしてるんだけど、あれじゃあどんなに攻めてみても突破出来ないよ」

「どういうこと?」

「対応にはドーソン将軍の部隊があたっているんだけど、砦に取り付いた兵をことごとく上から撃ち落としているし、火矢はデニール王子が土のオーブの力で鎮火しちゃってるんだ」

「……、……」

「土のオーブって面白いな。突然、どんなところにもモコモコと土が盛り上がってさ。火矢なんか射かけたって、炎上するまえに土をかけられてしまうんだから、こっちは痛くも痒くもないよ」

アイラは、無駄なことをしているとばかりに、ギュール軍の拙攻を指摘する。


 うん……?

 敵が拙い攻め方をするって、有り難いことなんじゃないのかな?

 そんな訝しげな顔をする必要はないでしょ。


「変ね、ダーマー公も分かっているはずだわ。この砦がそんなに簡単に陥落しないことは……」

「なあ、ヘレンもそう思うだろう?」

「ええ……」

「水の魔女を失って動転しているんだろうけど、どうせ攻めるならもっと考えないとな。これじゃあ、あたしの出番なんか回ってこないよ」

なんだよ……。

 アイラは、結局、自分が戦いたいだけか?


「確かに、動揺はしているのでしょうね。マリーさん達がいなくなったのが、ロマーリア軍のせいだと言うことは推測がついているでしょうから」

「……、……」

「コロが緊縛呪で派手にかき回しているし、どう考えても怪しい馬車が砦に向かったのだから……」

「……、……」

「でも、何の成算もなくて、こんな攻撃をするかしら? 今まで、とても遠回しではあるけど、緻密に考えられた雨を降らせる作戦を実行していたダーマー公が……」

「そう、あたしもそれが言いたかったんだ。失敗はしたけど、じっくりした攻め方は理に適っていたよな?」

「パルス自治領にまで手を回して、作戦を遂行していたのに……」

「……、……」

アイラとヘレンは顔を見合わせると、納得がいかないのか首を捻った。


 そう言うものかなあ……。

 ダーマー公は逆上しちゃったんじゃない?

 人間、誰しも感情的になると、突拍子もないことをやらかすだろうしさ。


 それだけ、ヘレンの打った手が的確だったってことなんじゃないかな。

 だから、ダーマー公は追い詰められて攻撃しだしたってことじゃない?

 俺にはそうとしか思えないけど……。





「ダハハハハっ! デニール王子、大勝でしたなっ!」

「そ、そうだね……」

扉が荒々しく開き、デニール王子と鎧に身を固めた武将が、豪快な笑い声とともに入ってきた。


「ま、まあ……、今回の攻撃は小手調べでしょう。大勝とは言っても、相手の被害もそれほど大きくないだろうしね」

「何を仰るっ! 我が精鋭部隊の活躍があったから、敵が逃げ出しただけでしょう。デニール王子のご活躍もありましたしなっ!」

鎧に身を固めた武将は、そう言うとデニール王子の丸い肩をバンバンと叩く。


 ……って、どうでもいいけど声が大きいな、この人。

 一々、声を張り上げなくったって、聞こえるよ。


「ドーソン将軍……、油断は禁物です。ダーマー公は一筋縄ではいかない人物ですから」

「ダハハハハっ! デニール王子の心配性も困ったものですな。大丈夫っ! 今日と同じように護れば、ギュール軍なんぞ怖くもないですぞっ!」

ドーソン将軍?

 あ、この人が実際に戦っていた将軍か。

 勝って帰ってきたので、気持ちが高揚しているのかな?


「おお、ヘレンではないか。その方の策のお陰で、ギュール軍は焦っておるようだぞっ!」

「ドーソン将軍……、大勝だそうで何よりでございます」

「ダハハハハっ! 魔術がなければこんなものだ。これからは我が部隊に任せておけっ!」

「……、……」

「それにしても、また女子供が増えたな。この部屋はデニール王子の謁見室だぞ……。そう気軽に立ち入ってもらっては困るっ!」

「あ、いえ……。ご紹介が遅れまして申し訳ありません。こちらにおられる方が、ダーマー公の奥様で、水の魔女を統括していたマリーさんです」

「何っ? 雨を降らせていた張本人かっ! まったく、こしゃくな真似をしおって……。戦うなら、正々堂々と戦えと、旦那に言っておけっ!」

「マリーさんは、もう、ギュール共和国に戻る意志はございません。先ほど、デニール王子の邸宅にお世話になる方向で話しが進んでおります」

「何っ? デニール王子の邸宅っ? 敵がかっ? 王子っ! いけませんぞ、ドーソンは反対でございますぞっ!」

「……、……」

ドーソン将軍はそう言うと、戦いで乱れた白髪を振り乱し、オーバーな身振り手振りを加えながら、デニール王子に詰め寄る。


「ど、ドーソン将軍……。まだ全部決まったわけじゃないよ。だけど、国王の裁可が下りれば良いだろう? 僕だって独断で決める気はないよ」

「こ、国王陛下の裁可を仰がれるのですか……」

「そうだよ。だから心配いらないよ。それと、マリーさんが怯えるから、もう少し声を小さく……」

「私は納得がいきませぬっ! ですが、王命なら従いますぞっ! 我が命と我が魂は、すべてデニス国王陛下とロマーリア王国のためにあるのですからなっ!」

「……、……」

「では、私は戦いの後始末があるから失礼いたしますぞっ! デニール王子っ! くれぐれも、女子供の提案にたぶらかされないようにお願いしますぞっ!」

ドーソン将軍は部屋にいる一同を睨み付けるように見回すと、首を振って部屋を出て行った。





「驚かれただろう? 悪かったね、マリーさん」

「いえ……。武人は、どの国でも皆、あんな感じですわ」

マリーは、心配そうに尋ねるデニール王子に微笑んだ。


「ドーソン将軍も悪い人じゃないんだけど、こってこての武将なんだよなあ……。あと、あの声……。どうしてこんな小さな部屋で、あんなに声を張り上げるんだろう」

「……、……」

「あ、ギュール軍もその辺は一緒か。あっちも、濃い武将が揃っているからなあ」

「くすっ……」

デニール王子とマリーは顔を見合わせて、思わず笑いを漏らした。


「それにしても、おかしいと思わないか……、ヘレン?」

「……、……」

「ダーマー公は、巧妙な策略家だよ。それなのに、こんな無理な攻め方をするなんてさ」

「デニール王子様もそうお思いになられますか?」

「うん……? ヘレンも戦況を看ていたのかい」

「いえ、アイラが看ておりました。ただ、アイラも私も、デニール王子様と同じように感じております」

「そっか……。敵兵の損害は約二百。向こうは五万からの大軍だから、大したことはないと言えばそれまでなんだけど、今まで一回もこんな攻め方をされたことがないからなあ……」

「……、……」

うーん……。

 やはり、デニール王子が言うならそうなんだろうな。

 だけど、損害が二百ってことは、二百人の兵が死んだり重傷を負ったりしているんだろう?

 マサの兄弟みたいに徴兵された兵士達がさ……。


 だったら、やっぱ、何らかの意図があるのかな?

 俺にはよく分からないけど……。


「デニール王子様……」

「もう……。様はいらないと……」

「これは裏があります。しばらくは同じような攻撃が続くでしょうが、決して油断してはいけません」

「へ、ヘレン……?」

ヘレンはそう言うと、難しい表情をしてうなずいた。


 う、裏……?

 裏って何だよ、ヘレン。

 ヘレンは、何か分かっているのかい?

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