第103話 奇跡の少女

「で……、では、そ……、そろそろ私は、し……、失礼します」

「ああ、エイミア……、ご苦労様。ローラの看護に戻るのかい?」

「は……、はい、で……、デニール王子様」

「僕もあとから見舞わせてもらうよ」

「お……、お待ちしております。こ……、コロ、お……、おいで」

「……、……」

そう言うと、エイミアは俺を抱き上げた。


 う、うう……。

 エイミア……。

 久しぶりだよ、この頬の感触。


 大丈夫、アイラの奴、潜伏中も俺を洗うことだけはしてくれたからさ。

 全然、汚くないよ。


「ヘレン……。その猫が例の……?」

「はい、これがコロでございます」

「な、何か、こうして見ていると、普通の猫にしか見えないな」

「うふふ……、皆、そう仰います。ただ、緊縛呪の威力は……」

「ああ……、そうらしいね。親衛隊の一番隊を、あっという間に戦闘不能にしたんだろう?」

「パルス自治領の武闘殿では、テイカー閣下の率いる騎馬隊三百を、数秒で同じく戦闘不能にいたしました」

デニール王子は、俺をまじまじと見ている。


 ……って、それは全部暗黒オーブのお陰だよ。

 俺が偉いわけじゃない。

 だから、そんなにまじまじと見ないでくれるかな?


「エイミア……。コロは賢いのだろうけど、ローラのところに連れて行っても大丈夫なのかい?」

「は……、はい。こ……、コロは大人しいので、だ……、大丈夫でございます」

「そっか……。あ、僕の言っていることも分かるんだっけ? ごめんよ、どうしてもこうして見ていると普通の猫のようにしか思えなくてさ」

「ろ……、ローラがコロを連れて来てと、う……、うわごとのように言うもので……」

「そうか……。じゃあ、コロ、しっかりローラを見舞ってやってくれよ。元気になるようにさ」

「……、……」

了解したよ、デニール王子。


 アイラとヘレンが、ギュール軍の攻撃がおかしいなんて、変なことを言い出すからすっかり忘れていたけど、まずはローラの容態が心配だよ。

 ……って、俺を呼んでいるんだって?


 うん、行くよっ!

 俺に何が出来るわけでもないけど、エイミアと一緒に看病するよ。


「あ、今、コロがうなずいたな? やはり、僕の言っていることが分かるのか」

「コロ、分かっているわよね。うふふ……、尻尾を振ってるときは、了解していると言う意思表示ですわ」

「ああ……、そうなのか。うん、今、ヘレンが言ったら、しっかり尻尾を振って見せたな」

「ええ……。喋れないだけで、ごく普通の人間と接しているつもりで良いです。それくらい、コロは賢いですから」

もう俺のことは良いからさ。


 それより、今はローラが心配だよ。

 ほら、エイミア行こう。

 待っているんだろう、ローラが……。


 じゃ、デニール王子、あとでね。





「こ、コロ……」

「……、……」

な、何だよ。

 そんなに弱々しく呼んでさ。

 大丈夫だよ、ローラ。

 きっと治るってば。


 あ、だけど、尻尾を掴まないでくれよな。

 俺、弱いんだよ、そこ。

 くすぐったくってさ。


 そ、そう……。

 腹が良いな。

 そこの毛は柔らかいから、モフモフしてローラも気持ち良いだろう?


「おっ、コロが来たら急に元気になったみたいだね。頬が赤くなっているじゃないか」

「そ……、そうみたい。ろ……、ローラは、コロがお気に入りみたいなの」

「コロも随分大きくなったね。それに、何だか賢そうな顔つきにになった」

「……、……」

んっ?

 誰、この口髭を生やしたおじさん?


 エイミアにも馴れ馴れしいし……。


 うん、でも、この手の感触は暖かくて良いなあ。

 おじさんのくせして、女性みたいに柔らかいし……。


「ローラ……、少し楽になったみたいだね」

「……、……」

「どうする? もう少し、水あめを舐めるかい?」

「……、……」

「ああ、何かさっきより目に力が出てきたね。水あめが効いたかな?」

「……、……」

「それに、汗をかいているみたいだね。うん、汗はかけるならいっぱいかいて良いよ。そうやって、身体が悪い物を吐き出しているんだからさ」

「……、……」

おじさんの問いかけに、ローラは一々うなずいて見せる。


 あ、確かにうなずきかたも、馬車にいたときより力強くなってる。

 それに、手にも汗をかいているみたい。

 しっとりと湿ってるね。


「お……、お父さん、こ……、この分なら……」

「ああ、エイミア……。大丈夫だと思うよ。きっと助かる」

「あ……、アイラも言っていたけど、あ……、汗が出るのはとても良いことだわ」

「そうだね。だけど、重い脱水症状なのにな。どうして汗が出るのか、不思議で仕方がない」

お、お父さん?

 このおじさんが……、エイミアの?


 そっか、だから俺のことも知っていたし、エイミアにも馴れ馴れしかったのか。


 だけど、ずっとエイミアを放っておくなんてさ。

 俺はどうかと思うよ。

 徴兵だから仕方がないのかもしれないけど、たまにはホロン村に帰ってきてやってよ。

 エイミアは、ずっと寂しい想いをしていたんだからさ。


「クリス小父さん、それ本当か? ローラは治るんだな?」

「ああ、アイラ……。汗がかけるようであれば、疫病の毒素はドンドン体外に出るからね。あとは、少しずつ水分を口から採るように慣らしていくことだね。物が食べられるようになったら完治だよ」

「そっか……。じゃあ、やはり、水のオーブのお陰なんだろうな」

「水のオーブ?」

「ほら、ローラが握ってるだろう? 石の球を……」

「……、……」

「あれが水のオーブだよ。この砦に雨を降らせ続けたのは、このオーブの力のせいさ」

「これが……。あの雨の……」

「そうさ……。不思議だろう? こんなに小さい球の何処にそんな魔力が眠っているのか知らないけど、これが凄いものなんだよ」

「……、……」

「あたしは色々なオーブを見てきたけど、どれもとんでもない力を秘めていたよ」

「そう……。噂に聞いてはいたけど、これがねえ……」

ローラは、アイラとエイミアの父親の会話を聞いていたのか、握っていた水のオーブを、掌を開いて見せた。


「ほら、少し発光しているだろう? この光りが出るってことは、オーブの使い手として優秀だってことなんだ」

「……、……」

「レオンハルトの雷のオーブや、炎帝のも見たけど、こんな光りはなかったよ」

「……、……」

「だからだと思うよ、ローラが汗をかいているのは……。きっと、特別な魔力でローラに水分を与えているんだよ……、水のオーブがさ」

「……、……」

「なあ、クリス小父さん……、そう思わないかい?」

「う、うん……、そうかもしれない。だけど、私はオーブもそれを使える人も看るのは初めてだから……」

クリスは、アイラが熱っぽく語るのを聞いて、戸惑ったような表情になった。

 そう信じたいけど、突然そんなことを言われても何とも言えない……、とばかりに。


「でも、もしアイラの言うとおりだったら、それは凄いことだね」

「だろう……?」

「うん……。私には奇跡としか思えないけど、それがこの球によって引き起こされているんだから」

「……、……」

クリスはそう呟くように言うと、ローラの額に手をあてた。


「うん……、しっかり汗をかいている。これなら……」

クリスはエイミアに向かってうなずきかける。

 そして、頬を紅潮させているローラに、優しく微笑みかけるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る