第101話 敵襲

「マリーさん達を、どう保護したら良いかと……」

「ああ、それか。僕も色々考えたんだけどさあ、こんなのはどうだろう?」

「……、……」

「僕の屋敷は、女手が足りないんだ。だから、皆、僕の屋敷で働くと言うのはどうかな?」

「それは願ってもないような良いお話しなのですが……」

「んっ? 何か、問題でもある?」

「幼い子もいるのです。それに、もう働けないような老婆も……」

「ああ、そう言うことか、それなら問題ない。僕の屋敷には広大な畑があってね。基本的に、自分達で食べるものはそこで作っているんだ。だから、働けない人は雨を降らせて欲しい。一日一回で良いんだよ。作物に水をあげるって言うのは、意外と重労働でね」

「うふふ……。デニール王子様は、もうすっかりその気なんですね?」

「そうだよ。だって、家族が増えるみたいで楽しそうじゃないか」

「マリーさん……。こう仰られてますけど、どうなさいます?」

ヘレンとデニール王子は、一斉にマリーの顔を見た。


「あ、あの……」

「何?」

「私もなのですが、皆、卑しい家の出の者ばかりです」

「それで……?」

「とても王子様のお屋敷勤めが務まるとは思えないのですが……」

「そんなことないよ。ほら、ヘレンをご覧よ。この子も孤児だけど、今、この砦で一番の策略家はヘレンだよ。君達の誘拐計画も、疫病の特効薬の原料の調達も、全部ヘレンが独自に計画を練って成し遂げたものさ」

「……、……」

「僕なんか、ヘレンに意見されると親父に叱られてるみたいでさ。裁きのオーブもないのに、良くそんなに正しい意見が言えると感心してるんだよ」

「……、……」

「それに、マリーさんはダーマー公の世話なんかはしていたんだろう? だったら、マリーさんが他の人に教えてあげれば良いだけじゃないか」

「あ、いえ……。その、私共が働くのは良いのですが……」

「んっ?」

「私共は、敵国の者です。そんな者達が王子様のお側にいることで、他の王宮の方々がご納得いただけますか?」

「ああ……。そっか、それは確かにあるなあ。ルメールなんかは、口うるさい方だし……」

「王子様のお気持ちは嬉しいのですが、やはり、そのお考えには無理があるかと……」

「……、……」

デニール王子は、あからさまに落胆の色を見せた。

 マリーは、申し訳なさそうにそれを見ている。


 デニール王子……。

 あんた、良い奴だなあ。

 さっきまで敵側にいて、しかも、ずっと自軍の兵を困らせていた張本人だぞ、水の魔女は……。

 それなのに、我がことのように心配してあげてさあ。


 良いじゃないか。

 背が低くて禿げてて太っていても。

 俺は、こういう他人に優しい人は好きだなあ。

 水の魔女達だって、デニール王子の下にいるのなら、きっと幸せに暮らせるよ。


 大丈夫……。

 どうせ、ヘレンが妙案をひねり出して、うるさい王宮の者達を黙らせてくれるさ。

 ほら、見てみなよ。

 あの余裕のある顔つきは、もう何か考えついているに違いないよ。


「デニール王子様……」

「もう……、何回言ったら分かるんだ? 様はいらないよ」

「失礼致しました」

「何? 何かヘレンに良い考えでもある?」

「私の考えと言うわけではございませんが、王宮の皆様にご納得いただくことは、それほど難しくないかと……」

「えっ? あの石頭のルメールを説得する方法があるのかい?」

「うふふ……。デニス国王陛下のご裁可を仰げばよろしいかと」

「あっ! 裁きのオーブに判断させるわけか。ルメールやうるさ方が何を言っても、裁きのオーブの判断に間違いはないものね。今回の件はマリーさん達が悪いわけではないし、それなら問題ないか」

「……、……」

「ほら、ごらんよ……。僕の考えなんかより、ヘレンの方が良いことを考えつくだろう?」

デニール王子はそう言うと、おどけたように顔をしかめて見せた。

 マリーもそれを見て、くすりと笑う。


「うん、じゃあ、これで決まりだな。国王には僕から言っておくよ。もしかすると、国王に直接会ってもらわないといけないかもしれないけど、別に取って喰われるわけではないから心配いらないからね」

「ほ、本当によろしいので……?」

「うん……。これで、川から水を汲んでくる手間が省けて、家の使用人達も喜ぶよ」

「……、……」

マリーは目を伏せた。

 そして、ハンカチで目を拭う。


 マリー……。

 もう泣かなくて良いよ。

 これからは笑って暮らせるようになるはずだからさ。


 でも、うれし涙って、見てて悪くないな。

 ……って、何か、俺ももらい泣きしそうだよ。





「コンコン……」

「あ、はい……」

「お……、お呼びに、な……、なられましたでしょうか?」

「……、……」

え、エイミアっ!


 ううっ……。

 久しぶりだな。

 ちょっと痩せたんじゃないか?

 ダメだよ……。

 元々、痩せているんだからさ。

 しっかり食べなかったら、その感触の良い頬がこけちゃうじゃないか。


 あ、後で頬ずりしてよね。

 俺、寂しかったんだよ。

 やっぱ、エイミアがいないと、落ち着かないんだよ。


「僕が呼んだんだ。疫病にかかった子の容態が気になるだろうと思ってさ」

「……、……」

デニール王子はエイミアに向かってうなずくと、自身の隣の席を勧めた。


「それで……。どんな感じなの?」

「あ……、あまり芳しいとは……」

「そう……」

「い……、今、しゅ……、シュールの薬が効いていて、か……、身体の毒素が体外に出ようとしております」

「……、……」

「で……、ですが、か……、身体の水分が少なくなりすぎている上に、ど……、毒素と一緒に水分も体外に出てしまうと、か……、身体そのものが参ってしまいます」

「そっか……。じゃあ、ここ一日二日が山ってことかな?」

「は……、はい」

デニール王子はエイミアの言葉を聞き、難しい顔をする。


「まだ、幼いんだって? それなのに、こんな病気にかかってしまうなんてなあ……」

「わ……、私も頑張ってはいるのですが。す……、すいません」

エイミアは、マリーに向かって頭を下げた。


「た……、ただ、ひ……、一つ分からないことがあります」

「分からない?」

「ろ……、ローラの身体は、ふ……、普通ならもう亡くなっていてもおかしくないのです」

「……、……」

「き……、聞くところによりますと、も……、もう何日も飲まず喰わずだとか」

「……、……」

「そ……、そのせいで、か……、身体が干からびたようになってしまっています」

「……、……」

「で……、ですが、ふ……、不思議なことに、さ……、最低限の、た……、体内の水分は確保されているようなのです」

「……、……」

皆、しんと静まりかえり、エイミアの言葉を聞いている。


 ま、マリー。

 また泣いているのかよ。

 水分が確保されてるって、一応、良い話じゃないか。


「それって、水のオーブのお陰だろう」

アイラがぽつりと言った。


「あたし、最初にローラの身体に触ったとき、汗をかいていることに気がついたんだ」

「あ……、汗?」

「うん……。普通、人の身体って、調子の悪いときは汗ってなかなか出ないだろう? だけど、ローラの身体は、寝ているだけなのに全体にじんわり湿っていたよ」

「み……、水のオーブが、ろ……、ローラの身体に水分を補給していたってこと?」

「そうとしか考えられないだろう? 食べ物はともかく、水を飲まなかったら、人なんてあっという間に死んじゃうんだからさ」

「……、……」

エイミアは、不思議そうな顔でアイラを見ている。


 そ、そんなことが起り得るのかな?

 だけど、もしそうだったら、シュールの薬が効いていても水分補給が出来るじゃないか。


 ああ……。

 俺が人だった世界ならなあ……。

 点滴を打てばなんでもないんだろうけど。


 でも、エイミアの診察に間違いはないはず。

 うん、大丈夫だよ。

 ローラは助かるよっ!




「ドンドンっ!」

「あ、はい……」

突然、扉が激しく叩かれた。

 ジーンは、訝しげにドアを開ける。


「デニール王子っ! 敵襲です、ギュール軍が!」

「……、……」

一同は、息をきらせて入ってきた若い兵士の顔を見た。


「落ち着けっ! すぐに行くっ!」

デニール王子の顔に、緊張が走る。


 て、敵襲?

 まだ、水の魔女を誘拐して、半日も経ってないのに……?

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