第100話 デニール王子
「雨は、一日の半分以上、ローラが一人で降らせていました」
「……、……」
マリーは、ぽつりと言った。
「私はそれでも一日に三度降らせることが出来ましたが、あとの水の魔女は、一度がせいぜいで、ローラが休んでいる間を、残りの者で降らせていたのです」
「つまり、ローラ以外の水の魔女は、その能力が限定的だったと言うことですね?」
「はい……」
「でも、それでダーマー公がよく許していましたね? 噂では、あまり能力の足りない人は排除されるとか……」
「それは……」
「マリーさんが隠しておられたのですか? ローラが一人で降らせていた状態を……」
「はい……」
「込み入ったことをお聞きしてよろしいですか?」
ヘレンは、マリーが言いにくそうにしていることを、敢えて自分から話しているようだ。
推測に自信もあるのだろうが、これはマリーに対する労りの気持ちなのではないかと俺には感じられる。
「雨を降らせることが出来なくなった者は、どうなってしまったのでしょうか? 私共の調査では、その辺の事情はよく分かりませんでした。マリーさんのことですから、ダーマー公に隠して内々に処理なさっていたのではないかと思うのですが?」
「テイカー候が……」
「テイカー閣下?」
「テイカー様は、同じオーブを使う者同士、私共にとても良くして下さいました」
「……、……」
「何か困ったことがあったら、必ず俺に相談しにこい……、と仰られて……」
「なるほど……。それで世間的には行方が知れなかったのですね」
「はい……。水の音にいた下男は、テイカー様に通じております。ですから、私はいつでも相談することが出来ましたし、内々にテイカー様の庇護の元に送り込むこともできました」
「……、……」
「ただ、ローラだけはそうしてあげることができなかったのです」
「雨が止んでしまったら、ダーマー公が水の魔女全員を排除する可能性があるからですね?」
「はい……」
「だから救いを欲していたと言うことですね? ローラをこのままにしておくこともできず、かと言って、テイカー閣下の元に行かせることもできない……。近い将来に、破綻が見えていたと言うことでしょうか」
「はい……。ですから、ローラにもしものことがあれば、私を含めた他の者の利用価値は著しく下がってしまいます。そんな私共を、ロマーリア王国が無事住まわせてくれるのかと……」
マリーは、言葉を詰まらせると、目を伏せた。
その姿からは、水の魔女達を思いやる気持ちと、ローラを心配するマリーの母性がにじみ出ているように感じる。
「マリーさん……。私も孤児なんです」
「……、……」
「生まれて間もなく、棄てられたらしいです」
「……、……」
「でも、故郷のホロン村の皆様は、そんな私をここまで育てて下さいました。これは偏に、裁きのオーブを頂くデニス国王陛下が、国民一人一人を大事に政治を行ってくれるからなんです」
「……、……」
「ですから、利用価値がどうの、存在意義がどうの……。そんなことは関係ありません。ロマーリア王国は、あなた方を間違いなく受け入れてくれます」
「……、……」
「ただ、あなた方は、ダーマー公の軍事的な機密を知ってしまっています。ですから、ロマーリア王国で暮らすにしても、安全を確保できるかどうかは、なかなか難しい問題なのです」
「……、……」
「デニール王子も、そこのところを心配なさっておられました。どういう風に保護してあげればいいのかと……」
「……、……」
マリーは、ハンカチで目を拭った。
マリーは今まで、利用されることで存在価値が認められ、それがなくなったら排除される国で暮らしてきたのだ。
ヘレンが言うようなことを、自身に言われるとは思ってもみなかったのだろう。
それだけに、今、自身に起っていることを心底信じて良いのか、戸惑っているようであった。
「トントン……」
「あ、はい……」
部屋の扉をノックする音に、すかさずジーンが反応し扉を開ける。
「こ、これは……、デニール王子……」
「おおっ! ジーンじゃないか。どうした、何でおまえがここに?」
「これには、子細が……」
「ああ、そうか、ゴードンだな? 宿屋の主人になったのに、無理矢理駆り出されたのだろう?」
「ははっ……! 武闘特使のアイラ殿に付き従えと命がありましたので」
「ふふっ……。どうだ、宿屋は儲かっているか?」
「いえ……、そこそこと言う感じで……」
「はははっ、それはそうであろうな。主人がこんなところで油を売っているのではな」
「お、王子……。戦場でそのようなことを仰せになっては……」
「良い良い……。僕は常々、こんな不毛な戦争は、早く終わらせたいと思っているのだからな」
で、デニール王子?
この背の低い、頭の禿げ上がったデブのおっさんがか?
確かに人は良さそうだけど、悪いが、とても一国の王子には見えないなあ……。
「デニール王子様、お部屋を貸していただいてありがとうございます」
「うん……。こちらがマリーさんかい?」
デニール王子は、椅子から立ち上がろうとしたマリーを手で制し、
「今まで色々と大変だったね。ヘレンから聞いているよ。だけど、もう大丈夫……。僕が必ず君達を無事に住まわせてあげるからね」
と言い、笑いかけた。
「デニール王子様……。ジーンさんとはお知り合いで……?」
「ヘレン……。様はいらないと言ってあるだろう? 僕は、ただ単に国王の元に生まれただけの人間だ。裁きのオーブも使えないし、跡も継げないボンクラなんだからさ」
「いえ……。砦での武勇は、皆、存じておりますよ」
「ははっ……。武勇だって? なあ、ジーン……。僕は子供の頃からいつも剣技と武闘の成績が悪かったよな? ジェラルドには、王子には剣技の才能はございません……、ってハッキリ言われちゃったしさ」
う、うん……。
その体型じゃ、剣技は無理かも……。
「デニール王子……、土のオーブでマルタ港を守っておられることは、皆存じてますぞ」
「それだって、たまたま土のオーブとの相性が良かっただけのことだからな。本当なら、裁きのオーブに認められなきゃいけないのに、僕じゃダメだってさ」
「……、……」
「まあ、良いんだ。遠縁の者の中で裁きのオーブを扱える者がいたら、その者に国王になってもらえば……。僕は、一臣下として仕えるよ。それで満足なんだ」
「また、そんなことを仰せになられて……」
「だってさあ、僕は結婚もできないんだよ。この容姿だからさ……。せめて子供でも産んで、その子が裁きのオーブを使えたらとは思うんだけど、相手がいないんだから、それもできないよ」
「王子はお優しいから、女性が遠慮してしまうのでしょう」
「ジーン……。君は昔からそうやって僕を励ましてくれたよね。でもさ、もう良いんだ。僕は、僕なりに生きるって決めたからさ。だけど、国のために一生懸命やっていくことは、今までもこれからも変わらないよ」
デニール王子はそう言うと、一同を見回した。
そして、
「あ、僕のことは良いから、話しを続けて……。何処まで話したの?」
と言いながら、席に着くのであった。
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