第93話 一人、足りない?

「良しっ! じゃあ、ジーン、行こう」

「はい」

「コロ、もし、何かあったら、迷わず緊縛呪を撃て。警備に見つかると、ギュールの軍勢を突破しにくくなるからな」

「コロさん、あとは頼みました」

俺は、任せろとばかりに、尻尾を振って見せる。


 緊縛呪を撃たれた水の音は、先ほどと同様に何の物音もしない。


 アイラが素早く床下に潜り込むと、その姿はすぐに見えなくなった。

 ジーンが、外で油断なく辺りを見張っているのが見える。


 情報屋の言っていた通りになっているかな?

 水の音の建物は、台所の下に食材を入れておく収納スペースがあって、床下に通じているそうだ。

 アイラの打撃能力があれば、簡単に収納スペースの壁を砕けるし、床下なので外に打撃の音が漏れないらしい。

 ……って言うか、それが商売とは言うものの、あいつは何処からそんな情報を仕入れてくるんだろう?


 あ、いけね……。

 余計なことを考えてないで、俺もやることをやらなきゃな。

 御者台の上で見張りをするように、アイラに言われていたっけ。


 うん、大丈夫だ。

 周りの家に明かりが点いた様子はない。

 ここまで順調だ。


 んっ?

 ジーンが扉に手をかけたな。

 アイラの奴、もう、潜入して表扉を開けたのか。

 なら、緊縛呪はちゃんと効いたようだな。

 まあ、寝込みを襲った上に、緊縛呪を受けているんだから、水の魔女達は声を上げようもないけどさ。





「待たせたな、コロ……」

「……、……」

「多分、これがマリーだと思う」

「……、……」

両肩に女性を担いだアイラが、右の肩を顎で示して言う。


「この人だけ、別の部屋で寝ていたんだ」

「……、……」

「あと、二、三回往復すれば終わるから、もうちょっと待っててくれ」

「……、……」

アイラはそう言うと、馬車の荷台にマリーと思しき女性と老女を寝かせ、また、水の音の建物に向かう。


 そっか……。

 これがマリーか。

 確かに、こっちのお婆さんより、身なりが良いな。

 それに、美人じゃないけど、優しそうな顔をしているな、この人。


 だけど、ナタリーと同い年の割には、顔がしわっぽいかな?

 まあ、お化粧を落とした顔だから、そう見えるのかもしれないけど、結構、苦労してきたように見える。


 それにしても、アイラの奴……。

 いくら女性とは言え、二人を担いで、その上走ってくるって凄いよな。

 俺、多分、人間の身体のときでも、一人だって自信がないよ。


「はあ……、はあ……」

「……、……」

「わ、私じゃ、やはり一度に二人を運んでくるのは厳しいな」

「……、……」

「何なんだ、アイラさんの、あの怪力は……?」

「……、……」

「それに、息も切らしていないなんて……」

「……、……」

じ、ジーン……。

 そりゃあ、無理もないよ。


 そもそも、アイラと比べると、自分がみじめになるぞ。

 大丈夫、俺と比べりゃ、あんたも十分な体力を持っているよ。


 ジーンも、ようやく運んだ二人を馬車に寝かせると、少しふらつきながら、建物の方を向く。


「ジーン、無理しなくて良いよ。一人ずつでさ」

「えっ? もう、運んできたんですか?」

「ああ……。あたしはこのくらいなら、何でもないよ」

「……、……」

「ふふっ……。あたしは、こんなことくらいしか出来ないからさ。ジーンは後に備えて体力を残しておいてくれ」

「いえ、そういうわけには……」

「何、言ってるんだ? ほら、手が震えてるじゃないか」

「……、……」

ジーンが建物に戻ろうと振り向いたとき、アイラが二回目の運搬を終え、ジーンに語りかけた。


「多分、砦に辿り着くまでに戦闘になる。いくらダーマ―公が雨を降らせて油断しているからって、軍勢は目の前に敵を控えているからな」

「……、……」

「こっちは、女性を十一人も馬車に載せて走るんだ。スピードだって出やしないよ。夜中でも、一応、見張りくらいは起きているはずだしな」

「分かりました。でも、アイラさんも無理はしないで下さい」

「大丈夫だよ。あたしはクマを担いで、山を駆け回っていたんだからさ」

「……、……」

「それに、ここから建物まで、大して距離もないしな」

「……、……」

アイラの言葉に、ジーンは不承不承にうなずく。


「さあ、あとちょっとで終わりだ。さっさと終えよう」

「……、……」

アイラは手早く担いだ女性を寝かせると、ジーンの後を追って、また走り出すのであった。





「一、二、三、……、……」

「変ですね」

「おかしいな、大部屋の人は、皆、連れて来たよなあ?」

「ええ……」

「マリーを含めると、十一人になるはずなのに、一人足りないな」

「あの……。情報屋が言っていた、幼児がいないように思いますが……」

「うん……。ここにいる一番若い人でも、あたしくらいだな」

「だとすると、何処か他の場所にいるんですかね?」

「それか、もう、いないのか……」

「……、……」

馬車の荷台で、アイラとジーンが顔を見合わせる。


「だけど、あの建物の中に、他に部屋はなかったぞ」

「ですねえ……」

「でも、万が一がある。もう一度探してみよう」

「はい……」

そうだよな、十人しかいないな。


 だけどさあ……。

 俺、ちゃんと数えていたんだよ。

 緊縛呪の球が十二個飛んでいくのを……。

 水の魔女の他に下男がいるそうだから、マリーを含めるとちょうど数は合っていたと思うよ。


 だから、あの建物の中にもう一人いるはずなんだ。

 暗黒オーブは、どうしてかは知らないけど、ちゃんと人数分の緊縛呪を撃ってくれるんだからさ。


 二人とも、ちゃんと探したのかなあ?

 それと、水の魔女って、確か、一日中雨を降らせてるってことじゃなかったっけ?

 だとすれば、その幼児だけ、今もオーブの力で雨を降らせている最中なんじゃないかな。

 なら、別の部屋にいそうなものだけど……。





「ち……、地下に……」

「……、……」

ん?

 誰だっ!

 今、喋ったのは?


「ち……、地下室が……」

「……、……」

声は、荷台の一番奥の方、御者台の近くから聞こえる。


「あ……、あの子」

「……、……」

「ろ……、ローラを」

「……、……」

話しているのは、マリーか?

 緊縛呪を受けているのに、喋れるのか。


 そっか。

 レオンハルトもそうだったけど、オーブを使える者は、緊縛呪を受けても少しは動けたなあ。


 俺は、恐る恐る、横たわっている女達の上を伝い、マリーの側まで行ってみる。

 まあ、アイラじゃあるまいし、さすがに打撃が出来るほど動けるわけはないからな。


「ろ……、ローラを助けて」

「……、……」

「あ……、あの子を……」

「……、……」

そこまで言ったとき、マリーと俺は、目が合った。


 もしかして、泣いているのか?

 月明りに照らされたマリーの目から、光るものがこぼれるのが見える。


 ローラ?

 それが、幼児の名前か?


 地下室だって?

 それって、入り口は何処なんだよ。

 アイラとジーンが探したのに分からないんだから、特殊な場所にあるんだろう?


「ち……、地下室は……」

「……、……」

「お……、大部屋の」

「……、……」

「ゆ……、床に」

「……、……」

「か……、隠し扉……」

「……、……」

それだけを、苦しそうに言うと、マリーはわずかにうなずいて見せた。


 分かったよ。

 大部屋の床だな。


 大丈夫……、今、俺が二人に伝えるからさ。

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