第86話 誘拐計画

「随分長く舟にいましたね?」

「ええ……、とても良い観光になりました」

ジーンは、舟から戻ってきた俺達に、呆れたような顔をした。

 まあ、アイラとエイミアがあれほど嫌がっていたからな。


 ジーンは昼寝でもしていたのか、暢気にあくびをしている。

 ヘレンも、何事もなかったかのような顔つきだ。


「では、そろそろ街中に戻りましょうか? ここにいても、情報屋には会えませんからね」

「ジーンさん、もうキリエスの街には戻りません。マルタ港を目指していただけますか?」

「えっ? どういうことです、キリエスには行かないんですか?」

「ええ……、もう、情報屋さんには会いましたので……。さっきまであの舟を漕いでいた人が、情報屋さんだったんですよ」

「な、何だって?」

「すいません。私は気がついていたのですが、情報屋さんはあまり多くの人に顔を晒したくないようなので、ジーンさんには黙っていました」

「そ、そうなんですか。まあ、用が終わったのなら、行きましょうか。そうか……、あれが有名な情報屋か。意外と年寄りだったなあ……」

「……、……」

ジーンは狐に摘まれたような顔をしながら、御者台に座る。


 ヘレンって、こういうところ性格が悪いよな。

 ジーンだって、色々、気にかけてくれていただろうにさ。

 予め知っていたのなら、一緒に舟に乗せれば良かったじゃないか。


「それで……。今晩、水の魔女誘拐作戦の打ち合わせをしたいと思います。ですから、今晩は野宿にしたいと思いますが、適当な場所があるでしょうか?」

「ああ……、宿だと色々情報が漏れかねないからですね。分かりました、何処か適当なところで馬車を停めますね」

「ジーンさんには大車輪で活躍していただかないといけないので、詳しい説明もいたしますから、そのつもりでお願いいたします」

「了解です。いよいよですか……。うーん、頑張らないとな」

ジーンは、一人だけ情報屋と会わなかったことには、何の拘りもないらしい。

 元警備隊員だけあって、事情を知らされないような経験も少なくないのだろう。


 ……って、俺だったら、結構、気にしそうだけどなあ。





「ふむ……、孤児院ですか。施設の名は、水の音と言うんですね?」

「はい、戦場のすぐ側にあるそうです」

「水の魔女は十人ですが、その他に年老いた下男が一人いるんですか。面倒だから、その下男も連れて行った方が良いですかね?」

「いえ……。水の魔女達は、緊縛呪で拘束しますので、下男は残して行きましょう。連れて行って、あとで帰りたいなんて言い出されると困りますから」

「ああ、じゃあ、ヘレンさんは誘拐の実行側に入るんですね? 実行側は、私とアイラさんとヘレンさん……。エイミアさんだけは、先にマルタ港に着くように手配します」

「うふふ……。私もエイミアと一緒にマルタ港に行きますわ」

「えっ? じゃあ、緊縛呪はどうするんです?」

「緊縛呪は、コロが撃ちますので大丈夫です。私は、先に行って、受け入れ準備を調えておきますね」

「はあ、じゃあ、大丈夫ですね……。……、……ん?」

「……、……」

「い、今、何て言いました?」

「緊縛呪は、コロが撃ちます……、と」

「コロ? その猫が、緊縛呪を?」

「はい……」

「ええーーーーーっ?」

「ジーンさん、あまり大きな声を出すと、夜なんですから響きますわ」

「ちょ、ちょっと待って下さいっ! 暗黒オーブの使い手って、猫なんですか?」

「うふふ……。その反応、凄く良いです。私、最近、コロが暗黒オーブの使い手であることを知った人が、驚くところを見るのが好きなんですよね」

昼間の情報屋よりもオーバーリアクションで、ジーンは率直に驚いて見せた。


「近い内に、世間にも知れますけど、今は一応内密にお願いしますね」

「あ、はい……。いや、それにしてもビックリしましたよ。まだ、動悸がしている……」

「一回、緊縛呪を撃っているのを見れば馴れますわ。コロはこちらの言っていることをちゃんと理解しますので、何かありましたら、コロに直接言って下さい」

「……、……」

ジーンは、俺が人間の言葉を理解すると言われ、押し黙ってしまった。

 あまりに驚きすぎて、ついには驚きの言葉さえ出てこなくなってしまったらしい。


 ……って、ヘレン。

 やっぱ、わざとやってるんだな。

 人を驚かせて喜ぶなんて、悪趣味だろ?


 え、エイミア……。

 大丈夫だよ、ジーンは気付けの薬なんていらないってば。

 まったく……。


 アイラっ!

 おまえ、笑い過ぎだよ。

 ジーンが可哀想だろう?


 まあ、ジーン、よろしくな。

 俺、一生懸命頑張るからさ。

 水の魔女さえ拉致しちゃえば、疫病は何とでもなるらしいからな。





「も、問題は、いつマリーが水の音を訪れるかですね」

「ええ……」

しばらく悶絶を続けていたジーンだったが、ようやく精神的に立ち直ると、真顔で話しを戻した。


「マリーを連れて行かないと、また何処からか水のオーブを扱える者を連れて来る恐れがありますしね」

「水のオーブ自体も持って行ってしまうつもりなので、その辺は大丈夫なのですが、マリーさんが残ると、ダーマー公からキツイとがめを受けるのではないかと……」

「ああ、それは心配ですね。私達が誘拐して、それで辛い想いをする人が出るのは避けたいです」

「それで、情報屋さんに頼んで、マリーさんが夜間に訪れるときを教えてもらうように手配してあります」

「なるほど……。では、下男以外は、全員馬車に乗せて連れ去れば良いんですね?」

「馬車を孤児院に横付けにすれば、怪しまれないで済むと思います。ジーンさんとアイラの二人なら、女性十人くらい運ぶのは、あっという間でしょう?」

「ええ……、声を上げられる恐れもないんですよね? それなら、問題ないですよ」

「あと、情報屋さんは、勝手に向こうから訪れますので、宿は何処にとっていただいても結構です」

「了解しました」

「他に、何か連絡事項は……」

「……、……」

「特にないですね。では、ジーンさん、委細よろしくお願いします」

ヘレンはそう言うと、ジーンにニッコリ笑いかけた。


 おい、ジーン。

 ヘレンのこの笑いは要注意だぞ。

 何を考えているか分かりゃしないからな。


「一つ聞いて良いか?」

「何、アイラ?」

「ジーンとあたしは、情報屋が来るまで宿に籠もりきりか?」

「そうね……。外に出て目立たれるとまずいから、そうしてもらう方が良いわ」

「今回は暴れるところもないし、何か退屈なことになりそうだな」

「もう……。コロがいるからそんな暢気なことが言えるのよ。緊縛呪がなかったら、十人からを誘拐するのがどれほど大変か分かるでしょう?」

「まあ、そうなんだけど……」

「大丈夫よ。水の魔女を誘拐してからが本番だから……。アイラが目一杯戦う機会がきっと来るわよ」

あ、アイラ……。

 自分が暴れることより、俺のエサを心配してくれよっ!

 もう、ジンがくれた生ハムもほとんどなくなっちゃったんだからさ。

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