第76話 水の魔女

「情報屋が必要ってことは、水の魔女のいどころが分からないってことか?」

「そう言うことになるわね」

アイラの問いに、ヘレンは平然と答えた。


「じゃあ、その情報屋が、マリーって国王の奥さんの居場所を知ってるってことだな?」

「ううん……、違うわ」

「違う? おいっ、ヘレン! 分かるように説明しろよ」

「ちゃんと説明しているじゃない。アイラが勝手に思い込んでいるから分からないのよ」

いや、ヘレン……。

 俺にも分からない。

 じゃあ、何で情報屋が必要なんだ?


「あ……、あの、ひ……、一つ聞いて良い?」

「何、エイミア?」

「そ……、その、ま……、マリーって人は、どうして国王の奥さんと呼ばれているの? ふ……、普通は、お……、王妃って呼ばない?」

「うふふっ……、エイミア、良いところに気がついたわね。そう、私もそこが気になっていたの。だから、調べてもらったわ」

「ご……、ゴードン様に?」

「ええ……。それで、私の推測が間違いじゃないと確信したの」

「……、……」

「マリーは、正式な奥さんではないのね。ダーマー公の王妃は、もうかなり前に亡くなっているわ」

「……、……」

「そのあとに、実質、奥さんとして存在したのがマリーなの。つまり、正妻のいない妾みたいなものね」

エイミアは、目をしばたかせてヘレンの説明を聞いている。


 まあ、そうだよな。

 まだ若いエイミアにとっては、妾なんて言われても、感覚的に分からないだろうな。

 それに、正妻がいないのなら、当然、妾が昇格するのが必然だろう?

 ダーマー公ってのは、変わり者なのかな?


「マリーは、妾と言っても、容姿端麗と言うわけではないそうよ。それなのに、何故、妾なのかと言うと……」

「ああ、そう言うことか。水のオーブを操れるからだな?」

「その通り、アイラも分かってきたみたいね」

「ギュール共和国は、男尊女卑の国だからな。 だとすれば、女性がいくら能力を持っていても、戦争には参加できない。女性が戦争に参加するための役職がそもそもないってことなんだろう?」

「そう言うこと……」

「だから、ダーマー公の妾と言うことにして戦争に参加させているわけだ。つまり、妾と言うのはあくまでも表向きのことで、実質は国王と部下ってことか」

「そうね。それが証拠に、ダーマー公には、沢山の愛人がいるわ。マリーは、ダーマー公の身の回りの世話や戦争には参加できても、女性としては扱われてはいないってことなの」

「……で、それが情報屋と、どう繋がるんだ?」

アイラは、また素朴な問いを漏らした。


 そうだよ。

 マリーが妾だろうが部下だろうが、情報屋とは関係ないじゃないか。


「さっき、私が言ったことを覚えている? 水の魔女は何処にいてもマルタ港に雨を降らせていると言ったのを……」

「ああ……、マリーがダーマー公国にいても関係ないんだろう?」

「それに、四六時中、ずっと雨が降り続いていると言ったわよね?」

「ああ……」

「これって、不自然だと思わない?」

「不自然かどうか知らないけど、凄い力だとは思うよ。よっぽど水のオーブを使う者として、適性があるんだろう?」

「まあ、そう言う可能性もあるわね。でも、私はそうではないと思うの」

「どういうことだ?」

「レオンハルト将軍もそうだし、テイカー閣下もそうだったけど、精霊のオーブって、そんなに広範囲に影響を及ぼせる能力ではないわ」

「……、……」

「レオンハルト将軍が雷撃を連射するのには、かなり呪文でタメが必要だったでしょう? テイカー閣下も、炎撃を連射したそうだけど、そのあとには息が切れていたとか……」

「ああ、そうだったな。炎帝はそれでも何十発と連射していたけど、相当体力を消耗しているみたいだった」

「つまりね……。オーブの魔力って言うのは、無限にあるわけではないのよ」

「そりゃあそうだろうけど……」

うーん……。

 そう言うものなのか。


 俺、そんなこと全然感じてなかったな。

 だって、別に、緊縛呪を撃ったからって疲れたりしたことがないからさ。

 ……ってことは、もしかして俺が限界まで頑張れば、暗黒オーブの魔力はもっと力を発揮するってことなのか?


「私が一番不自然に思ったのは、射程が長すぎると言うことよ」

「だけど、雨は降り続いていたんだろう?」

「そうね。オーブの効力は続いていたと言うことね」

「だったら、マリーが凄いってことしか考えられないじゃないか」

「そう……? 私はそうは思わないわ」

「えっ?」

「マリーがそんな遠くから魔力を行使していると考えるより、近くに水のオーブの使い手がいると考えた方が自然じゃない?」

「そ、そうかっ! 水の魔女は、マリー一人じゃないってことなんだな。なるほど、それならマリーがどんな状況でも、雨が降り続けられるわけだ」

アイラは、納得がいったのか大いにうなずいて見せた。

 ヘレンはそれを見て、満足そうな顔をしている。


「そう言うことよ。私の計算だと、多分、水の魔女は十人はいるわ」

「そんなにいるのか……」

「つまり、水の魔女と言うのは、部隊の名前だと思うの。雨を降らせ続ける部隊ね」

「うーん……、そうか。だから情報屋が必要なんだな。マリー直属の部隊ってのを捜すのが目的か」

「うふふ……、ようやく分かったようね」

うふふ、って言うけどさ。

 そんなの説明されなきゃ分からないよ。


 だってそうだろう?

 オーブを使える者って、精霊のオーブだって千人に一人だって言うじゃないか。

 それが複数もいるなんて、普通は考えもしないよ。

 実際、雷、風、炎、土は、一人ずつしか使う者がいないんだしさ。


「私も、最初にヘレンさんから聞かされたときには、ビックリしたんです」

ジーンが、戸惑いを隠さずに言う。


 まあ、そりゃあそうだよ。

 誰だってそんなこと考えやしないよ。

 どちらかと言うと、ヘレンが異常なんだから、気にしなくて良いよ。


「だけど、言われてみれば、腑に落ちるんですよね、これが」

「そうだな。タネが分かれば、意外と当たり前の話だしな」

「ええ……。ただ、ゴードン閣下も驚いていたようです。なんせ、長年戦っている者達が気がつかなかったのに、ヘレンさんはちょっと戦況を聞いただけで見破ったんですから」

「まあ、ヘレンはそう言う奴だからさ。気にしなくて良いよ、ジーン」

何だよ、アイラのやつ……。

 俺が思ってることと同じことを言ってるな。


「そうか、マリーは正式な部隊を持ってないんだよな、妾なんだから」

「そうよ。持っていないことになっている幻の部隊……、それが水の魔女の正体よ」

「じゃあ、どんな奴等が部隊にいるのか、まったく分からないってことか?」

「そうなんだけど、幾つか可能性があるとは思うの」

「可能性?」

「ええ……。不特定の人の中から、水のオーブの適性だけで選ばれたとしたら、きっとマリーの他にも女性がいるわ」

「そりゃあ、十人もいるなら中には女性もいるだろうな。それに、水の魔女って言うくらいだし、もしかすると、ほとんど女性の可能性すらあるのか」

「だけど、ダーマー公の五万人の兵士に、女性はいないのよ」

「なるほど、じゃあ、戦場にいる女性が混じってる集団が水の魔女ってことか」

「そうね。あと、子供や老人なんかも、可能性があるわ。とにかく、普通なら戦争に徴兵されないような存在が複数いる集団……、ってことで、情報屋には調べてもらっているの」

「……で、それをキリエスに聞きに行くのが当面の目的ってことだな?」

「そう言うことよ。どう、これですっかり分かったでしょう?」

今度はエイミアもうなずいた。


 うん、俺も分かったよ、ヘレン。

 とにかく、水の魔女を見つけ出して、雨を降らせるのを止めさせなきゃな。


 それにしても、いつこんなことを考えてるんだろうな……、ヘレンは。

 同じことを聞いても、理解力が違いすぎるよ。

 その上、予め手を打っておくんだから、凄すぎる。


 まあ、炎帝やゴードンが気に入るわけだ。

 俺、自分がダメなのは分かっているけど、ヘレンやアイラみたいにはなれそうもないから、猫は猫なりに頑張ってみるよ。


 なあ、エイミア……。

 それで良いよな?

 

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