第75話 戦況

「なあ、ヘレン……。何が書いてあるんだよ?」

「ちょっと待って……、アイラ。今、皆に説明するから……」

「さっきから、ずっとそう言っているぞ」

「……、……」

ヘレンは、俺達とジーンを目の前に座らせておいて、もう結構長い時間、手紙を読んでいる。


 どうも、手紙の差出人はゴードンらしいのだが、さっきからヘレンは生返事ばかりで、ちっとも説明しようとはしない。


 ほらっ、アイラ……。

 もっと言わないと。

 ヘレンにはヘレンの考えがあるんだろうけど、じれったくてたまらないよ。

 なあ、エイミア。

 さっきから、ずっと頬ずりしてくれてるけど、エイミアだってそう思うだろう?


「ごめんなさい。お待たせしてしまって……。ジーンさん、頼んでおいたことはほぼ手配済みなのですね?」

「ええ……。言われたことはやっておきました」

「それで、ジーンさんも同行していただけるのでしょうか?」

「はい、私も行くつもりでいます」

「それはありがたいわ。アイラは今かなり目立つ存在なので、隠密行動には向かないですから」

「ええ……、馬車のことなら任せて下さい。それに、何かと折衝をしないといけないでしょうが、私なら大抵のことはこなせますから。お三人は、馬車の中でじっとしていて下されば良いですよ」

ジーンは頼もしく請け負ってくれた。

 それを見て、ヘレンは深くうなずく。


 ……って、ジーンが一緒なのは頼もしくて良いけど、隠密行動ってどういうことなんだ?

 マルタ港に行って、戦争の解決に尽力するんじゃないのか?


「では、エイミアとアイラに説明するわね」

「……、……」

「まず、次の行き先は、マルタ港ではないわ」

「えっ? どういうことだよ」

「言葉の通りよ。行き先は、キエリスよ」

「キエリス? それって、マルタ港の隣だけど、ギュール共和国の中じゃないか」

「言ったでしょう、隠密行動だ……、って」

「うん、まあ……、それは聞いていたよ。だけど……」

「まあ、待って……。順を追って説明するから」

「……、……」

急き立てるアイラをなだめつつ、ヘレンは手紙を折りたたむ。

 そして、何を思ったか、陶器の皿の上にそれを置くと、ランプの炎を近づけ焼いてしまった。


「敵地に乗り込むのに、手紙を持っていて万が一見つかりでもしたら大変だから……」

「それで、時間をかけて覚えていたってことか?」

「そうよ。手紙の内容は、一言一句違わず覚えたわ」

「……、……」

アイラは呆れたような顔でヘレンを見るが、当のヘレンは平然としている。


「では、本題に入るわ。皆、良く聞いていてね」

ヘレンは、そう言うとニッコリ笑って、一同を見回した。





「まず、マルタ港の戦況から言うわね」

「……、……」

「戦況は、ギュール共和国側が、常に主導権を持っているわ」

「……、……」

「そもそもの兵士数が、ロマーリア王国三万に対し、ギュール共和国側が五万なの」

「ずいぶん兵力に開きがあるんだな?」

「そうね。でも、ロマーリア王国には土のオーブを持つデニール王子がおられるので、戦力差はあっても均衡は保たれているわ」

「……、……」

「土のオーブは、どんなところにも瞬時に土の壁を造ってしまう能力らしいわ。だから、少々攻められても、土のオーブで砦を修復すると、マルタ港に立て籠もっているかぎりは負けることはないと言うことなの」

「まあ、城や砦を攻めるには、三倍以上の兵力がいるからな……。攻める方は」

「そう……。だから、戦争が長く続いているのよ」

「……、……」

ふむふむ……。

 なるほどな。

 攻めても攻めてもすぐに修復される砦って、攻める方から看ると確かにタチが悪そうだ。


 だけど、これってやっぱ両国の一般の国民には知らされてないんだろうな。

 まあ、にらみ合いが続いているだけならそんなに兵士に犠牲が出ないから、知らされなくても特に国民を裏切っているってわけではないのだろうけど。


「最初の数年は、ギュール共和国側もどうにか攻めようとしていたのね。それが無理だと分かると、にらみ合いが続いたわ」

「……、……」

「でも、昨年から、明らかに方針を変えてきたの」

「……、……」

「だから、疫病が流行りだしたの。ね、エイミア」

「……、……」

ヘレンの問いかけに、エイミアがこくんとうなずく。


「……って、疫病はギュール共和国側が流行らせてるってことか?」

「ええ……。水の魔女のしわざね」

「水の魔女?」

「そう……。水のオーブを持つ、マリーと言う女性がそう呼ばれているわ」

「……、……」

「マリーは、マルタ港攻めを指揮するダーマー公の奥さんね」

「それで、その水の魔女がどうやって疫病を流行らせてるんだよ」

「雨を降らせるの……」

「雨……? そんなの、何処でだって降るだろう?」

「ううん……。水のオーブの力で、四六時中、ずっと降らせ続けるのよ」

「何だって、ずっと雨が降ってるのか? マルタ港は」

「ええ……。その雨のせいで、砦の中は湿気が凄いのね」

「……、……」

「湿気が衛生状態を悪くして、それが疫病の原因になっているってことなの」

「まあ、そんなにずっと雨が降ってるんじゃ、ジメジメして気持ち悪そうだもんな」

「蓄えてある食糧もすぐに傷むし、下痢を起こす人が絶えないらしいわ」

「疫病って、下痢のことなのか?」

「ちょっと違うけど、かなり似た症状ね。違うのは高熱が出るところ……。重くなると、命にかかわるわ」

「……、……」

そこまで語ると、ヘレンは一度言葉を切り、エイミアを見た。

 エイミアは、しきりと俺に頬ずりを繰り返す。


「そっか……、だからセイロの木が重要なのか。だけど、そんな疫病じゃ、雨が降り続いているかぎり、特効薬があっても流行り続けるんじゃないか?」

「そうなの、だから厄介なのよ」

「……って、だいぶ分かってきたよ。それであたし達が隠密行動をして、その水の魔女を捕まえてくれば良いってことなんだな? 水のオーブが災いのもとなんだから、それを取り除けば良いってことだろう。だけど、水の魔女だって、オーブの使い手なんだから、戦場にいるんじゃないのか?」

「それが、そうじゃないのよ」

「……、……」

「水の魔女は、何処にいても雨を降らせ続けるのよ。本国であるダーマー公国にいてもね」

「なっ、何だって? ダーマー公国って言ったら、マルタ港から馬で十日はかかる距離だぞ。そんな遠くからオーブの効力があるなんて……」

「でも、実際に雨を降らせているらしいの。絶え間なくね」

「それって、たまたま本当に雨が降ったとかってことじゃないのか?」

「違うらしいわ。水のオーブが降らせる雨は、霧雨なのね。水の魔女が何処にいても、マルタ港には霧雨が降っているの」

「……、……」

「じゃあ、水の魔女を捕まえるために、キエリスに行くってことか? キエリスに水の魔女がいる……、って、ゴードンが言ってきたってことなんだろう?」

「うふふ……、そうではないわ。キエリスにいるのは水の魔女ではなく、情報屋よ」

ヘレンはそう言うと、謎をかけるように俺達を見回した。


 ……って、俺には全然分からないよ。

 水の魔女は、ダーマー公国の国王の奥さんなんだろう?

 それなのに、どうして情報屋が関係あるんだ?


 なあ、ヘレン……。

 もうちょっと、俺達に分かるように説明してくれよ。

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