第71話 独り、悔いる者
「ふふふっ、ふふっ、ふっはっはっは……」
「……、……」
「ヘレン……。大した自信だな」
「……、……」
「三ヶ月……? それだけで良いのか?」
「……、……」
「おまえは、その間にすべて望みを叶えて見せると言うのか?」
「はい、そのつもりでございます」
「つまり、マルタ港に関する戦争に、ケリを付けてみせると言うのだな?」
「はい……」
炎帝は、大げさにのけぞって見せた。
しかし、ヘレンは、ニコニコしながらそれを見つめている。
まあ、そりゃあそうだよな。
マルタ港を巡って、もうかなり長いこと戦争をしているんだろう?
それを、あっという間に解決するって言っているんだからな。
「ふふっ……。まあ、アイラの武勇と、暗黒オーブの魔力……。そして、ヘレンの知謀があれば、確かに成し遂げるかも知れん。その薬屋の娘、エイミアと言ったか? その子が疫病を何とかするつもりなんだろう?」
「仰せの通りにございます。エイミアの父は疫病の特効薬をすでに作っておりますが、エイミアはそれを更に改良してくれると、私は信じております」
「そうか……。だが、ヘレン、おまえの考えには穴があるのではないか?」
「……、……」
「もし、俺が心変わりをしたらどうする? 三ヶ月待つふりをして、もう一度パルス自治領に攻め入ったらどうするのだ?」
「……、……」
「敵である俺を、そんなに簡単に信じて良いのか? どうだ、ヘレン……、答えてみよ」
「……、……」
炎帝は、そう言うとニヤリと笑った。
ちぇっ……、あんなこと言って……。
俺にもだいぶ分かってきたぞ。
どうせ、炎帝はそんな気なんかないんだ。
だけど、ヘレンの思惑が知りたいんだろう?
どのくらい正確に状況を把握しているか、試しているのさ。
まあ、でも、やっぱヘレンは大したものなんだな。
炎帝の奴、すっかりその知謀に触れることを楽しんでる。
アイラと言い、ヘレンと言い、そして、これから間違いなくエイミアも活躍するし、俺も頑張らなきゃな。
「お答えいたします」
「うむ……」
「戦争は、疫病を鎮め、暗黒オーブの力を示しさえすれば止まります。ギュール共和国側に多大なダメージを負わせなくても……」
「……、……」
「ですから、テイカー閣下は何ら犠牲や労力を費やすことなく、意に沿わない戦争を終結できるのですから、これを阻む理由がありません」
「俺の得になるから、裏切るわけがないってことか?」
「はい……」
「……、……」
「それと、テイカー閣下のご気質が、裏切りを許すことはないでしょう。武を志す者としての気高い気概がございますから……」
「話していてそれを感じたと申すのか?」
「はい……」
「……、……」
「さらに、パルス自治領は、すぐに復興いたします。ジン様の火傷は、遅くとも一ヶ月もあれば治るとエイミアは申しておりますので……。ジン様は優れた軍略家でもありますので、たとえテイカー閣下が率いる軍勢と言えども、簡単には負けたりはいたしません。オーブの相性がハッキリとした以上、個人的な戦いで雌雄を決するようなことは二度となさらないでしょうし……」
「俺が約束を違えても大丈夫だと言うのだな?」
「はい……、仰せの通りにございます」
「……、……」
ヘレンは、よどみなく炎帝の問いに答えた。
それを聞き、炎帝も満足そうしているように見える。
……って言うかさ。
炎帝って、実は、ギュール共和国よりも、ロマーリア王国に考え方が近いような気がするんだけど……。
ギュール共和国って、男性上位で、女性蔑視の国なんだろう?
だけど、さっきから、アイラやヘレンの優れたところに触れたって、ちっとも意外そうじゃないし、女に負けたとかってことを微塵も恥だと思ってはいなさそうだしな。
「んっ……? あれは……」
炎帝が不意に声を上げた。
あ、あれって、緊縛呪の球だろう?
どうした、暗黒オーブ?
突然、撃ったりして……。
緊縛呪の球は、音もなく空を駆けた。
炎帝が目聡くそれを見つけたのだった。
あの方向は、確か、ジンのいる行の間があるところだ。
だけど、ジンに向かって撃つわけもないし、僧侶達はあらかた武闘殿の外に逃げたはずだろう?
俺、すっかり漆黒の球のことを忘れていたけど、宙に浮いたままだったな。
ごめん、何か処理しなきゃいけなかったよな。
アイラの小手にでも撃ってしまえば良かったかな?
炎帝と俺達は、漆黒の球が撃たれた、行の間に向かった。
一体、今頃、どうして緊縛呪が撃たれたか知りたかったから……。
アイラが、エイミアに抱かれた俺の方を見て訝しげな顔をしているけど、俺にだって分からないよ。
だけど、暗黒オーブは、今まで一度だって無駄なことはしたことがない。
だから、何か理由があるんだよ、きっと……。
その理由には、まったく心当たりがないんだけどさ。
ただ、ヘレンは何か分かっているみたいだ。
炎帝が声を上げたときに、微妙にうなずいていたから……。
……ってことは、やはり、必要性があったんだろうな。
まあ、行ってみれば分かるんだろう?
「ジン……。俺は負けたぞ……」
炎帝は、病床のジンに向かって静かにそう言った。
「左様でございましたか。アイラ殿はそれほど強かったのですかな?」
「うむ……。力で俺を凌駕した。おまけに、魔力の効かない小手を持っていてな」
「力でテイカー様をですか……。さすがにジェラルド様のご息女にあられますな」
「ああ……。まったく、何て強さだ。あの華奢な身体でそれなのだから、驚くしかないな」
ジンは、寝たままの姿で、「ふふっ……」と笑った。
そして、アイラに向かって、深くうなずく……。
「それと、おまえの火傷は、一ヶ月もすれば治るらしい。今までは俺が治療を止めていたがな……」
「存じておりましたよ……。オリクも心を痛めていたようです」
「すまなかったな……。だが、俺が必要だと判断してやったことだ。後悔はしておらん」
「はい……、それで良いと思います。あとは、アイラ殿達がすべて丸く治めて下さるでしょう」
ジンと炎帝は、うなずき合っている。
そっか……。
ジンと炎帝は、半ば信頼関係で結ばれていたんだな。
俺はちっとも知らなかったから、てっきり敵同士なのかと思っていたよ。
ジンも、仲が悪そうなことを言っていたしな。
「それはそうと、オリク様の部屋はどちらになりますでしょうか?」
「オリクの部屋? その扉の向こうでございますが……」
ヘレンが尋ねると、ジンが不思議そうな顔で答える。
へ、ヘレン?
どうしてオリクが気になるんだ?
「ちょっと、失礼いたします。オリク様……、開けますね」
「……、……」
ヘレンは、一声かけてから、いらえがないのに扉を開けた。
まるで、答えが返って来ないことを知っていたみたいに……。
「やはり……」
「オリクっ!」
ヘレンとアイラが短く声を上げる。
扉の向こうには、ベットの上に正座をし、短刀を首にあてがった姿で固まっているオリクの姿があった。
その目には、涙が溜まっており、静かにそれはこぼれ落ちた。
「オリクさんは、何処かでアイラとテイカー閣下の戦いを見ていたのね」
「……、……」
「アイラが勝って、これでテイカー閣下から命を受けることもなくなるので、自殺するつもりでいたんだわ」
「……、……」
「今まで、ジン様にしてきた仕打ちや、武闘殿の幹部の皆様を追いやったことを、独りで抱えて悩んでいたのね」
「だから、死のうとしたのか」
「ええ……。でも、暗黒オーブが救ってくれたわ。緊縛呪で止めてくれたのね」
「……、……」
とつとつと語るヘレンの言葉を、皆で聞いている。
そこにいる誰もが、涙するオリクを、静かに見守っていた。
え、エイミア……。
泣いているのか?
涙が、頬ずりすると俺にかかるよ。
でも、オリクは助かったんだよ……、とりあえず。
良かったじゃないか、誰も傷付かなくてさ……。
ありがとな……、暗黒オーブ。
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