第68話 力勝負!

「……、……」

アイラは、迫り来る炎撃をサイドステップでかわした。

 こんな鈍い攻撃では、当るわけがないとばかりに……。


 アイラに避けられた炎撃は、しばらく燃えさかって飛んでいたが、力尽きたかのように宙に消えた。

 確かに当れば威力はありそうだが、速度と射程距離が短いのが難点なのかもしれない。


「まあ、避けるだろうな、このくらいは……」

「……、……」

「ジンも軽々避けていたさ、単発ならな」

「……、……」

「だが、これならどうだ?」

「……、……」

炎帝は、同じモーションのまま、今度は左腕を突き出し、右腕を引っ込めた。


「ふんっ!」

気合い声とともに、左拳から炎が吹き出し、また火の玉が形成される。


「はあっ!」

巨大な火の玉は、次の気合い声で撃ち出された。


「ふんっ!」

今度は、右腕を突き出し、火の玉を形成する。


「はあっ!」

そして、また火の玉を撃ち出す。


「ふんっ! はあっ! ふんっ! はあっ! ふんっ! はあっ! ……、……」

な、何っ!

 こんなに簡単に連射出来るのか?


 アイラに当ろうが当るまいが関係ないように、火の玉の弾幕を張る炎帝……。

 その巨大な火の玉が、アイラを次々と襲う。


「はあ……、はあ……。これでどうだっ!」

「ふふっ……。初撃は、つい避けちまったけどさ」

「な、何だと?」

「ご自慢の炎撃だが、あたしには効かないよ」

アイラは、今度は避けず、左腕の小手を顔の前に掲げた。

 そして、掲げた小手に、次々に火の玉が吸い込まれていく……。


「ば、バカな……」

「……、……」

「その小手は何だ? 魔力を吸い取っているとでも言うのか?」

「……、……」

「そんな報告はなかったはずだが……」

「……、……」

「いや……、そうか。だからアリストスは捕らえられたんだな。その小手が操るのを防いだと言うことか」

「……、……」

炎帝は、しばし呆然とアイラを見た。

 目を見開き、驚きを隠そうともせず……。





「ふっ、ふはははっ……。面白い、炎撃は効かぬと言うのか」

「そう言うことだ」

「良いな……、これだから戦いは止められぬ」

「……、……」

「俺は強い奴が好きだ。尊敬すらする」

「……、……」

「ジンは、ハッキリ言って、俺より強かった。俺が勝ったのは、オーブの相性が良かったからで、力量的に劣っていたのは自覚している」

「……、……」

「だから、俺はジンを尊敬している。偉大な武闘家として……、そして、同じ国を統治する者として……」

「ふんっ……。おまえがジンを尊敬しているだと? 武闘殿内に裏切り者を作り、ジンの治療を遅らせるようなことをしている、おまえがか?」

アイラが吐き捨てるように言うと、炎帝は顔を曇らせた。


「知っていたのか……、それを」

「……、……」

「言い訳はせぬ」

「……、……」

「だが、これは俺の本意ではない。俺は、オーブの相性に頼らなくても勝てるようになるまで、何度でもジンと戦いたかった」

「……、……」

「ジンは、稀代の名手だ。奴に勝ちたいがために、俺は炎壁を習得したんだ」

「……、……」

「それこそ、血の滲むような想いをしてな……」

「……、……」

そう言うと、炎帝は、顔を伏せた。

 その姿には、後悔の念が滲んでいるように感じる。


「だがな……」

「……、……」

「俺は、国を護らなくてはならん。統治者としてな」

「……、……」

「だから、本意ではないが、ジンの治療を遅らせた」

「それは、誰かに指図されたってことか?」

「……、……。それは、言えん」

「言えない? 何故だ」

「……、……」

「そうか……。じゃあ、炎帝……。お前をぶちのめして、聞くまでだ。あたしはジンのかたきもとるつもりだから、そう思えっ!」

アイラは啖呵を切ると、右腕を高々と掲げ、掌を開いた。


「それは、何のつもりだ? この俺と、力勝負をしようとでも言うのか?」

「そうだと言ったらどうする?」

「俺は、スピードや技ではジンには遥かに及ばぬ。だが、力はジンと同等以上だぞ……。それでも、俺と力勝負をしようと言うのか? その細く小さい身体で」

「……、……」

アイラは答えず、右手を掲げたまま炎帝を睨みつけている。


 おっ、おい……。

 アイラ、やめろっ!

 ヘレンから言われてるだろう?

 これは腕試しじゃないって……。


 それに、無茶だよ。

 炎帝は、明らかにパワーファイターだぞ。

 それなのに、相手の得意な分野で争うなんてさ。

 そりゃあ、アイラが力も強いのは知ってるよ。

 だけど、炎帝の力強さも並じゃないはずだぞ。

 おい、それを分かっててやってるのか?


「良いだろう……。おまえがその気なら、相手をしてやる」

「……、……」

炎帝はそう言うと、アイラに覆い被さるように掌を合わせ、指と指を交互に組み合う。

 その掌は分厚く、大きさもアイラの倍ほどもある。


 止めろっ!

 アイラ、無茶だよ。


 しかし、俺の心の叫びはアイラには届かない。


 そうこうしている間に、アイラは左手もガッチリと組み合った。


「サアっ!」

「はあっ!」

二人は、気合い声とともに、全身に力を込めた。

 合わせた掌がプルプルと小刻みに震え、お互いの全力が掌でぶつかっているのが分かる。


 上から覆い被さるような体制な分、炎帝が有利か……。

 ただ、握り合った掌が、最初の位置からピクリとも動かないところを見ると、均衡は保たれているようにも見える。


「くっ……」

「ガっ……」

二人の食いしばる声が漏れる。

 踏ん張っている両足の地面はえぐれ、額には玉のような汗が光る。


 ご、互角なのか?

 アイラの身体はあんなに小さいのに……。

 炎帝の、あの火を噴き出しそうな顔を見れば、全力を尽くしているのは明白だ。

 アイラも間違いなく必死だし……。


 だけど、これ、いつまで続くんだ?

 ……と言うか、長引くと、上背の分、アイラが不利に見えるけど……。

 どうも、俺にはアイラが競り勝つ展開が来るようには思えない。


 おい、アイラ……。

 本当に大丈夫なのか?





「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

突然、暗黒オーブの声が、俺の頭の中で響く。


 ああ……、暗黒オーブも、力勝負は微妙な形勢だと思っているんだな。

 確かに、ここで何かアイラに助力してやれば、間違いなく勝てるだろう。

 だけど、本当にそれをしちゃって良いのかな?

 これ、二人とも、死力を尽くしているじゃないか。


「……、精霊の意志によりて、緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

俺の中に闇が満ちる。

 頭の先からつま先まで、びっしりと闇が膨れ満たされていく。


 そっか……。

 ヘレンが言っていたよな。

 これは、腕試しじゃないんだ。

 必ず勝たなきゃいけない戦いなんだ。

 だから、一対一で勝負を付けることに意味はないってことか。

 暗黒オーブもそう思ってるんだろう?

 だから、ここで緊縛呪を撃つのか……。


「ニャっ!」

俺の体内に闇が充満し、もうこれ以上耐えきれなくなって、俺は思わず鳴き声を上げた。

 それとともに、闇は尻尾の先から体外にあふれ出す。

 そして、漏れた闇は、煙状になって立ち上り、頭上で漆黒の球となった。


 ……って、待てよ。

 何か、炎帝の頭の位置が、さっきより下がってないか?


 うん……、間違いない。

 アイラの上体が起きてきてる。

 

 暗黒オーブ……。

 見て見ろっ!

 あ、アイラが、炎帝を力でねじ伏せ出したぞ。


 ほらっ、間違いないよ。

 もう、頭の位置がほとんど同じになってる。

 炎帝の膝が、地面に付きそうだよ……。

 

 

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