第60話 オーブの相性
「アイラ様……」
「……、……」
「アイラ様……、お聞きになって下さい」
「……、……」
まだ戦おうとしているアイラに、先ほどオリクと名乗った僧侶が必死に話しかける。
しかし、アイラは何も言わずステップを繰り返す。
「アイラ様……。私は今、ジン様にご意向を伺って参りました。お会いになられるそうです」
「用があるなら、ジンがここに来れば良い……」
「そ、それは……」
「行をやっているんだろう? だったら、ここに出てきてあたしと戦え」
「……、……」
「あたしはジンと手合わせするために来た。他にも用はあるけど、あたし自身の力を試したいんだ」
オリクは、頑なに戦いたがるアイラに何も言えない。
やっぱ、そういうことだよな……、アイラ。
サイラス程度じゃ物足りないんだろう?
観ててそう思ったよ。
格下相手じゃなく、自分の力をすべて発揮出来るような相手を欲しているんだよな。
俺にも、最近、分かってきたよ。
本当の強者って言うのは、自分より明らかに弱い相手と戦うのが苦痛なんだな。
俺はさ……。
いじめられてる側だったから、強者ってのは、弱い奴に勝っても嬉しいのかと思ってたんだ。
俺に暴力を振るう奴等は、どれもそういう輩ばっかりだったからさ。
でも、アイラくらいになると、そんなちんけな勝利には意味がないんだな。
さっきまでも、嬉々として戦っているように見えたけど、あれはこれからジンと戦えるかもしれない喜びに打ち震えていただけであって、別に、目の前の敵と戦っていることが嬉しかったわけじゃない……。
何かさ……。
俺が、アイラとジンの戦っているところが観たかったわけも分かったよ。
俺は、アイラが本当の意味で戦っている姿を観たかったのかもしれない。
だから、今なら、ちゃんと言えるよ。
アイラの気持ちが分かる……、ってさ。
「アイラ……、戦いは終わりよ。ジン様にお会いしましょう」
ステップを踏み続けるアイラに、ヘレンが止めるように促す。
「終わり……? 話す前に、あたしはジンと戦いたいんだ。話はそれからでも良いだろう?」
「ううん……、もう終わりなのよ。ジン様は戦えないの……」
「戦えない?」
「ええ……。私の推測が合っていれば、ジン様は、今、床に臥せっているわ」
「どういうことだ?」
「それは、会えばわかるわ。ほらっ、オリクさんだって困っているじゃない」
アイラはステップを止めた。
その表情は、いかにも無念そうだ。
オリクは、ヘレンに深々と一礼する。
その仕草からすると、ヘレンの言っていることは正しいのかもしれない。
だけど、ジンが床に臥せってるってどういうことだよ。
ヘレン……、どうしてそんなことが分かるんだ?
「サイラスは、最近、副館主になったのか?」
黙っているオリクに、アイラが静かに尋ねる。
ステップを止め、少し、気持ちの昂りが収まってきたのか、アイラからは先ほどまでの威圧的な雰囲気も消えようとしている。
「ご察しの通りでございます」
「そうか……、だからか。若すぎると思ったんだ。それに、サイラスはまだ組織を背負う器じゃないよな……。これから伸びる良い素材だとは思うけど」
「……、……」
「武闘殿のレベルは、こんなものじゃないはずなんだ。少なくとも、あたしが昔見た武闘殿の上位者は強かったよ」
「……、……」
「その前の副館主は、どうした?」
「亡くなられました……」
「戦ってか?」
「はい……」
「……、……」
オリクは、本来なら答えたくないのか、言葉少なに応えるだけだ。
「アイラ……、分かったでしょう?」
「うん……」
「ジン様と会いましょう。会えば、詳しい話も分かるわ」
「……、……」
ヘレンの言葉に、アイラがうなずく……。
ちょ、ちょっと待ってよ。
俺には、全然わからないんだけど?
アイラ……。
残念だったな。
でも、また、全力で戦う機会はあるよ……、きっと。
アイラとヘレンがうなずき合う中、エイミアだけが、忙しそうにアイラに叩きのめされた僧侶の面倒を看るのだった。
「こ、これは……?」
アイラは思わず声を上げた。
簡素なベットに、初老の男性が全身を包帯にくるまれた姿で横たわっている。
「アイラ殿……。こんな姿で、お恥ずかしい限りです」
「……、……」
「拙僧は、戦いに敗れ、もう、一年も床に臥せっております」
「……、……」
も、もしかして、これがジンか?
ちょっと、俺が抱いていたイメージと違うなあ。
中肉中背の体躯だし、物腰も柔らかいし……。
……って、包帯姿だから、弱々しく見えるだけかもしれないけど。
「それ、火傷だろう? 全身をそんなに火傷するって……」
「炎帝の炎撃にやられ申した」
「炎帝?」
「はい……。ギュール共和国の選帝侯、炎のオーブを頂くテイカー候です」
アイラは驚いたようで、言葉に詰まる。
それを見て、ジンは、
「拙僧の修行不足です」
と、寂しそうに笑って見せた。
「いえ……。体術では、明らかにジン様が勝っておりました」
オリクが、俺達の後ろから無念さをにじませながら言う。
「一年ほど前のあの日……。炎帝テイカー候は、突然、軍勢を引き連れて、このパルス自治領に参りました。そして、ジン様に一対一の戦いを挑んだのです」
「……、……」
「最初は、ジン様が優勢に勝負を進めておりました。体術でテイカー候の槍を完全に封じていましたから……」
「……、……」
「しかし、体術では不利だと悟ったテイカー候が、炎撃を使いだすと戦況は一変し、ジン様は苦境に立たされたのです」
「……、……」
「ジン様の疾風斬は、ことごとくテイカー候の炎の壁に阻まれ、テイカ―候の炎撃は、ジン様の風防御に返って勢いを増すばかり……」
「……、……」
「つまり、風と炎……。オーブの相性が勝負を分けたのでございます」
「……、……」
オリクは、語りながら、涙をこぼしている。
それほど武闘殿とジンにとっては衝撃的な敗戦だったと言うことか……。
「言うな……、オリク」
「ですが……」
「拙僧は風のオーブに、これまで数多の戦いで世話になってきた」
「……、……」
「それに、かつて、オーブを持たんでも、拙僧を打ち負かした御仁もおられる」
「……、……」
「オーブの相性など、言い訳にはならない。そうではないですか? アイラ殿……」
「……、……」
そうオリクをたしなめると、ジンはアイラに向かって微笑んだ。
「……、……」
「アイラ殿とは、以前、お会いしておりますな」
「……、……」
「お父上は、ご健在でございますか? ジェラルド=シュレーディンガー様は……」
「覚えているのか? あたしのことを……」
「はい……。その、何者をも射尽くすようなまなざし……。当時から、少女のものとは思えませんでした。とても鮮烈に覚えておりますよ」
「……、……」
「拙僧は思っておりました。いずれ、この子は素晴らしい武術家になると……。そして、いつか拙僧の前に現れると……。」
「それなのに、武闘殿を女人禁制にしたってのは、どういう了見なんだ?」
「ふふふ……。アイラ殿のような方は、世に何人もおられませんから……。それに、禁を力尽くで破れるので問題ありますまい」
「……、……」
「ただ、出来ればアイラ殿と戦いたかったです。お父上に敗れたときのように、熱く、コクのある戦いを……」
「……、……」
「ですが、この身体では……」
そこまで言うと、ジンは目を閉じた。
もう、アイラと満足には戦えない……。
ジンの姿には、そんな想いがにじみ出ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます