第61話 ジンの願い

「それで暗黒オーブを求めたってことか?」

「どうしてそれを……」

アイラの言葉に、オリクが驚きの声を上げる。


「バロール殿には、極秘に接触していたのですが、何処からかロマーリア王国側にもれましたかな?」

「いや……。もれたと言うか、バロールから直接聞いたんだ……、あたし達が」

「バロール殿が、ロマーリア王国に捕まったことは聞いておりましたが……」

「ああ、あたし達が捕まえたんだ」

「な、何とっ……。アイラ殿が緊縛呪を破ったと言うことですかな?」

「うーん、と。ちょっとその辺は事情が込み入っているんで……。そうと言えなくもないけど、実際には違うし……。あたしは、結局、緊縛呪を喰らって動けなくなっちまったからさ」

「……、……」

「へ、ヘレン。悪いけど、説明してやってよ。あたしには旨く言えないよ」

戦っているときの勢いは何処へやら……。

 アイラは、情けなさそうな顔で、ヘレンの助力を求めた。


「ジン様……。アイラから指名がありましたので、ここからは私、ヘレンが話をさせていただきます」

「ヘレン殿ですか。良しなにお願いいたします」

ジンは、寝たままの姿で、軽くうなずいてみせた。


 一年も経っているのに、まだ、自力では姿勢を変えることも難儀のようだ。

 それほどの火傷でも生きていられたのは、ジンが人並み外れた武闘家だからだろうか。


 ヘレンは、ごく簡単に経緯を話した。

 ヘレン自身がバロール一家に捕らわれたことや、予めシュールの薬を飲んでアイラが戦ったことなど……。

 そして、王宮内に巣食っていた裏切りのオーブのことも……。


「初めて聞き申したが、その裏切りのオーブも破ったのですか……? アイラ殿が」

「はい……。先ほど、アイラ自身が申しました、事情がございまして……」

「……、……」

「現在、裏切りのオーブは王宮内で厳重に封印されてございます」

ヘレンは、俺と暗黒オーブのことを避けながら話を進めている。

 ジンは、何か思うところがあるのか、こちらが伏せていることに敢えて触れずに話を聞いているようだ。


 こう言う微妙な駆け引きは、ヘレンに任せるに限る。

 国家の首脳クラスと話していても、まったく危なげがないから……。


「ヘレン殿……」

「……、……」

「ご存知の通り、この国はモル教の信徒がほとんどでございましてな」

「……、……」

「私としては、このパルス自治領からモル教が絶えることは極力避けたいと思っております」

「……、……」

「ロマーリア王国は、他国の内政に干渉しないとは言え、基本的に封建的な国でございます。ですから、女性が政治や王宮に関与することはないですね?」

「……、……」

「ギュール共和国は、明らかな男尊女卑の国……。女性は男性のために生きることが定められております。そして、共和国に属さない国を排除するのが常でございます」

「……、……」

「ですので、私共パルス自治領は、どちらかと言えばロマーリア王国と歩調を合わせてやって参りました。この関係をいつまでも続けていたかったのです」

「……、……」

「しかし、拙僧がテイカー候に敗れ、抗う力がなくなってしまいました。武闘殿の猛者達も、かなりテイカー候に排除されましたし……」

「……、……」

「テイカー候は、拙僧に要求を突き付けて参りました。ギュール共和国の傘下に入るか、戦争に協力せよ……、と」

「……、……」

「それで、私共は内密に後者を選んだのです。ギュール共和国の傘下に入ったら、モル教は絶えてしまいますので……。この国とモル教を守るために致し方なかったとは言え、ロマーリア王国とデニス王には申し訳のないことをいたしました」

「……、……」

「ですので、どうしても暗黒オーブとバロール殿を招き入れたかったのです。拙僧には、それしか炎帝に対抗するすべを思いつかなかったのでございます」

「……、……」

ジンは、柔らかい口調のまま、パルス自治領の苦境を語った。


 ヘレンは、黙ってそれを聞いている。

 いつも通り、何を考えているのか分からない、無表情のままで……。





「テイカー候からの要求は、今のところ、セイロの木の件だけでしょうか?」

「ほう……、そこまでご存知でございましたか。はい……、マルタ港近辺で起こっている疫病の特効薬を作らせないことを厳命されました」

「……、……」

「今のパルス自治領には、戦力的な旨味はありませんので、テイカー候も戦争に参加することを求めてはおりません」

「……、……」

「ただ、いずれはセイロの木の販権をよこせとは言ってくるでしょうな」

「……、……」

「セイロの木は、普通は材木として流通しているものでございます。そして、セイロの木の輸出がパルス自治領の主要産業となっております」

「……、……」

「それを奪われるとなると、この国は長く持たない……。ですので、私共はどうしても暗黒オーブの力が欲しかったのです」

「……、……」

そっか……。

 バロールは、そんなに期待されていたんだ。


 権力って、不思議なものだな。

 バロールなんて、ロマーリア王国では単なる悪党に過ぎなかったのに、パルス自治領では救世主みたいな扱いだし……。

 まあ、権力も使い方次第なのは分かるけど、見方を変えるだけで同じものがまったく違う存在に見えるんだからさ。


 オーブってのは、この世界に於いて、権力そのものなんだな。

 暗黒オーブ……。

 俺、ジンの言葉を聞いて、実感したよ。

 おまえ、凄いんだな。


「ジン様……。もし、ロマーリア王国がパルス自治領に助力すると言ったら、いかがでしょうか?」

「ヘレン殿……。拙僧もそれが一番望ましいのでございます。しかし、ロマーリア王国は戦争をなさっておられます。主要な戦力は、ほぼマルタ港に投入なさっている……。土のオーブを頂くデニール王子も、ずっとマルタ港に駐屯したままです」

「そうでございますね」

「私共も残念でございました……、ロマーリア王国の助力が受けられないことは」

「ですが、ロマーリア王国に、新たなオーブの使い手が誕生したとしたら、いかがでございましょうか?」

「新たな使い手ですと……?」

「はい、バロールの後継と申しましょうか。暗黒オーブの使い手がいるとしたら……」

「ま、まさか……。精霊のオーブは比較的容易に使い手が見つかりますが、闇のオーブの使い手がそんなに簡単に見つかるはずは……」

「……、……」

「それに、たとえ暗黒オーブの使い手がいたとしても、そのお方をずっとパルス自治領に置いておくわけにはいきますまい。ロマーリア王国としても、そんな戦力があるのなら、他に使い道はいくらでもありますのでしょうし」

「……、……」

「まあ……、暗黒オーブの使い手が炎帝を撃破してくれれば、パルス自治領としても一番良いですが、バロール殿から受け継いだばかりの使い手では、それも望めますまい」

「……、……」

「そうあってもらいたいとは思いますが、やはり、それは願望にしか過ぎませんな」

ジンはそう言って笑った。


 その柔和な表情に、若干、寂しそうな色が見えたように感じたのは、俺だけではないよな……。

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