第59話 咆哮するアイラ

「サアっ!」

アイラの気合い声が響く……。


「ぐっ……」

苦しそうに腹部を押さえ、悶絶する僧侶……。


 もう、何人目だ?

 一、二、三……、……。

 今度で十一人目か……。


 アイラは、息の乱れもなく、ほぼ一撃で相手を圧倒している。

 武闘殿のレベルは高いらしいが、アイラと較べると大人と子供以上の力量差がある。

 まだ、大物は出てきていないのだろうが、いくら戦っても、アイラに汗すらかかせる者はいなかった。


「次っ!」

「我は、ジン様の護衛隊、オリク! 行くぞっ!」

「来いっ!」

「だあっ!」

「甘いっ、足元がお留守だよ」

「くっ……」

オリクと名乗った僧侶は棒で打ちかかったが、アイラの足払いで仰向けにひっくり返る。

 すかさず拳を撃ち込もうとするアイラ……。

 だが、その拳はオリクの顔の寸前で止まり、打撃音を響かせることもなかった。


「ま、まいった……」

「次っ!」

「……、……」

「オリクって言ったな? そこに転がってる奴を、中で手当てしてやってくれ。エイミア一人じゃ、手当てが間に合わない」

だから、寸止めにしたのか……。

 ……って言うか、何だよ、その余裕は。


 エイミアは一生懸命手当てをしているが、確かに間に合ってはいない。

 まだ手当てを受けていない僧侶が五人ほど、苦しそうなうめき声を上げながらうずくまっている。


「あ……、アイラ。も……、もう、ムーの薬がないわ」

「そう……。じゃあ、もう、あとは中の奴に任せて、エイミアは観てなよ」

「で……、でも……」

「仕方がないだろう? あたしが好き好んで倒しているわけじゃないんだからさ」

そう言いながら、アイラはニヤリと笑う。


 おいっ……、アイラ。

 それは嘘だろっ!

 絶対に、好き好んで戦ってるに決まってる。


 だって、何でそんなに活き活きしてるんだよ。

 気持ちよさそうに倒しちゃって……。

 しかも、まだ手を抜いたままだろう?

 アイラの打撃がもろに入ったら、こんなものじゃ済まないものな。


 だけど、武闘殿の奴等もそろそろ大物を登場させろよ。

 じゃないと、アイラが嬉々として肩慣らしをするだけじゃないか。

 こっちは、早急にジンと会わなきゃいけないんだ。

 のんびりしていられないんだよ。





「武闘殿の皆様……。アイラの力量は知れたと思いますので、そろそろジン様にお取次ぎをお願いしたいのですが……」

「むっ……」

ヘレンが慇懃に頼むが、無礼に映ったのか、居並ぶ僧侶達は、揃って険悪な表情をする。

 しかし、アイラの圧倒的なパフォーマンスに、次の名乗りを上げる者はいなかった。


「オリクでもあれでは……」

「うむ……。確かにあの女、底なしの強さだぞ」

僧侶達から、ささやきがもれる。


「次っ……、いないのか?」

「……、……」

「じゃあ、そろそろ、この門を通らせてもらおうか」

「……、……」

そう言うと、アイラはステップを止めた。


 アイラが、ちょっとガッカリしているように見えるのは気のせいかな?

 まあ、気持ちは分からないでもない。

 強い奴と戦いたかったんだろう?


 アイラは、エイミアとヘレンに目で促し、首をちょっと傾げて門に向かおうとする。

 囲みを解く、僧侶達……。


 じゃあ、俺も行くか。

 ……って、猫の俺のことなんて、誰も気にしてないか。


「待たれいっ!」

突然、門内から大音声が響いた。


「ふ、副館主様……」

「おおっ、サイラス様がお見えだっ!」

「これで、あの小生意気な娘も……」

僧侶達は、門から出てくる白い胴衣の男を見て、口々に期待の声を上げる。


 白い胴衣の男は、まだ若そうだ。

 見た感じ、二十歳そこそこってところだろう。

 だが、落ち着いた物腰は、あふれ出る自信のようなものを漂わせ、今までアイラが叩きのめしてきた相手との格の違いを感じさせる。


「ふんっ……、観ていたんだろう? だったら、さっさと出て来いよ。もったいつけてないで……」

「アイラ殿と申されたか。そこもとの戦いぶりに、つい目を奪われまして……、出てくるのが遅れ申した」

「……、……」

「当方も多少なりとも武闘を齧っておりますので、是非ともお手合わせ願いたい」

「ふふっ……。ようやく大物登場ってところか」

「……、……」

「あたしは、ホロン村のアイラ。さっさと終わらせてジンと話をしなきゃならないから、本気で行くよ」

「承った……。私はサイラス……。武闘殿の副館主を務めております」

お互いに名乗り合うと、サイラスは深々と一礼をする。


 それを見たアイラは、額当てを外し、右手に巻き付ける。

 そして、珍しく一礼すると、また両腕をだらんと下し、再びステップを踏み始めた。


「いざっ!」

「……、……」

掛け声とともに、前屈の構えを見せるサイラス……。

 左腕を眼前に掲げ、軽く握った右拳をわき腹にピタッと付ける。


 対するアイラは、いつものように、静かにステップを踏み続ける。


 ああ……、これはサイラスが右の拳を突きいれるタイミングを狙ってるんだな。

 素人の俺にも分かる……。

 サイラスは、初撃にすべてを込めている。

 いわゆる、不退転の覚悟ってやつだ。


 だけど、アイラはそれを誘ってる感じがする。

 その態度はまるで、

「あんたとあたしには、大きな実力差がある……」

と、言っているようにさえ見える。


 つまり、アイラはサイラスの全力を受け止めた上で勝つつもりなんだろう。

 豪胆と言うか、何と言うか……。


 多分、勝負は一瞬で決まる。

 俺だけじゃなくて、多分、観ている奴は皆そう思ってるんじゃないか?


「……、……」

「……、……」

サイラスが、じりじりと間合いを詰める。

 アイラは依然として、同じ場所でステップを踏んだままだ。


 サイラスの右拳が、わずかに動く……。

 そして、前に踏み出した右足もピクピクと小刻みに動く……。


 フェイントか……?

 仕掛ける気、満々だな。


 だが、アイラは、それを静かに見つめたまま、ステップを踏み続ける。


 観ている者は、息を飲むこともせず、じっと二人を見つめていた。





「チチチチっ……」

静寂の中を、不意に、鳴き声とともに鳥が飛び立った。


「ハアっ!」

「サアっ!」

その一瞬に、二人の気合い声が交錯する。


 やはり、右拳の突きだっ!

 は、速いっ!


 サイラスの右拳がアイラの頭部を襲う。

 アイラはわずかに動き、それを迎撃する。


「グシャっ……」

何かが砕けたような音がした。


 アイラとサイラスは、お互いに殴り終わったような恰好で体制が交錯し、止まっている。

 どちらの拳が当たったのか、俺には分からない。


 相打ちか?

 それとも……。


「ぐっ……」

サイラスから呟きがもれる。

 それとともに、上体がゆっくりと崩れ落ちる。

 そして、「ドウっ……」と音を立て、サイラスは倒れた。


「さ、サイラス様っ!」

駆け寄る数人の僧侶……。

 アイラは軽くバックステップを踏んで、サイラスから離れる。


「さ、サイラス様が……」

「ま、まさか……」

「サイラス様は、風のオーブを持たないジン様とは、互角の実力なのに……」

僧侶達が、口々に悲痛な言葉を述べる。

 アイラは、それを冷えた目つきで聞いているだけだ。 


 あ、アイラの攻撃が当たったんだ……。

 これって、いわゆるカウンターってやつだろう?

 よく見ると、サイラスの下顎が、変な角度で曲がっている。


 これで終わりかな?

 あとはジンしかいないのだろうから……。


 俺はそう思ってアイラを見た。


 しかし、アイラは厳しい顔つきのまま、まだ緊張を張り巡らしている。

 まだ、戦いが続くとばかりに……。

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