第58話 女人禁制?
「これなるはロマーリア王国より参りました、武闘特使のアイラとその一行でございます。ジン様にお会いしたいのですが、お取次ぎをお願いいたします」
ヘレンが、丁重に門番に申し入れる。
「遠方よりのお越し、ご苦労に存ずる。しかしながら、今、ジン様へのお目通りはかなわぬ。数日待って、この武闘殿の外でお会いになるが良かろう」
頭を剃り上げ、黒い柔道着のような胴衣を着た門番は、口調こそ丁寧であるが、にべもない。
「当方は、火急の用があり参りました。突然参ってぶしつけなことは重々承知しておりますが、曲げてお目通りの方をお願いいたします」
「いや……。ジン様は、遠方よりの使者をもてなすことをいとわぬお方だ。どのような用件でも普段なら会っては下さる。しかし、今は行に入っている。行は武闘家にとって必要不可欠な鍛錬なのだ。だから、女人を通すわけにはいかんのだ」
「行はいつ頃明けるのでしょうか?」
「それは我等にはわからん。ジン様次第だからな」
門番はそう言うと、もう一人の門番とうなずき合う。
「困りましたわ……。どうしてもジン様にお会いしなければならないのです。このパルス自治領の浮沈に関わることなので……」
「我等にそのようなことを言われても、規則は曲げられん。武闘鍛錬の場であるこの武闘殿は女人禁制……。己の煩悩を断ち切ることこそ、鍛錬の第一義であるからな」
「つまり、私共が女だから取り次いではいただけないと言うことですか?」
「そうだ」
「パルス自治領の国教であるモル教は、男女平等の教えではありませんか? パルス自治領が誇る武闘殿が、その教えを曲げるのはいかがなものでございましょうか?」
「そう言われても、我等も門番としての役目がある。武闘殿の規則を曲げるような申し入れは拒否するしかないのだ」
ヘレンが何と言っても、門番は頑なであった。
まあ、この場合は門番を責めるのは筋違いだけどな。
彼等は職務と規則に忠実なだけだから……。
俺は、ジンが悪いと思うぞ。
だって、外交的に色々なことを抱えているときに、のんびり行なんてやっているんだからさ。
「アイラは武闘の特使として参っております。ロマーリア王国に於きまして、随一の武闘家でございます。女人ではありますが、鍛錬の場である武闘殿に入るに相応しいと思いますが、いかがでございましょうか?」
「ロマーリア王国随一の武闘家? 女人がか?」
丁重だった門番に代わり、もう一人の門番がさげすんだような目でアイラを見る。
「先日も、王宮にて親衛隊の道場で百人組手を行いまして……。すべて叩きのめしたほどの腕にございます」
「ふふふ……、この武闘殿のレベルは、他とは違うのだ。今までにも、諸国の腕自慢が武闘殿に挑んでは敗れてきた。それを女人の身で武闘の腕を誇るとは……」
「……、……」
「それほどの腕自慢なら、我等を倒して通るが良い。武闘殿では、武闘の強さこそ第一義。女人禁制の規則も、武闘殿最強のジン様が決めたことだからな」
ヘレンは、困ったような顔でアイラを見る。
しかし、アイラは馬鹿にされたのに、ニヤニヤしているではないか。
……って、アイラの奴。自分が戦うことでしか道が拓けないことを喜んでるな。
まったく、どうしてこう戦うことが好きなのかな?
「つまり、武闘殿は最強だから、道場破りは大歓迎……、ってことなんだな?」
「そういうことになるな。だが、道場破りに成功した者は、ジン様が館長になられて以来、今までに二人しかおらん。おまえはそれでも挑むつもりか?」
「そっか……、二人しかいないのか。じゃあ、あたしが三人目になっても文句はないってことだね」
「むう……、これほど言っても分からんとは。大人しくジン様の行が明けるのを待てば良いものを……。まあ、良い。痛い目を見ないと分からんようだからな」
門番の一人は、そう言いながら身構えた。
アイラはそれを見ても余裕の笑みを消してはいない。
なるほど、確かに構えだけ見ても、かなり強そうだ。
胴衣の下の肉体は、はち切れそうな筋肉で覆われているようだし、身長だって、アイラより頭二つ分近く高い。
門番でこんなに強そうなのだから、中の奴等はもっと強いのだろう。
アイラ……、本当にレベルが高そうだぞ。
「一人で良いのかい? あたしは二人まとめてでも構わないんだけど」
「ふんっ……。武闘殿では卑怯な行いも禁じられておる。二人で同時に一人を攻めるなど、言語道断だっ!」
「そうなんだ。じゃあ、一人ずつ倒させてもらうよ」
「四の五の言わず、通りたければかかってこいっ!」
門番は、身長ほどもある長い木の棒を、アイラに向かって突き付ける。
「じゃあ、そうさせてもらうよ。ヘレンもそれで良いな?」
「……、……」
渋々うなずくヘレンを満足そうに見ると、アイラは、いつものように両手をだらんと下げステップに入った。
「あたしは正拳突きで、あんたの顔を撃つ……」
「……、……」
「予告を違えるようなことはないから、しっかり防ぐんだぞ」
「何っ?」
アイラは、ステップを踏み始めると、すかさずこんなことを言い出した。
……って、予告して撃つってどういうことだよ。
ちょっと相手を舐めすぎじゃないか?
「では、行くよ……」
「……、……」
馬鹿にされて門番は怒ったのか、顔を赤くし、棒を持つ手に力がこもる。
今にも飛びかからんばかりだ。
しかし、アイラはそんなことにお構いなく、ゆっくり右手だけを顔の前に構えた。
「サアっ!」
気合い声とともに、アイラが正拳突きに入る。
さして速くもなく、見え見えの平凡な突きだ。
ただ、恐ろしく滑らかに動くアイラに、俺は一瞬目を奪われる。
「ガツっ……」
「……、……」
鈍い音とともに、アイラの正拳が門番の顔に突き刺さった。
門番は、声もなくゆっくり崩れ落ちる。
ど、どうして何もせずに正拳を喰らったんだ?
棒だって持っているのに、防ごうともしなかったじゃないか。
「ば、馬鹿な……。ガウスは門番の中では一番強いのだぞ。来月からは中での務めに替わると言うのに……」
丁寧な口調の方の門番が、驚嘆の声を上げる。
まるで、信じられないものでも見たかのように、目を見開いている。
「ガウスって言うのか、こいつ? 起きたら言っておいてよ。まだ、戦いの呼吸が分かってないってさ」
「戦いの呼吸だと?」
「そうだよ。あたしは、ガウスの呼吸を読んで踏み込んだんだ。だから、あんなにあからさまな正拳が当たっちまうんだ」
「……、……」
「まあ、後でジンにでも教えを請うんだな。戦いの呼吸って何ですか……、ってさ」
「……、……」
アイラはこともなげに、驚いている門番に向かって言った。
「さあ、ここを通って良いのかい? それとも、他の奴を呼んでくるのか? どちらでも良いけど、早くしてくれよ。こっちは、火急の用を抱えているんだからさ」
「ま、待て……。今、我等より強い同士を呼んでくる」
「そう……。じゃあ、待っててやるから、早く行って来い。ちゃんと、道場破りが来たって告げて来いよ」
「……、……」
慌てて門内に入っていく門番を、アイラは悠然と見送る。
そして、
「エイミア……。一応、このガウスって奴を手当てしてやってよ」
と、指さしながら言うのであった。
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