第57話 疾風のジンと風のオーブ
「楽しみだなあ……。一回、戦ってみたかったんだ」
「もう……、アイラったら。はしゃいじゃって」
「何しろ、疾風のジンだからな、相手は……」
「そうね。武闘家としてこれ以上有名な人はいないほどの有名人ではあるわね」
御者台に並んで座るアイラとヘレンは、いつになく饒舌だ。
特に、アイラは、疾風のジンとの戦いに思いを馳せているのか、ヘレンが言うように、さっきからはしゃいでいる。
「そうは言っても、まだ戦えると決まっているわけではないのよ」
「えっ? そうなのか。だって、武闘を目的とした外交特使なんだろう? あたしは……」
「アイラは戦いたいでしょうけど、疾風のジンは僧侶としても名高いお方だし、パルス自治領の実質統治者でもあるのよ。外交問題でもめているときに、一々、特使と戦っているほど暇かどうか……」
「そっか……、忙しいのか。だけど、少なくとも会って話はしなきゃいけないんだろう? だったら、ちょっと挑発してやれば……」
「ダメよ……。今回のパルス自治領行きは、それが目的ではないのだから」
「……、……」
ヘレンの言葉に、ちょっとガッカリしたような顔をするアイラ……。
だが、俺は知っているぞ。
アイラがちっとも疾風のジンとの戦いを諦めていないことを……。
「まあ、でも、流れで戦わなきゃいけない感じになったら、戦っても良いんだろう?」
「そうね……」
「じゃあ、武闘の得意な僧侶を片っ端から叩きのめして、疾風のジンが出て来ざるを得ないようにするまでだな」
「……、……」
「何しろ、あたしは武闘外交の特使なんだからさ」
「もう……」
ヘレンは呆れたような声を出しているが、どうせアイラが戦いたがっていることくらい織り込み済みなんだろう?
最近、分かってきたよ……。
ヘレンは何でもお見通しなんだってな。
「そうだ……、コロに言っておかないといけないな」
「……、……」
「疾風のジンと戦うときには、小手も緊縛呪もいらないよ。……と言うか、あたしの自力だけで戦いたいんだ」
「……、……」
「向こうが風のオーブの使い手だと言うことは知っているし、その戦いぶりも見たことがある。だから、強いことは分かっているんだ。だけど、レオンハルトの雷撃みたいに、避けられないって代物ではないんだよ……、ジンの疾風斬は」
「……、……」
「昔……、父さんがジンと戦ったことがあってさ。父さんは自力で互角に渡り合っていたからさ……。あたしも、自分の力を試してみたいんだよ」
「……、……」
「それに、一応、疾風斬への対策は練ってあるんだ。だから、任せてくれよ」
「ニャっ……」
まあ、武闘に関してはアイラに任せるよ。
素人の俺には考え付かないようなことを考えているんだろうからさ。
それにさ……。
俺もちょっと見てみたいかな、疾風のジンとの戦いを……。
今まで、アイラは色々な奴と戦ってきたけど、自分の実力が発揮できる相手とは戦ってきていない気がするからさ。
正直なところ、アリストスやベックじゃ、全然物足りなかったんだろう?
レオンハルトやバロールには苦戦していたけど、それはオーブの力に苦戦しただけだしな。
「そうだ……、ヘレン。そろそろゴードンが言ってくれてる養子の話を、真剣に考えたらどうだ?」
「……、……」
「ゴードンの奴、よっぽどヘレンが気に入ったんだろうな。パルス自治領へ赴く……、って言ったときに、悲しそうな顔をしていたぞ。あれ、きっと、ヘレンが旅に出るのが嫌だったんだと思うよ」
「……、……」
「あたしもエイミアも、良い話だと思っているしな」
「そうね……」
「何だよ、嫌なのか?」
「……、……」
ヘレンは、いつもこの話が出ると煮え切らない。
……と言うか、回答を先延ばしにしたり、話を変えようとするんだ。
「へ……、ヘレンは、ま……、迷っているのよね?」
「……、……」
「ご……、ゴードンさんの養子になったら、ほ……、ホロン村の人達に申し訳ないと思っているのではない?」
「それもあるけど……」
「で……、でも、ほ……、ホロン村の人達は、み……、皆さん喜んでくれるはずよ」
「……、……」
「み……、皆さん、ほ……、本当にヘレンが幸せになって欲しいと思っているわ」
「うん……」
エイミアが、優しくヘレンを諭す。
そうそう……。
ホロン村の人達は、そんなこと気にしちゃあいないよ。
レオンハルトとの結婚だって、絶対に祝福してくれるはずだしな。
なんてったって、エイミアとヘレンは村のアイドルだからな。
幸せになることに異存がある奴なんて、いやしないよ。
「村のことも、もちろんあるのだけれど……」
「……、……」
「それは、エイミアの言う通り、皆さん許してくれると思うわ」
「……、……」
「私は、ホロン村の皆さんに育ててもらったわ。仕立て屋さんの奥様にお乳をいただいたそうだし、定食屋のおばさんには子守をしてもらった……。エイミアのお父さんには勉強を教わったわ。占いを教えてくれたのは、アイラのお父さんだしね。私には、村の皆さんが親同然なの……」
「……、……」
「だから、一度、ちゃんと報告してから……、と言う気持ちはあるのよね」
「……、……」
「でも、私が迷っているのは、そういうことではないの」
「……、……」
「私自身のことなのよ……」
「ヘレン自身のこと?」
「ええ……、私、実は、占いを外してしまっているの……」
「えっ、いつだよ? そんなの全然気が付かなかったぞ」
「レオンハルトとのことで……」
「どういうことだよ?」
「……、……」
ヘレンが占いを外した?
私の占いは絶対外れないって、いつも言っていたほど絶対の自信を持っていたのに?
「私の占いでは、レオンハルトとの戦いの結末は、レオンハルトの死だったわ」
「おいおい……、何だよ、それっ?」
「アイラの打撃にレオンハルトが耐えられなくて……」
「……、……」
「でも、実際には、ブランが亡くなってしまったわ」
「……、……」
「バロールだってそうよ。私の占いでは、とっくに処刑されているはずなの……」
「……、……」
「ゴードン総長様は、私の洞察力を評価して下さってるわ」
「……、……」
「私の洞察力の源は、占い……。占いが外れるようでは、ゴードン総長様の評価を裏切ることになってしまうわ」
「……、……」
「そんな私が、養子に入っても良いと思う……?」
「……、……」
そうか……。
だから、レオンハルトと戦う前に憔悴しきっていたんだな。
ゴードンの申し出をためらっているのも、そういうことなのか。
「だけどさあ……、占いって、そんなにバンバン当たるものなのか? 外れたって仕方がないじゃないか」
「そうはいかないわ……。私の一言が、その人の人生を左右してしまう可能性があるのだから……」
「だけど、裁きのオーブじゃないんだぜ。間違えることだってあるよ」
「……、……」
「まあ、ヘレンは今までキッチリ当ててきたから、気になるのは分かるけど……」
「……、……」
そうだよ……。
アイラの言う通り。
気にすることはないよ、ヘレン……。
「は……、外した占いって、お……、オーブに関わることばかりだわ。お……、オーブのせいではないのかしら? う……、占いが外れたのは」
「そうね……、私もそうではないかと思っているの。オーブが運命を変えるような力を持っている可能性は高いわ」
「……、……」
「だから、今回のパルス自治領行きで、試してみたいのよ。疾風のジンと言う、オーブを使う人が絡んでいるから……」
オーブが運命を変える……、か。
まあ、俺自身がそうだしなあ……。
そういうこともあるかもしれないな。
だけど、エイミア……。
良いところを見てるね。
俺は気が付かなかったよ。
「ゴードン総長様には、パルス自治領から帰ったら、なんらかの返答をするわ。だから、今は目の前の問題を解決しましょう。なるようにしかならないわ」
「そうだな……。決めるのは、結局、ヘレン自身だしな」
「ええ……」
「……、……」
アイラは、そう言うとヘレンの肩をポンポンと叩いた。
うん……。
今は、やれることをやろう。
疾風のジンを説き伏せて、エイミアのお父さんが帰郷できるようにしなきゃね。
俺も出来ることは協力するからさ。
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