第54話 囚人の要求

「いやー、久々に良い汗をかいたよ」

アイラは夕食の食卓で、ご満悦の表情を見せる。

 何でも、親衛隊の道場で百人組み手をやり、相手をすべて叩きのめしたそうだ。


 百人組み手とは、一人に対して、次々に相手を変えて対戦することで、生半可な実力では挑戦することすら出来ないらしい。

 まあ、アイラから言わせれば、普段は武器を持った相手と戦っているのに、組み手は素手同士なので、このくらいは当然のことのようであるが……。


 ゴードンは、アイラの武勇伝を楽しそうに聞いている。

 ゴードンも相当武闘や剣技を使えるだけに、こういう話には興味があるのだろう。

 黙ってアイラの話を聞いているエイミアやヘレンとは対照的に、アイラとゴードンは熱っぽく語り続けるのだった。


「ところで……」

アイラの話が一区切りついたところで、ゴードンが突然口調をあらためた。


 これは、王宮で何かあったな……。

 鈍い俺でもピンと来るような緊張感を、ゴードンは漂わせている。


 ゴードンは今日一日、アリストスとバロールの尋問に費やしたはずだ。

 ……とすれば、この緊張感の元は、その類のことに違いない。


「アリストスなんだがな、なかなか口を割らんのだ」

「そうでございましょうね」

「裏切りのオーブのことどころか、牢に入ってから一言も発せないのだ」

「……、……」

「まあ、本格的に拷問にかけるのはこれからだが、なかなか一筋縄ではいかなそうでな……」

「……、……」

ゴードンが漏らす言葉に、ヘレンが応じる。


「ゴードン総長様……、私もそう思います。アリストスは親衛隊の隊長を務めていた男……。拷問にもある程度覚悟して臨んでいるでしょうから、容易に口は割らないでしょう」

「取っ掛かりさえあれば、デニス王直々に取り調べていただいて、裁きのオーブの判断を請うのだが……」

「その取っ掛かりがなかなか掴めないと言うことなのですね?」

「うむ……。アリストスもその辺の事情を知っておるからな。だから一言も発せないのだろう」

なるほど……。

 裁きのオーブはそう言うことも出来るのか。

 つまり、嘘発見器みたいなものかな?

 態度や反応で、尋ねた事柄の真相を探ろうと言うことなのだろう。


「でしたら、取っ掛かりをバロールに求めたらいかがでございましょうか?」

「うむ……。やはりヘレンもそう思うか?」

「はい……。アリストスもバロールに接触していた一人でございましょうから、きっと何か手掛かりがあるように思います」

「わしもそう思ってな……。アリストスの尋問の方は部下に任せて、バロールの尋問に当ってみたのだ」

「……、……」

「すると、バロールが妙なことを言い出してな……」

「妙なこと……、ですか?」

「お主達と余人を交えず話させてくれと……。その望みがかなうなら、バロールに接触していた他国のことを話しても良いと言うのだ」

「……、……」

「そこで、お主達に、バロールに会ってもらいたいのだが、どうだろう? 引き受けてもらえんかな?」

「私共で協力出来ることでしたら、何でもいたします。それに、バロールには、一度、内密に牢内で会っておりますので……」

「引き受けてくれるか……。では、早速、明日にでも頼みたいのだが……」

「以前は看守と一緒に会いましたので、バロールとしても突っ込んだ話がしにくかったのかもしれません。バロールは、王宮も信用していなかったみたいですから……」

「そうかもしれんな。では、明朝、三人ともわしと一緒に同行してもらおう」

そこまで話をすると、ゴードンは緊張していた表情を緩めた。

 そして、夕食が終わるまで、もう尋問の件には触れることはなかった。


 仕事の話をするときとそうでないときには、自然と気持ちの使い分けが出来るんだな……、ゴードンって。

 こういうところを見ると、やっぱ、有能な官僚なんだろうと思うよ。


 だけど、夕食を奥さんと一緒に採らなくて良いのかい?

 それとも、この話がしたかったから、俺達と夕食を採ったのかな?


 そうだ……。

 奥さんで思い出した。


 ゴードン、奥さんに礼を言っておいてよ。

 今日のハム、特別美味しかったんだ。

 何か、ホロン村の、定食屋のおばさんがくれるのみたいに美味しかったんだよ。

 猫の俺にまで気を遣ってくれて、ありがとう……。





 相変わらず、じめじめと湿気が多いな、地下牢は……。

 外は、朝の陽光が照っていると言うのに、ここは以前と変わらず薄暗い。

 まばらに点いたランプの灯りしかない回廊を、俺達は進む……。


「ここね……」

階段を下りた突き当たりでヘレンはそう言うと、看守から受け取っておいた鍵を、重厚な扉に差し入れる。


 扉の向こうには、更に薄暗い空間が拡がっている。

 ろうそくの炎が一本、辺りを照らしているだけだ。


 バロールは、以前と変わらず手足を鎖で繋がれていた。

 髭が頬と口周りを覆い、剃り上げてあった頭部に若干の頭髪が認められる以外は、取り立てて変わった様子はないようだ。


「来たか……」

「……、……」

「こんなに早く俺の要求が通るところをみると、おまえ達は王宮にいたのだな?」

「……、……」

アイラが扉を閉めると、バロールは俺達をじっくり見回してから、話し始めた。

 誰とも話をしていないせいかもしれないが、心なしかバロールの声がかすれているように感じる。


「何かあったんだろう? 昨日、初めて尋問されたよ」

「……、……」

「王宮の奴等も知りたいことがあるようだが、俺も知りたいことがあるんでおまえ達を呼んだんだ。そっちの要求に応える前に、まずは、俺の問いに答えてもらう。それで良いな?」

「ええ……、バロール様」

バロールは、ヘレンの返答に満足したのか、深くうなずく。

 ヘレンは、以前と同様に、バロールに「様」を付けて呼んでいる。


「まず……」

そう言いながら、バロールはまた俺達を見回した。


「暗黒オーブがどうなったか、それを聞きたい。ここに持ってきているんだろう? 気配を感じるんだ」

「はい……。暗黒オーブも持ってきております」

「……と言うことは、おまえ達の中の誰かが使い手と言うことだな?」

「……、……」

「王宮が使い手でもない奴にオーブを持たせるわけがない。そうなんだろう?」

「はい……」

「エイミアだろう? 使い手は……。緊縛呪がまったく効かなかったのだから、それしか考えられん」

「いえ……、それは違います。エイミアではございません」

「何っ? そんなバカな……」

「……、……」

「では誰だ? アイラか……。それとも、ヘレン、おまえか?」

「……、……」

「何故、黙っている? まさか、極秘だから教えられんとは言わないよな? それに、今、俺の知りたいことに答えると言ったのを忘れたのか?」

「……、……」

「心配するな……。俺が監獄から出るときは、死ぬときだ。ここで何を話しても、外には絶対に漏れない」

「そう言うことではないのです……」

「んっ?」

「エイミアでも、アイラでも、私でもございません……。暗黒オーブの使い手は……」

「どういうことだ? 今、おまえ達の中に使い手がいると言ったばかりだろうが……」

「……、……」

訝しげな表情で俺達を見つめるバロール……。


「バロール様……。驚かないで聞いて下さいますでしょうか?」

「何だ?」

「暗黒オーブの使い手は、このコロでございます」

「コロ……?」

「はい……。エイミアが抱いている、猫でございます」

「なっ、何んだと……?」

バロールは、焦点の定まらないような目つきで俺を見る。

 そして、そのまま絶句し、緊縛呪を喰らったかのように固まってしまった。

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