第53話 日だまりの中で

「ふぁ~っ……」

思わずあくびが出る。

 ぽかぽかと照るお日様は、俺を浅い眠りに誘う。


 ゴードンの屋敷は広い。

 広くて、どこもかしこも石で造られているので、猫の俺としては、身の置き場がない。

 こう、何というか、俺の居場所と言うものがないのだ。


 随分、屋敷をウロウロしてみたんだ。

 だけど、階段の隅も、玄関脇の広場も、どうもしっくりこない。

 だから、薬屋のカウンターで寝るような俺の安息の場所は、まだ見つかっていない。


 そんな俺の姿を見て、エイミアは寝室の窓際にバスケットを置いてくれた。

 とりあえず、この陽光が入ってくる窓際が、俺の居場所となっている。


 それにしても、眠い。

 つい一昨日まで、緊張の中で裏切りのオーブと戦っていたのが、嘘のように……。





 結局、デニス国王から褒美の満額回答をもらったのは、アイラだけであった。

 武闘交流のため……、と言う名目で、外交官扱いしてもらえることになったのだ。

 これは、ルメールの発案で、ただちに通行証の発行の手続きをしてもらえるのだそうだ。


 ……って言うか、ルメールの奴、何だかアイラだけ特別扱いしてないか?

 祖父さんが友人だったからのような気がしてならないよ。


 アイラは喜んでいたなあ……。

 通行証が発行されれば、すぐにでも旅に出てしまいそうなほど、アイラはご機嫌だった。

 ずっと、お父さんのことが気になっていたんだろうから、気持ちは分かるような気がするよ。


 だからと言うわけではないけど、今、アイラは、親衛隊の道場で隊員達に武闘の稽古をつけている。

 元々、それが生業だから、武闘に関して、アイラには何の心配もいらない。





 ヘレンの要求した褒美(?)は、

「鋭意努力する……」

と言う、デニス国王の言葉を引き出すに留まった。


 まあ、これは致し方ないよね。

 今すぐに戦争を止められるわけもないのだから……。


 この褒美とは言えないような要求以外に、ヘレンは、ゴードンから養子になって欲しいと、皆の前で持ちかけられたんだ。

 デニス国王も、ルメールも、レオンハルトも、皆、

「それは良い!」

と、ゴードンの提案を支持していた。

 特にレオンハルトは、是非にもと言っていたよ。


 だけど、

「少し考えさせていただけますでしょうか……」

と、ヘレンは即答を避けたんだ。


 何故だ、ヘレン?

 良い話じゃないか。

 だって、レオンハルトのことが好きなんだろう?

 ゴードンだって、ヘレンみたいな賢い娘は歓迎だろうし……。


 もしかして、占いで何か悪い卦でも出ているのかい?


 誰しもが不可解に思ったけど、ヘレンは、

「考えさせていただけますでしょうか……」

と繰り返すだけであった。


 今、目の前で瞑想しているけど、相変わらずヘレンだけは何を考えているのか分からないなあ……。

 ねえ、ちょっとだけで良いから教えてくれないか?





 エイミアだけは、何の要求も通らなかった。

 お父さんの帰郷も、ホロン村に帰ることも、今は出来ないと言われて……。


 デニス国王は言いにくそうにしていたけど、何か、エイミアのお父さんにしか処方出来ない薬があるそうなんだ。

 その薬が、今、戦争で重要な要素になっているらしい。


 ……って、王宮にだって、薬師はいっぱいいるんだろう?

 その薬じゃなくったって、何とかならないのかな?


 でも、エイミアはそれを知っていたみたいで、デニス国王から言われても、

「そ……、そうだと思っておりました」

と、答えていたっけ。

 当の本人が引き下がるって言うんだから、俺がそれ以上のことは言えないけど、何だかエイミアが可哀想で仕方がなかったよ。


 ホロン村に帰りたいと言う、超素朴な要求も、通らなかった。

 これには、ゴードンが難色を示したんだ。

「エイミア……。その方がホロン村に帰ると言うことは、コロと離ればなれになってしまうと言うことだぞ……」

と、言って……。


 ゴードンの言い分はこうであった。


 暗黒オーブは、確かに凄い力でロマーリア王国にも有益なんだそうだ。

 だが、それは王宮内にオーブと使い手がいる場合であって、そうでなくては各々がリスクになってしまうのだと……。

 つまり、俺と暗黒オーブは、どうしても王宮内に留まらないといけないらしい。


「コロと離ればなれになるのは、エイミアの望むところではあるまい」

そう、ゴードンに諭されて、エイミアは下を向いてしまったよ。


 ……って、一番素朴な願いを言っただけのエイミアが、一番、何の要求も通らないなんて、理不尽じゃないか?


 もちろん、俺だってゴードンの言いたいことは分かるよ。

 だけど、エイミアの気持ちはどうなるんだよ。


 ゴードンは、

「すまんな……」

と、エイミアに謝っていた。


 デニス国王は、

「とりあえず、エイミアが不在の間、ホロン村に替わりの薬師を派遣してやってくれ」

と、ルメールに最低限の指示は出していたけど……。


 デニス国王も、ゴードンも、エイミアの悲しそうな顔を見て、どう思ったんだろう?


 エイミア……。

 どうしてもホロン村に帰りたかったら、俺達だけで、こっそり帰っちゃおうか?


 そのエイミアは今、ゴードンの奥さんに編み物を教わっている。

 ゴードンの奥さんは、とにかくエイミアを気に入っているんだよなあ……。

 ゴードンがエイミアをホロン村に帰したくないのは、もしかして、本当は俺と暗黒オーブのせいじゃなくて、奥さんが悲しむ顔を見たくないからじゃないのか?





「コロ……。その方は、何か望みはないのか?」

そう言って、俺を労ってくれたのは、デニス国王だけだったよ。


「王陛下……、猫に言っても分かりますまい」

「何を言う、ルメール。コロは暗黒オーブの使い手なのだぞ。ちゃんと人の言うことを理解しておる」

「で、ですが……」

「その方は知らんからそんなことが言えるのだ。コロはヘレンから指示があれば即座に緊縛呪を撃つらしいぞ。それに、状況に合わせて、魔術を封じる小手をアイラに与えるらしい」

「……、……」

「喋ることが出来んからな……。望みが何か、わしにはしかとは分からんが、もし、望みがあるのなら、示してみよ」

「……、……」

ルメールは、どうしても俺が暗黒オーブを使うと言うことを信じられないようだ。

 初めてそれを知らされた時には、何度も、

「こ、このただの猫が、暗黒オーブを?」

と繰り返していたっけ……。


 まあ、信じられないのも無理はないけどな。

 なんせ、俺にも何故暗黒オーブが使えるのか分からないんだからさ。


 俺、デニス国王に望みを言えっていわれて、正直、困ったよ。

 だって、俺は猫でいるだけで十分なんだからさ。

 強いて言えば、人間の身体には戻りたくないし、俺が人だった世界には二度と戻りたくないけど、それはデニス国王にどうこうできることじゃないしな。

 このままずっと、猫のままいられるかもしれないし……。


 あっ……。

 一つだけある、俺の望みが……。

 デニス国王がかなえられる望みがね。


 エイミアとずっと一緒にいさせて欲しい……。

 それだけだよ。


「ニャア……」

デニス国王に、俺はそう答えたんだ。

 抱き上げてくれているエイミアに、俺の方から頬ずりしながらさ……。


 それでデニス国王に通じたのかどうかは分からないけど、

「うむ……」

と、デニス国王はうなずいていたっけ……。





 ああ……。

 何だか本当に眠くなってきちゃったよ。


 今日はもう何も起らないだろうから、夕食までこのまま寝ちゃおうかな……?

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