第55話 母の意志

「ふふふ……」

「……、……」

「暗黒オーブを見せてくれ……」

「……、……」

「俺が見れば、本当にその猫が使い手か分かるからな」

「……、……」

バロールは絞り出すように言った。

 どうしても、俺が暗黒オーブの使い手であることを納得出来ないらしい。


 エイミアが首輪に付いた布袋を開けると、薄暗い監獄の中に、鮮やかに光る暗黒オーブが姿を現す。

 今日はいつにも増して光り輝いているように感じるが、それは、単に薄暗い中で見ているからであろうか。


「……、……」

「納得がいきましたでしょうか?」

「ニックは何と言っていた? 会ったんだろう、奴と」

「類い希な使い手だと……。オーブが光り輝く現象は、千年に一度あるかないかだそうです」

「……、……」

「私が看るところによると、コロの中にはどういうわけか人の魂が入っているようです」

「……、……」

「緊縛呪もすでに発動させておりますし、私達の指示に従って魔術を発動する理解力も備わっています」

「……、……」

「さらに、アイラに相手の魔術を封じる小手を装着させることも出来ています」

「小手……?」

「はい……。暗黒の小手とでも言いましょうか。漆黒の闇が小手のように手に装着され、他のオーブの魔術を吸い取るのでございます。雷のオーブも、裏切りのオーブも、暗黒の小手の前にまったくその魔術の威力を発揮することが出来ませんでした」

「雷のオーブ? 雷光レオンハルトと戦ったのか?」

「はい……。レオンハルト将軍は裏切りのオーブに操られており、私共と戦うことになりました」

「その裏切りのオーブってのは、誰が使っていたんだ? 人を操ることが出来るオーブってことなのか?」

「親衛隊長のアリストスでございます。彼は、今、バロール様同様に捕らえられ、拷問を受けております。雷光レオンハルト将軍と、ルメール宰相を操った罪により……」

ヘレンは、バロールに問われるままに答えた。

 バロールはそれを噛みしめるように聞いている。


「俺にとって、暗黒オーブは母なのだ」

「……、……」

「俺がいくら悪党となり果てようと、暗黒オーブはいつも優しく接してくれた」

「……、……」

「俺は今、母をそいつに取られたような気分になっている」

「……、……」

「賢い弟が、愚かな兄から母を奪ったような……」

「……、……」

「そうか……。コロは俺の知らない暗黒オーブの力を引き出しているのか」

「……、……」

「嫉妬も感じるがな……。だが、暗黒オーブにとっては、俺の下にあるより良いのだろう。コロ……、暗黒オーブを頼むぞ」

「……、……」

バロール……。


 別に、俺は賢い弟なんかじゃない。

 ただ、暗黒オーブに頼り切っているだけにすぎないよ。


 だけど、俺は暗黒オーブを決して放したりはしない。

 そんなことになったら、俺はまた、もとの人間になっちまうかもしれないからさ。

 それだけは嫌なんだ。

 あの世界には、エイミアも、アイラも、ヘレンもいない。

 俺に力を貸してくれる暗黒オーブもない。

 待っているのは、俺のことを利用するか、疎んじるか、裏切る奴ばかり……。


 だから、心配ないよ。

 俺は、この猫の身体とともに、暗黒オーブと一緒にいるからさ。





 バロールは、俺を見つめたまま、物思いに耽っているようだった。

 そして、しばしの沈黙の後、

「ヘレン……。猫がオーブの使い手だと分かって、世間の反応はどうだ?」

と、ぽつりと呟いた。


「コロが暗黒オーブの使い手であることは、私達の他には、デニス国王陛下、ルメール宰相、ゴードン警備総長、レオンハルト将軍、ニック様とロベルト、あなた様の部下であったブランとダーツ三兄弟しか知ってはおりません。コロの緊縛呪を受けた警備隊一個中隊と、親衛隊一番隊の皆様には、私が暗黒オーブを操っているように偽装しております。さらに、その方々には箝口令が敷かれております」

「一個中隊……? 百人以上に緊縛呪を喰らわせたのか、コロは……?」

「はい……。数秒で一個中隊すべてを戦闘不能にいたしました」

「ふふふ……、凄いな。やはり、俺なんかもう足元にも及ばんか」

「……、……」

「王宮の奴等は、コロと暗黒オーブを手放そうとしないだろうな、そんなに凄いのなら。そうか、それで俺から他国の情報を聞き出したいのか。暗黒オーブに群がろうとしていた国が分かれば、どの国がロマーリア王国と敵対しようとしていたか分かるからな」

「それもあります。もう一つ大きな要素として、裏切りのオーブが送り込まれた経緯がございます」

「……、……」

「アリストスが漏らしたのですが、裏切りのオーブをアリストスに渡したのは、他国の人間だと……」

「なるほど……。俺の想像より、もっとずっと深く他国の手が王宮内に伸びていたのだな」

「はい……。ですので、その全容解明のために、バロール様が知っていることを教えていただきたいのです」

「……、……」

バロールは、視線をヘレンから外し、何かを思い出すような素振りを見せる。


「ブランはどうした? 俺に聞かなくても、奴ならその辺のことは詳しいだろうが……」

「……、……」

「奴は、王宮に繋がっていたんじゃないのか? 妙に義理堅い奴なんで、俺はそれを知っていて遣っていたんだが……」

「ブランは亡くなりました。私とエイミアを雷撃から庇って……。ですので、他国の手掛かりは、もうバロール様しか残っていないのです」

「そうか……」

「……、……」

バロールはまた押し黙った。

 そして、またヘレンから視線を外すと、そっと目を閉じた。





「ヘレン……、確かにおまえはすべて包み隠さず話しているようだな」

「……、……」

「俺にとって、他国の情報は生命線だ。教えたが最後、すぐに処刑されるだろう」

「……、……」

「それなのに、何故、おまえはブランが死んだことや裏切りのオーブのことを俺に話す? ことの重要性を俺が知れば、保身のために口をつぐむことを考えなかったのか?」

「……、……」

「おまえがそんなに愚かだとは思わん……、俺は」

「……、……」

「何故だ?」

「……、……」

バロールは、目を閉じたまま、ヘレンに問いかける。

 その表情は、何かを悟ったかのように穏やかだ。


「お答えいたします」

「……、……」

「このロマーリア王国を他国の手から護ることが、暗黒オーブの意志だからでございます」

「……、……」

「バロール様は、何度も他国や王宮から誘いが来ても、それに乗ろうとはしませんでした」

「……、……」

「どうして誘いを断ったか……。それは、暗黒オーブが引き留めたからだとブランは申しておりました」

「……、……」

「敬愛する母をすべて裏切る息子はいません。つまり、暗黒オーブの意志であるのなら、バロール様はきっと協力して下さると私は思ったのです」

「……、……」

「いかがでしょうか? 私の言っていることは、間違っているでしょうか?」

「……、……」

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