第44話 決戦直前

「言われたことはすべてやっておいたぞ……、ヘレン」

「ありがとうございます。ゴードン総長様」

ゴードンは軽くうなずくと、周囲を見渡した。


「しかし、本当にこれで良いのか? 必要なら、警備隊の一個大隊でも呼べるのだぞ」

「いえ……。裏切りのオーブがどんな魔術を放つか分かりませんので、大人数は危険にございます。もし、万一、警備隊の皆様が裏切りのオーブに操られたら、かえってこちらが危機に陥ります」

「そうか……。だが、わしの他にも誰か屈強の者を呼んだ方が良かったのではないか?」

「いえ……。それだと情報が漏れ、アリストスが警戒する恐れがあります。アリストスは親衛隊の隊長ですので、警戒すると先に手を打たないとも限りません。ただ、もし親衛隊一番隊が丸ごと来ても、こちらには対抗する手段がございますので、ご心配にはおよびませんが……」

ヘレンは、ゴードンがいくら心配しても、ピシピシと話を進める。


 昨夜、密かに王都に着いた俺達は、レオンハルトをゴードンに引き渡し、アリストスとの決戦に備えていた。

 ヘレンから、

「極力、関係のない人を巻き込まないようにしたいのです」

と、提案があり、ゴードンがその策に乗ってくれたのだった。


 今、真っ昼間なのに、警備庁の建物の中には誰もいない。

 そして、警備庁の周囲にも、俺達をのぞいては誰もいなかった。


 ゴードンが手配してくれたのだが、普段、わらわらと人が出入りする警備庁に誰もいないのは、俺には少し奇妙に感じた。





 ヘレンがゴードンに頼んだのは、三つのことだった。


 一つ目は、警備庁周辺の人払い……。

 二つ目は、デニス国王に頼んで、アリストス討伐の王命を出してもらうこと。

 そして、三つ目は、ゴードンがアリストスを警備庁に呼び出すことであった。


 昨日の今日ですべて完了するあたりは、さすがに警備総長の要職に就いているゴードンだ。

 特に、警備庁周辺の人払いは、ゴードンにしか出来ない。


 それでも、ゴードンが警備隊を配置したがったのは、警備隊ゆえの使命感のせいであった。

 国や王宮にいざ何かが起きたら、死をいとわぬ行動をするのが警備隊の心得らしい。

 ただ、敵はそう言う忠義心など簡単に覆す裏切りのオーブだ。

 言い方は悪いが、ヘレンは兵士達が足手まといになって欲しくないので、極力、戦いに参加する人員を減らしたのだった。


「アリストスは、本当に一人で来るであろうか?」

「ゴードン総長様は、そうお伝えになったのでしょう?」

「うむ……。だが、奴は用心深い。それに、親衛隊の中に何人操られている者がおるか分からんでな」

「……、……」

ゴードンはゴードンで、色々と考えているようであった。

 しかし、ヘレンはこの点について、かなり深い読みを持っているのだった。


 ヘレンが言うには、アリストスは、裏切りのオーブの使い手としてはそれほど能力が高くない……、のだそうだ。

 つまり、それほど多人数を同時に操ることは出来ないらしい。


 もし、俺のようにオーブが光るほどだったら、ルメール宰相以外にももっと要職の人物が操られているはずだからだと、ヘレンは説明した。

 特に、ゴードンが操られていないことは、アリストスの能力が高くないことの絶好の証明と言えた。

 何故なら、バロールや俺達を捕らえる意味で、一番使い勝手が良いのはゴードンだからだ。


 まあ、ヘレンに言われれば、

「なるほど……」

とは思うけど、正直、俺はそんなことはまったく分からなかったが……。


 だとすると、アリストスが親衛隊の中に操る者を置いている可能性は、皆無に近いとヘレンは結論を出していた。

 親衛隊は独特な組織で、デニス王と隊長以外の命令に従う義務がない。

 だから、裏切りのオーブで操らなくても、親衛隊にとってアリストスの命令は絶対なのだ。

「何十人も同時に操れればいるかもしれないけど、操れる人員が少ないとすれば、親衛隊を操ることに意味はないわ。私ならそんな無駄なことはしないもの……」

と、ヘレンは、心配するアイラに答えていた。


 今はゴードンに説明しなかったが、ヘレンは随所に深い読みを披露しており、そんなヘレンをゴードンは信頼しきっていた。

 それでも、バロール討伐に数度失敗している苦い経験からか、ゴードンは対裏切りのオーブへの心配を止めようとはしなかった。





「もう一度確認しておくぞ……。わしは、ヘレンとエイミア、コロを護ればいいのだな?」

「はい……。コロが魔術からは護ってくれますので、ゴードン総長様は、剣や武闘の攻撃に備えて下さい」

「うむ……。年老いたと言えども、アリストスの攻撃を数合防ぐことくらい、今のわしでも出来る。任せておけ」

「心強いですわ。よろしくお願いいたします」

「……、……」

「それと、戦いが始まりましたら、なるべくコロの側を離れないようにして下さい。コロが魔術を吸い取れる範囲はまだ良く分かっていませんので……」

「うむ……。レオンハルト将軍の雷撃をも吸い取ったそうだからな。コロ……、頼むぞ」

「大丈夫でございます。コロには、私からしっかり言って聞かせてますので……」

ゴードンは、エイミアに抱かれた俺の頭をなでる。

 ゴツゴツした手なんだけど、ゴードンの手って、なんか暖かいんだよな……。


「それにしても、コロがそんなに凄いとはなあ……。わしはまだ信じられん気がする」

「そうでございましょうね。実際に目にした者でなければ、ちょっと信じられませんので……」

「わしは、何度かレオンハルト将軍の雷撃を見ておるが、あれを吸い取って何でもないと言うのが解せん」

「うふふ……。レオンハルト将軍自身も、そう思ったようでございますよ」

「この尻尾がなあ……」

「……、……」

……って、おい、ゴードンっ!

 尻尾をそんなにさするなよ。

 ちょっと、くすぐったいだろう。


「ところで、アリストスが来るまでまだもう少し時間がある。それまで、庁舎で休んでいてはどうだな?」

「そうですね、ここに皆で立っていても仕方がありませんし……」

そう言って、ゴードンとヘレンが警備庁に向かおうとした。

 アイラは、もう、戦うモードに入っているのか、鋭い目つきで、アリストスが現れるであろう方を見ている。


「あ……、あの」

「何だ、エイミア?」

「わ……、私、じ……、実は……」

「うむ……」

「お……、奥様と一緒に、お……、お昼の用意をしてきたのです」

「昼? おおっ、確かにまだ、皆、昼飯を食べておらんな」

「そ……、それで、い……、今ここで、食べませんか?」

「ここで?」

エイミアは、恥ずかしそうにバックを開くと、シーツのような布のシートを取り出し、拡げた。


「え、エイミアっ! こんな警備庁のだだっ広い広場で昼食かよ?」

「ふふっ……、エイミアは見た目以上に剛胆だのう」

アイラとゴードンが、思わず吹き出して笑う。


「そっか……。それで見慣れない籠を持って来ていたんだな? あたしはてっきり薬類でも多めに持ってきていたのかと思ったけど、まさか昼とはなあ……」

「だ……、だって、お……、お腹が減って力が出ないといけないので」

「だけど、これじゃあピクニックみたいじゃないか」

「い……、いけなかった?」

「いや……、そうじゃないけど……。まあ、良いか」

「で……、では、み……、皆さんお座りになって下さい」

そう言うと、エイミアは率先して、地面に敷いた布のシートに腰を下ろした。

 ただ、さすがに、靴を脱ぎはしなかったが……。


 へへっ……。

 皆は気がついていなかっただろうけど、俺は知っていたよ。


 だって、さっきからハムとゆで卵、あとパンの匂いが、エイミアの抱えた籠からプンプンするんだもの。

 これは、きっとサンドイッチだな。


 ……って、エイミア、当然俺の分もあるよな?

 あ、水筒にちゃんとミルクも入れてあるじゃないか。

 俺用に、チーズまであるよっ!


 何かさ……。

 これから厳しい戦いが待っているんだろうけど、いける気がするよ。

 だって、皆、気持ちが一つになっているからさ。


 アリストスと裏切りのオーブ……。

 絶対に打ち負かしてやるから、覚悟しとけよっ!

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