第43話 暗黒の小手

「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

お、おいっ!

 暗黒オーブ……、まだ何かあるのか?


「どうだい、コロ……? この小手、似合っているかい?」

「……、……」

……って、アイラ、それどころじゃない。

 また、暗黒オーブが呪文を……。


「……、精霊の意志によりて、緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

緊縛の錠?

 何だ、緊縛呪か?


 俺の身体に震えが走る。

 いつものように、体内に闇が満たされる。


「んっ、コロ……、どうした?」

「ニャアっ……」

「し、尻尾からまた闇が漏れてるぞ! ……って、これ……」

「……、……」

尻尾から漏れ出した漆黒の闇は、立ち上って球となっていく。


「おいっ、ま、まさかっ? 緊縛呪じゃないか、それ……」

「……、……」

「何処かに、誰か潜んでるとでも言うのか?」

「……、……」

「おかしいな……、あたしにはそんな気配を感じられないけど」

「……、……」

「……って、これ、あっ!」

「……、……」

緊縛呪の漆黒の球は、俺の指示なしで高速移動を始めた。

 そして、真っ直ぐに、逃げようとしたアイラの身体に直撃するかに見えた。


「おっ、おい……。小手が緊縛呪を吸い取ってるよ。す、すげえっ……」

「……、……」

漆黒の球は、アイラの身体に触れる直前に、突如、方向を変え、小手に直撃した。

 いや……、直撃と言うよりは、掃除機に吸い取られるように吸引されたと言う感じだ。

 漆黒の球は瞬く間に小手に吸い込まれると、何事もなかったように、辺りは静寂を取り戻した。


「緊縛呪を受けたはずなのに……」

アイラがぽつりと呟く。

 そして、試すように、ステップを踏み、右腕を振り回す。


「そうか……、コロ。そう言うことかっ!」

「ニャ……」

「今、緊縛呪で教えてくれたんだな? この小手がどういうものかを……」

「……、……」

「この小手さえあれば、魔術が防げるってことだろう?」

「……、……」

「昨日、コロが雷撃を吸い取ったみたいに……」

「……、……」

「おい……。おまえがやったことなのに、不思議そうな顔をするなよ」

「……、……」

だってさあ……。

 俺がやったわけじゃないし……。

 全部、暗黒オーブがやってくれただけだよ。


「でも、これがあれば、裏切りのオーブとも真っ向から戦えるな」

「……、……」

「あたしさあ……、思っていたんだ。雷撃は着弾点を予想して避けることが出来たけど、緊縛呪みたいに標的を追尾するような魔術を相手にしたら、コロを盾にするしかない……、って」

「……、……」

「だから、アリストスと戦うときは、コロを腹に括り付けて戦うしかないと思っていたんだ」

「……、……」

か、考えることは似てるな。


 だけど、腹って……。

 正面から来る、魔術以外の攻撃は受けないって、自信があるのか?


「そっか……。これで心おきなく戦えそうだよ。ありがとな……、コロ」

「……、……」

アイラは、そう言うと俺を抱き上げ、バスケットを拾った。


 うっ……。

 アイラの腕は硬いなあ……。

 こん棒で抱かれているみたいだ。

 抱かれ心地があまり良くない。

 やっぱり俺は、エイミアに抱いて欲しいような……。


 この小手……。

 感触はほとんどないなあ。

 あえて言えば、ふわふわの綿にでも触れているようだよ。

 艶々と、金属みたいに見えるのに……。


 アイラは、また、音もなく歩み始めた。

 広場に向かって……。


 沈み掛けた半月と、夜空に瞬く星達だけが、俺達をわずかに照らしていた。





「……、……」

馬車の幌をまくり、アイラは、俺とバスケットを荷台に置いた。


「こんな夜中に、馬車で何処へ行く気? アイラ」

「えっ?」

「コロを連れちゃって……。さては、二人で王都に向かおうとしたの?」

「へ、ヘレンっ! どうして……」

馬車の中には、いつからいたのか、正座をしたヘレンがいた。

 狼狽するアイラに、ピシリと決めつけるような語調で尋ねる。


「どうしてじゃないわよ。レオンハルトとの戦いで、私とエイミアが戦いには邪魔だと思ったのかもしれないけど、そんなのアイラの勝手な思いこみよ」

「い、いや……」

「別に、戦いのときだけ私とエイミアがいなければいいだけでしょう? ここに置いていかなくたって……。それに、王宮には他にいっぱい人がいるわ。私達以外にも足手まといはいるってことよ」

「ま、まあ……、そうだけど……」

「アイラが、昨日のブランみたいな犠牲を出したくないのは分かるわ。でもね……、ここで何の役にも立たなかったら、私達だって、ブランに顔向けできないわよ」

「……、……」

「アイラみたいに武闘の達人でもないし、コロのように魔術が使えるわけではないけど、私だって、ゴードン総長様と折衝をしたり、やることが沢山あるわ。アリストスと戦う状況だって調えなきゃいけないし……。そもそも、裏切りのオーブに操られた人が分かるのは、私だけよ」

「……、……」

「もし、コロが緊縛呪を兵士達に向かって撃ったらどうするの? アリストスが王宮の兵士達を操っていないとは限らないわよ。エイミアがいなかったら、あなただけで後処理が出来る?」

「……、……」

「あのね……、アイラ。実際に戦っているのはアイラとコロだけだけど、私もエイミアも、もう気持ちは一緒に戦っているのよ。こんなことを言ったらおかしい?」

「いや……」

ヘレンは、小声だけど、厳しい口調でアイラを質した。


 そうだよな……。

 ヘレンはレオンハルトのこともあるし、責任を感じているんだろうな。


 アイラが昨日、素早くかわすレオンハルトを捉えきれなかったのも、レオンハルトがヘレンの想い人だからだろうし……。

 本気でアイラが打撃を当てたら、レオンハルトの華奢な身体では致命傷になってしまうから……。

 ヘレン自身が迷惑をかけたと思ってるんだな。

 だからこそ、一緒に行くと言っているんだ。


「ヘレン……、ごめんよ。分かった、明日の朝、ちゃんと三人で行こう」

「そうね……。レオンハルトの面倒は私が看るわ。当分、あの調子だろうけど」

「ああ……、頼む。それと、一つ、報告したいことがあるんだ」

「報告……?」

「これ、見てくれよ……」

「……、……」

アイラが、ヘレンに左手を突き出す。


「この小手、コロが魔術で付けてくれたんだ。さっき、コロが緊縛呪で試してくれたんだけど、どうも、魔術を吸い取る小手らしい」

「魔術を吸い取る……?」

「ああ……。あたしもビックリしたよ、緊縛呪の球を全部吸い取っちゃうんだからさ」

「……、……」

「これ、きっと、アリストスとの戦いにも役に立つぜ。もしかすると、暗黒オーブが昨日の戦いを見て、授けてくれたのかもしれない」

「そう……。コロが雷撃を吸い取っていたわね。暗黒オーブ自体に魔術を吸い取る効果があるのかもしれないわ。それを他の人が身につけられるとしたら、これはかなり戦いが有利に運びそうね」

「やっぱりヘレンもそう思うか?」

「ええ……。でも、それなら尚更、私は行かなきゃいけない。戦いにも参加するわ」

「えっ? いや、それは……」

「私達はコロの後ろにいればいいわ。一緒にゴードン総長様がいれば、魔術以外の攻撃からも護ってもらえるでしょうし……」

「だけど、危険なところにわざわざ行かなくても……。戦いはあたしとコロだけで十分だよ」

「いえ……。コロはまだ戦いが分かっていないわ。ちょっときつい言い方だけど、昨日だって、もっと早く緊縛呪は撃てたもの……。そうすれば戦局は違ったものになったわ」

ヘレンは、チラッと俺を見る。


 ヘレン……。

 そうなんだよ。

 俺もそれは分かってる。

 だけど、俺、アイラみたいに戦いの達人じゃないんだよ。

 初心者で、いざとなると何をやって良いか分からないんだ。


「ヘレン、そう言うなよ。コロだって、一生懸命やってくれているはずさ。昨日だってあたしだけじゃどうにもならなかったんだからさ」

「ううん……。私は責めているわけではないの、コロを……」

「だ、だけど……」

「聞いて……。私がコロに指示を出すわ。私は、戦いでは何も出来ないけど、冷静に大局を見定める目を持っているから」

ヘレンはそう言うと、俺とアイラにニッコリと笑いかけた。

 その笑いは、俺にとって有り難く、そして、ヘレンにとっては決意の笑みのように感じられた。

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