第45話 先制攻撃

「あれだな……」

アイラが緊張した面持ちで呟く。


 広場の遥か向こうから、一騎の騎士らしきものがこちらに向かってくる。


 それにしても、よくあんな遠くが見えるな……、アイラ。

 おまえの視力って、どれだけ凄いんだ?


「コロ……、アイラに小手を……」

ヘレンが落ち着いた口調で言う。


 OK、任せておけっ!

 暗黒オーブ、頼む……、小手だ。


「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

待っていたかのように、俺の頭の中に暗黒オーブの声が響く。


 そっか……、暗黒オーブもやる気十分みたいだな。


 小手は、俺とアイラで何回か試し、数時間で自然に消えてしまうことが確認されている。

 だから、直前まで装着をひかえていたんだ。


「……、精霊の意志によりて、魔を求め喰らう小手を召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

闇が胃から逆流するように立ち上ってくる。


 これ、凄く有効そうな小手なんだけど、これだけがちょっとなあ……。

 健康診断のときのバリウムみたいなのが、胃から逆流してくるんだよ。

 実体がない闇のせいか「おえっ……」とはならないけど、それでもあまり気持ちの良いものではないな……。

 ……って、まあ、贅沢は言えないけどさ。


「ニャっ……」

俺は、闇を吐き出す。

 吐き出された闇は、一瞬、辺りに散り、そして、アイラの左腕をめがけて集まっていく……。

 集まった闇は、やがて艶々とした光沢を見せ、小手の装着が完了した。


「む、むう……」

ゴードンが唸る。

 そう言えば、ゴードンは初めて暗黒オーブの魔術を見るんだったな。

 どうだい、なかなかのもんだろう?


「増えたな……」

「そうね……」

アイラは誰にともなく呟き、ヘレンがそれに応じる。


 アリストスと思しき一騎の左右から、騎馬隊が合流してくる。

 親衛隊か。

 やはり、一人では来なかったか……。


 だいぶ近くまで来て、ようやく俺は先頭の一騎がプラチナブロンドの毛をたなびかせているのが分かる。

 うん……、間違いない、アリストスだ。


「結構いるな……」

「大丈夫でございます……、ゴードン総長様。親衛隊の一番隊は一個中隊ですので、コロなら十分に対応できます」

「そうは言っても、警備隊と親衛隊では、個々の強さが違うのでな。警備隊の責任者がこんなことを言っては何だが、彼等は武闘と剣技のエリートだ。将来、武官の幹部を担う者ばかりなのだ」

「ええ……、存じております。でも、魔術の前では、普通の人はいくら強くても同じでございます。鍛え抜かれた戦士でも、雷撃を受ければ等しく致命傷を負うのと同じでございます」

ヘレンはそう言うと、少し眉をひそめた。

 俺の脳裏に、ブランの姿が去来する。

 きっと、ヘレンも同じ思いなのだろう。


 不安になったのか、エイミアが俺を抱き上げ、しきりと頬ずりをする。

 大丈夫だよ……、エイミア。

 皆が付いているからさ。


「ドドドドドドっ!」

地響きのような蹄の音が、たたずむ俺達を取り巻く。


 すげえな……。

 やっぱり、近くで見ると、騎馬隊ってのは迫力が違うな。

 同じ一個中隊でも、警備隊のそれとは威圧感が違うよ。


「止まれっ!」

甲高いアリストスの声が響き、一糸乱れぬ騎馬の一隊は、その進行を止めた。

 馬上からすっと下りるアリストス……。


 こいつが……。

 相変わらず貴公子然としたアリストスの姿からは、裏切りのオーブを扱うような卑怯者の影は微塵も見えない。

 しかし、こいつに間違いないのだ。


 裁きのオーブもそう言っていた。

 ブランもアリストスに情報を漏らしたと言っていた。

 正体を明かさず暗躍し、ルメール宰相を操っていたのは、こいつなのだ。


「やはり、いないみたいだわ……」

ヘレンが、アリストスを見つめながら低く呟く。

 皆がそれを聞いてかすかにうなずいた。


 そっか、やはりヘレンの読み通り、親衛隊に操られている者はいないのか。

 アリストスの奴も、まさかヘレンに操られている者がバレてるとは思うまい。

 見てみろよ……、あの余裕綽々の顔を。

 だけど、それも今だけだぞ。

 すぐに、そのヘラヘラしたイケメンの仮面を引っぺがしてやるからな。


 アリストスは、サッと手を上げ、親衛隊員の下馬を促した。

 迅速に下馬する隊員達……。

 それが完了したことをチラッと見て確認すると、笑みを絶やさない表情のまま、こちらに歩み寄った。





「ゴードン閣下……、火急のお召しとのことで参上いたしました」

「うむ……。だが、わしはその方一人で……、と申し伝えたはずだが?」

「ゴードン閣下自らのお召しとのことで、何か重大なことでも起りましたかと……。ですので、隊を率いて参りました。お邪魔でしたら、帰しますが……」

「……、……」

アリストスは、一応、もっともらしいことを言っている。


 だけど、そんなの嘘だよな?

 普通、一人で……、って指定が入れば、内密の要件に決まってるだろ。

 それをこんなに引き連れてきやがって……。


 どうせ、後ろめたいことがあるから万一に備えたんだろう?

 やっぱり、こいつは卑怯者ってことか。


「呼び出したのはな、この娘達がお主に用があると申してな……」

「おおっ、またお会い出来て光栄です。星、月、太陽を想起させる、三人の美しいお嬢様方……」

「……、……」

「このアリストスに用があると……? もしかして、求婚ではございませんか? しかし、私、アリストスはこの身一つ。三人のお嬢様に求められても、お一人としか……」

「……、……」

「ああっ……! この身が一つしかないことをお許し下さい、エイミア、アイラ、ヘレン……。私はどうして一人を選べましょうか?」

ゴードンは、呆れを通り越したのか、うさん臭いものでも見るような目で、アリストスを見つめている。


 それにしても、こいつ、前もそうだったけど、いつもこんな調子なのか?

 親衛隊の隊員達は、この間抜けな戯言を聞いても平然としてやがる。

 部下の前で……。

 まったく、考えられない奴だな……。


「ヘレン……」

ゴードンは、顔をしかめたまま、ヘレンに向かってうなずいて見せる。

 ヘレンも黙ったままうなずき、一歩前に出た。


「お呼びだていたしまして、もうしわけございません……、アリストス親衛隊隊長様」

「おおっ……、ヘレンっ! なんて他人行儀な……。そんな厳めしい肩書きを付けて私を呼ばないで下さい。そう……、アリストスと、何故、呼び捨てて下さらないのです?」

「私のような平民の娘を覚えておいていただけただけでも光栄でございます、アリストス親衛隊隊長様。その小娘が、どうして呼び捨てなど出来ましょうか?」

「つれないことを言わないで下さい。短かかったとは言え、私はあなた方と一緒に旅をした仲ではございませんか。このアリストス、ホロン村から王宮までの幸せな道のりを、終生忘れませんぞ……」

……って言うか、こいつっ!

 どうせそんなこと全然思ってないんだろう?


 おっ?

 ヘレンが後ろ手を握ったり開いたりしている。

 合図だ。

 頼むぞ、暗黒オーブ!


「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

昨日からヘレンに言われていたんだ。

 合図を出したら、すぐに緊縛呪を撃てって……。


 そうだよな、相手が油断している間に一発かますのは有効だよな。

 こういうところが、ヘレンって凄いな。

 あんなヘラヘラとした会話に付き合いながら、頭では冷静に状況を見極めてるんだから。

 俺だったら騎馬隊の迫力に飲まれて舞い上がっちゃうところだよ。


「……、精霊の意志によりて、緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

合図とともに、俺を抱いたエイミアがヘレンの真後ろに移動する。

 これもヘレンの指示通り……。


 ……って、これに何の意味があるのか分からないけど?


「ニャっ!」

気合いを入れて発声すると、俺は尻尾を強く振るった。

 それとともに、闇は尻尾の先から体外にあふれ出す。

 そして、漏れた闇は、煙状になって立ち上り、頭上で漆黒の球となった。


「へ、ヘレン? その頭の上の黒い球は? ま、まさか、緊縛呪かっ!」

「そうでございます……、アリストス親衛隊隊長様」

ヘレンは、平然と答える。

 それを聞き、アリストスは狼狽した表情を見せ、身構えた。


「行けっ!」

俺は心の中で叫んだ。


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