第41話 決着と別れ

「ぐっ……、くくっ……」

レオンハルトは、緊縛呪で自由の利かない腕を、弱々しく振り下ろす。


「ハアっ!」

「サアっ!」

二人の気合い声が交差する……。


 レオンハルトの拳から閃光が放たれる。

 その瞬間、アイラは、右斜め前に向かって、飛び込むように前転をした。


「ドゴーンっ!!!!!」

雷撃は、アイラの元いた位置に着弾した。

 アイラは前転の勢いのまま立ち上がると、雷撃の直撃した場所を振り向きもせず、真っ直ぐにレオンハルトに向かって疾走する。

 

 必死の想いで放った雷撃をかわされ、レオンハルトの表情がゆがむ。

 そして、迫り来るアイラの一撃に備えて、顔の前で腕を交差した。


「サアっ!」

気合い声とともに、身体を回転させたアイラが裏拳のモーションに入る。


「ドムっ!」

裏拳がレオンハルトの胸を捉える。

 鈍い音が響く。


「おっ……?」

レオンハルトが、顔の前で腕を交差したままの姿勢で止まる。

 その横を滑らかに通り過ぎ、レオンハルトの背後に回ったアイラが、首筋に手刀を見舞った。


「ううっ……」

うなり声を漏らし、レオンハルトが前のめりに崩れ落ちる。


「アイラっ! 腰に付いてる袋よっ!」

ヘレンが叫ぶ。

 アイラは、屈み込んでいるレオンハルトの腹部に手を突っ込むと、ベルトに付いている革の袋を握った。

 そして、ベルトもろとも、力まかせに引きちぎった。


 ピクリとも動かないレオンハルト……。

 その姿を油断なく見下ろすアイラ……。


「しばらく、そうしてろ……」

そう、呟くようにレオンハルトに語りかけると、きびすを返し、アイラは俺達に走り寄った。





「ブラン……」

アイラは、横たわり苦しそうに息をするブランを見下ろし、その頭部を抱いているエイミアに視線を送る。


「……、……」

しかし、エイミアは、無言で力なく首を振った。

 エイミアの目は充血しており、涙がとめどなく流れ出ている。


「あ……、アイラ。はあ……、はあ……」

「何だっ? ブランっ!」

「はあ……、やったのか? はあ……」

「ああ……。雷のオーブをぶん取ったから、もう大丈夫だ」

「はあ……、はあ……」

「……、……」

アイラの言葉が聞こえたのか、ブランはわずかに口角を上げた。


「え……、エイミア。はあ……、はあ……」

「だ……、ダメ。しゃ……、喋っては……」

「はあ……、はあ……。こ、コロはすげえな……。はあ……」

「お……、お願い。こ……、これ以上、喋らないでっ!」

「はあ……、はあ……」

「……、……」

ぶ、ブラン……。


 最初から雷撃が効かないと分かっていれば……。

 お、俺……。


「へ……、ヘレン。はあ……、はあ……」

「……、……」

「はあ……、はあ……。さっき、言いかけた……。はあ……、はあ……」

「言わなくていい。分かっているわ、アリストスね?」

「はあ……、はあ……」

「……、……」

ブランがかすかにうなずく。

 ヘレンの頬に、一筋の涙が伝う。


「あ……、あのとき。はあ……、はあ……」

「……、……」

「はあ……、はあ……。俺は、言っちまった。はあ……、はあ……」

「ぶ……、ブランさん」

「はあ……、はあ……。さ、三人の中に……。はあ……、はあ……」

「だ……、ダメ。も……、もう……」

「はあ……、はあ……。き、緊縛呪が……、はあ……、はあ……、効かないのがいると……」

「……、……」

「はあ……、はあ……。あ、アリストスは驚いていた。はあ……、はあ……」

「……、……」

「そ、それでバレちまったんだろう……。ぐっ……、ぐはあっ……」

「ブランさんっ!」

ブランが吐血する……。


 ただ、それを最後に、ブランの息は穏やかになっていった。

 そして、徐々に目から光が失われた。





 ブランにすがりついて嗚咽するエイミア……。

 アイラは、黙ってそれを見下ろしていた。

 ヘレンは、ブランの手を握って、微動だにしない。


 俺は、黙ってブランと三人を見守っていた。


 そう……。

 死ぬってこういうことなんだよな。

 ブランがどんなに凄い戦士であっても、より大きな力には抗えない。


 だけど……。

 ブランは最後まで自分の出来ることを全うした。

 エイミアとヘレンをどうしても護りたかったんだろう?

 俺も、気持ちは一緒だったんだ。


 ただ、俺は、ブランが身体を張らなきゃ、きっと何も出来なかった。

 無力な猫のまま、逃げまどっていたに違いない。


 あのとき、俺がもっと早く緊縛呪を撃っていれば……。

 無力だと思っていても、エイミア達の側にいて、護る意志を見せていれば……。


 俺は凄くなんかないよ……、ブラン。

 ただ暗黒オーブに頼っているだけの、弱虫さ。


 でもさ……。

 これだけは誓うよ。

 これからは、俺が戦いの前面に立つよ。

 それで、必ず、三人を護る。


 ごめん……。

 俺、こんなことしか約束出来なくて……。

 もっと景気よく、悪い奴を打ち砕くとか言いたいところなんだけど……。





「エイミア……。あいつを看てやってくれ」

どのくらいそうしていただろう?


 皆を見下ろしていたアイラが、エイミアの肩に手をやり、うずくまっているレオンハルトを指さした。


 あちこちに、雷撃の跡が焦げて残っている。

 えぐれた地面が、生々しく雷撃の威力を語る。


「……、……」

エイミアは顔を上げ、アイラに向かってうなずいた。

 その顔は、涙で濡れ尽くしている。


 アイラは、エイミアに代ってブランの頭を抱えると、そっとブランの目に手をあてた。

 ブランの光を失った目が、閉じられる。


「ヘレン……。村の人に、終わったって言ってきてくれ。きっと、皆、心配しているだろうから……」

「そうね……」

「それと、何処かで縄を借りて、レオンハルトを後ろ手に縛ってくれ」

「……、……」

「裏切りのオーブって、魂を覆っているんだろう? だとすると、正気に戻っているとは限らないからな……」

「分かったわ……」

ヘレンは、握っていたブランの右手と、体側に垂れた左手を、胸の前で組む。

 その組んだブランの手を、しっかり握りしめた後、

「あとはお願い……」

と、アイラに言い置いて走り去った。


 残されたアイラは、ブランの巨体を抱き上げる。

 ブランの顔が、甘えるように、アイラの胸に埋もれた。





「うっ? こ、これは……?」

「……、……」

薬屋のソファーに寝かされていたレオンハルトが、気がついた。


 エイミアが、気付けの薬を使ったのだ。

 心配そうに、レオンハルトをのぞき込むエイミア……。


「むっ? 縄で縛っているのかっ! そ、それに、オーブをどうしたっ! 僕の雷のオーブをっ!」

「あ……、あの。お……、オーブは、アイラが持っています」

「この縄を解けっ! 僕は、おまえらを殺さなきゃならないっ! 依頼を果たせずに、おめおめと帰れないんだよっ!」

「……、……」

レオンハルトは、物凄い剣幕でエイミアに食って掛かる。

 だが、その両手両足には縄が巻かれ、ソファーの上でもぞもぞとうごめくだけだ。


「ああ……、気がついたか。ほらっ、エイミア。やっぱりあたしの言った通りだっただろう? だから言ったんだよ。うるさいだろうから、猿ぐつわを噛ませておけって……」

「で……、でも……」

「良いんだよ。こいつはまだ正気に還ってはいない。だから、可哀想でも何でもないよ」

「……、……」

そう言うとアイラは、用意しておいた、布を丸めた簡易の猿ぐつわを、桶の中の水にひたした。


「なっ、何っ? 僕が正気じゃないだとっ? ふざけるなっ! 解けっ! 縄を解いて、もう一度僕と勝負しろっ!」

「うるせえよ……。おまえ、戦いに負けるってことの意味が分かってないみたいだな」

「ほざくなっ、平民ふぜいがっ! 僕は、雷光レオンハルト将軍だぞっ!」

「良いか? おまえは負けたんだ。そのまま命を落としても文句は言えないんだぞっ!」

「……、……」

「くそっ……。オーブさえなきゃ、こんな素人、どうとでもなったのに……」

アイラはそう言うと、レオンハルトの鼻を摘んだ。

 そして、苦しそうにもがくレオンハルトの口に、強引に猿ぐつわを突っ込み、首の後ろで縛り上げた。


 うーうーと唸りながら、恨みがましくアイラを見つめるレオンハルト……。

 アイラは、その姿を冷たく見下ろすのであった。

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