第40話 哀哭のアイラ

「ぐっ……、ぐっはぁっ……」

ブランの身体がくの字に折れ、吹っ飛ぶ。

 雷撃が腹に直撃し、衝撃が真っ直ぐにブランの身体を貫く。


「ぶ、ブラぁーーーーーーンっ!」

アイラが、レオンハルトの背後に駆け寄り、オーバースイングのパンチを振りかざした。

 しかし、レオンハルトはまたも体を入れ替え、嘲笑うかのように足の裏でアイラの背中を蹴る。


「サアっ!」

 アイラも、今度は予想していたのか、体制を崩さずに振り向くと、すかさず太ももへの下段蹴りを繰り出す。

 だが、その素早い蹴りを、レオンハルトは大きくバックステップし空振りさせた。





「ぶ……、ブランさんっ!」

エイミアとヘレンが、身体をくの字にしたまま座り込むように倒れているブランに駆け寄る。


 ブラン……。

 見ていたぞ……。

 雷撃が放たれる刹那、おまえがエイミアとヘレンを助けるために突き飛ばしたのを……。


 お前一人なら、避けられたかもしれないのに……。

 二人を庇って……。


 俺も、ブランのもとに駆け寄った。


「ぐっ……、はあ……、くくっ……。はあ……」

ブランが苦しそうに息をした。

 腹部の服が破れたところから、放射状に浮き出た異様な血管が見える。


「ぶ……、ブランさんっ! しっかりしてっ!」

「はあ……、はあ……」

エイミアはブランの上体を仰向けに寝かせると、頭部を両手で抱きしめた。


 ブランの右手が、何かを求めるかのように、弱々しく宙をさまよう。

 その手を、ヘレンが両手でしっかり握り、祈るように額をこすりつけた。





「ふふふっ……、ブランとか言ったな。なかなか健気じゃないか。自分の身を棄てて娘二人を助けるとはな」

「……、……」

「今のは、ヘレンを狙ったのにな。ヘレン……、君だろう? 暗黒オーブの使い手は。だけど、僕の雷撃の前には何も出来まい」

「……、……」

「次は外さないよ……」

「させるかっ!」

レオンハルトは、容赦なく右手を高く掲げた。

 アイラが飛び込むように肩から体を当てに行く。


「ふふっ……」

レオンハルトは右手を掲げたまま、アイラの攻撃をヒラリとかわす。

 そして、更にアイラから遠のくように飛び退くと、俺達の方を向いた。


「終わりだよ……、ヘレンっ!」

「逃げろっ!」

アイラが絶叫する。


「ハアっ!」

しかし、委細構わず、レオンハルトは右手を振り下ろした。


 一筋の閃光が、俺達に向かって走るっ!





「……、……」

「なっ、何ぃっ?」

レオンハルトの不思議そうな声が漏れる。


 確かに閃光が走った。

 しかし、直撃したときの衝撃音は、一切、聞こえなかった。


「こ……、コロ?」

「コロ……?」

エイミアとヘレンが、目を見開いて、俺を凝視する。


 間違いなく、俺達の方に雷撃は放たれたのだ。

 だが、閃光が見えただけで、雷撃は何処に行ったのか、かき消えていた。


「な、何故だっ? 僕の雷撃は、確かにヘレンを狙ったんだ。それなのに、雷撃が吸い込まれるように猫の方へ……」

「……、……」

何を言ってるんだ?

 レオンハルトの奴……。


 俺に雷撃が当ったわけがないじゃないか。

 俺は、何処にも支障なく、衝撃すらも感じてないんだぞ。


「ふっ……、ふははっ。何かの間違いだ。こんなに連続で雷撃を放つのも久しぶりだからな。雷のオーブも珍しくミスをしたんだろう」

「……、……」

「まあ、良い。何度でも撃つよ……」

「くっ……」

レオンハルトは、右手を高く掲げた。

 そして、アイラが突っ込んで来られないように予め大きく飛び退くと、俺達の方に向き直って右手を振り下ろした。


「ハアっ」

 俺達に向かって、閃光が走る。


「……、……」

しかし、今度も何も起らなかった。


 いや……、今度は俺もハッキリ見た。

 雷撃が、俺の尻尾に吸い取られて行くところを……。


 だけど、何も感じなかったぞ?

 あんなに凄い雷撃が尻尾に当ったはずなのに……。


「ば、バカなっ!」

「……、……」

「その猫が雷撃を吸い取っているのか?」

「……、……」

レオンハルトは、信じられないと言うような表情で、俺を見つめる。

 アイラも、何が起ったのか分からないようで、呆然と立ちつくす。





「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

突然、俺の頭の中に、優しく懐かしい声が響いた。


 そ、そうだよな……、暗黒オーブ。

 俺、雷撃があまりにも凄いので、緊縛呪を使えることを忘れていたよ。

 皆、頑張っているのに、俺はまだ何もやれることをやっていないよな。


 ごめん……。

 俺、どうしても、まだ、戦いってものが分かってないみたいだ。


「……、精霊の意志によりて、緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

俺の身体に震えが走る。


 身体の中に闇が満ちていく。

 頭の先からつま先まで、びっしりと闇が膨れ満たされていくのが分かる。





「くっ……。まあ、良い。おまえ達は、あとで剣で殺してやる。いくら剣技が素人の僕だって、娘二人くらいどうにでもなるさ」

「……、……」

「まずは、アイラっ! おまえからだ」

「……、……」

「もう遊びは終わりだ。僕のとっておきの技で葬ってあげるよ」

「……、……」

レオンハルトは、そう言うとアイラの方に向き直り、右手を高く掲げた。

 そして、

「雷の精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

と、唱えだした。


「アイラっ! 気をつけて……。雷撃が連射されるわっ!」

ヘレンが叫ぶ。


「れ、連射だとっ?」

「逃げてっ! レオンハルトには近づけないわっ!」





 闇は尻尾の先から体外にあふれ出した。


 レオンハルトも何か唱えている。

 緊縛呪が速いか、それとも……。


 漏れ出した煙状の闇は、俺の真上で漆黒の球となっていく……。


 皆、レオンハルトの方を向いていて、俺の緊縛呪には気がついていない。





「……、精霊の僕、レオンハルトが、ここに連撃のイナズマを召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

 くっ……、向こうの方が早いっ!


「ハアっ!」

レオンハルトが、掲げた右手を大きく振り下ろす。

 その瞬間、一際大きな閃光が走った。


「ドガガガガガガガガガガガっ!!!!!!!!」

レオンハルトの目の前からアイラに向かって、直線上に雷撃が連射された。


 アイラも必死に飛び退くが、連射された雷撃が地面をえぐる衝撃を浴び、バランスを崩して受け身を取り損なう。

 突っ伏したアイラは素早く顔を上げるが……。


「終わりだっ!」

叫びざまに、レオンハルトが右腕を掲げる。





「ニャっ!」

俺の気合い声とともに、漆黒の球が放たれた。

 高速で球はレオンハルトに向かっていく……。


 ああ……、レオンハルトが次の一撃を繰り出そうとしているのが見える。

 間に合えっ!





「ぐっ……」

レオンハルトの右腕は、振り下ろす途中で勢いを失った。

 いち早く漆黒の球がレオンハルトの背面に当たり、吸収されていたのだ。


「な、何だ? か、身体が重い……」

「き、緊縛呪?」

アイラは、次の雷撃が来ないのを知ると、素早く立ち上がり身構えた。


 レオンハルトは苦しそうにしているが、動けるようで、右腕をもう一度高く掲げようとする。

 しかし、その振り上げ方は、先ほどのように素早い動きではなく、明らかに緊縛呪が効いているのが見て取れた。


「レオンハルトっ!」

「ぐっ……」

「おまえが悪いんじゃないことは分かってる」

「くくっ……」

「だけど、おまえを倒さなきゃ、卑劣な裏切りのオーブを叩きのめすことは出来ないっ!」

「……、……」

「雷撃に倒れたブランのためにも、あたしはおまえにこれを叩き込むっ!」

「……、……」

アイラはそう言うと、額当てが巻かれた右手を、レオンハルトに向けて突きだした。

 そして、レオンハルトをにらみつけると、両手をだらんと下げて、ステップを踏み始める。


 俺の目には、ステップを刻むアイラの頬に、一筋の光るものが見えたような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る