第38話 明かされる過去
「それ、どうしても言わなきゃダメか?」
「……、……」
長い沈黙の後、ブランは絞り出すように言った。
「もう、俺としては過去のことにして、すべて忘れるつもりだったんだが……」
「……、……」
アイラは、依然としてブランをにらみつけたままだ。
「それに、俺の過去がどうあれ、おまえに関係ないだろう? アイラ」
「……、……」
「俺はおまえらを裏切ったりしていないし、このホロン村の人達とも仲良くやっていくつもりだ。もう、戦いと謀略の日々とはお別れして、のんびり暮らしたいと思ってるしな」
「……、……」
「偽っていたのは、傭兵だったって言ったことだけだ。それだけ聞けば十分なんだろう?」
「本当にそうか?」
「何っ?」
「本当に裏切ってないって言えるのか?」
「おいっ! どういう意味だ? いくらアイラでも怒るぜ」
「答えろっ、ブラン! おまえは本当に裏切ってないのかっ?」
アイラの剣幕に、ブランの表情が怪訝なものに変わる。
「アイラ……。どうしちゃったんだ? 王宮で何かあったのか? もしかして、それと俺の過去が絡んでいるとでも言いたいのか?」
「……、……」
「おまえ、それは考えすぎだよ。俺は確かに王宮にいたが、そんなに上の階級じゃない」
「……、……」
「まあ、警備隊辺りの奴と較べれば、確かに俺の方が腕が立つだろうが、それは俺の属した部署のレベルが高いからだ」
「……、……」
「バロール一家に潜り込んだのだって、命令されてやっただけだ。バロールは薄々気がついていたみたいだがな。だから、おまえに負けたら見捨てられたんだろうし……」
「……、……」
「バロールには、王宮だけじゃなく、他国からも誘いの手が伸びていた。だから、俺は極力そう言うのを排除していただけなんだ」
「……、……」
「ただ、バロールは俺がいなくても他国に行くなんてことはなかったと思うがな。あいつ……、何度か言っていたんだ。暗黒オーブが何処にも属しちゃいけないって引き留めている……、と」
「……、……」
「どうだ? これでも俺は、何かおまえらを裏切っているとでも言うのか?」
「……、……」
「暗黒オーブが危険な存在だと言うことは、おまえらが一番良く知っているだろうがっ!」
「……、……」
ブランの言っていることは、筋が通っているように思える。
しかし、情報は確かに漏れているのだ。
俺達の中に、暗黒オーブを使う者がいることが……。
「それで……、おまえはもう王宮に戻る気はないのか?」
「ないっ! あったら、とっくに村を出てるよ」
「……、……」
「なあ……、一体、どうしたんだ? 王宮で何があった? どうして俺が疑われなきゃならないんだ?」
ブランは、必死の形相でアイラに詰め寄った。
アイラもそれを真っ直ぐに受け止め、にらみ返す。
ブランは、相手がアイラでなかったら、胸ぐらを掴んでいるところだろう。
感情的になっているように見えても、最低限の自制心が働いている辺りに、ブランの職業意識がかいま見える。
やはり、ただの兵士ではないな。
本人は謙遜しているが、機密に関わるような、重要な部署にいたのだろう。
「ブランさん……」
にらみ合うブランに向かって、突然、ヘレンが声をかけた。
「ブランさんの仰ることは分かりました。嘘偽りがあるとも思いません。ですが、私達が疑うのには相応のわけがあるのです」
「わけ……?」
「今、それをご説明申し上げますので、とりあえず、収めていただけませんか? アイラ……、あなたも引いて。あとは私が説明するわ」
「……、……」
ヘレンはそう言うと、ソファーから立ち上がる。
いよいよ、核心に迫るのか……。
そう思った俺を、エイミアが抱き上げ、頬ずりをした。
「ちっ……! まあ、あとは頼むよ……、ヘレン」
アイラはブランから視線を外すと、今までヘレンが座っていたソファーにドカッと座り込む。
残されたブランだけが、相変わらず怪訝そうな顔でたたずむのであった。
「う……、裏切りのオーブだとっ?」
ヘレンは、ランド山での警備隊に包囲された件から、ルメール宰相が操られていることを裁きのオーブにつきとめてもらったことまでを、要領良くブランに話した。
「それを持っている奴が、本当に王宮内にいるんだな?」
「はい……。裁きのオーブは、ハッキリとそう国王陛下に言ったそうです」
「何てこった……。ルメール宰相って言えば、デニス国王の片腕だぞ?」
「ええ……、ですので、ことは深刻なのです。一刻も早く、裏切りのオーブを使う者を突き止めないと……」
ブランは、呆れたような顔で、ヘレンに確かめた。
まあ、普通はこんな話、デニス国王と裁きのオーブが言わなかったら信じないよな。
「……で、それが俺とどう関係がある? まだ、話が見えないんだが……」
「警備総長のゴードン様によりますと、操られたルメール宰相は、命令を下す際に、私達の中に暗黒オーブを使う者がいる……、と仰ったそうなのです」
「……、……」
「暗黒オーブは、国王陛下直々に秘密裏に管理されることになっていましたし、バロール討伐の際の模様なども国王陛下にしか私は申しておりません」
「……、……」
「それなのに……、操られたルメール宰相は、暗黒オーブが私達の手にあることも、使う者がいることも知っていたのです」
「つまり、裏切りのオーブを操る奴が知っていたってことか?」
「はい……」
「だから、俺は疑われているってことなのか?」
「はい……。ランド山での一件より前に、バロール以外の者が緊縛呪を発動したことを知っているのは、ブランさんと私達のみ……」
「あと、ダーツ三兄弟もだが、あいつらが王宮と直接結びついているわけもないしな」
「……、……」
ブランは、ヘレンの言っていることを理解したようで、小さく、
「なるほど……」
と呟く。
「だが、俺は心当たりがないぞ。……と言うか、まさか、俺自身が裏切りのオーブに操られているってことなのか?」
「いえ……、それは違います」
「何故だ? どうしてそう言い切れる」
「私は、謁見のときにルメール宰相を見て、裏切りのオーブに操られている者の痕跡があるのを見ました。魂がネズミ色の膜に覆われているから分かるのです。でも、ブランさんには、それはありません」
「ああ……、ヘレンは魂の色が見えるんだったな。そうか……、じゃあ、俺が意識しないで漏らしてしまったのかな?」
「ブランさんの仰ることがすべて真実なら、その可能性しかないと思うのです」
「……、……」
「何か、思い当たることはないでしょうか?」
「そう言われてもな……。俺はバロール一家に見捨てられてから、王宮の者と連絡をとったことはないし……」
「では、直接ブランさんが誰かと会って、バロール討伐の件を話したなんてことはないですか?」
「うーん……」
「大事なことなのです。どうしても思い出していただかないと……」
困惑するブランを、ヘレンは問い詰めた。
ブランっ!
頼むよ……、思い出してくれ。
「ま、待てよ……」
「何か?」
「そう言えばあのとき……」
「いつのことですか?」
「俺は、バロール討伐のときに、アイラとエイミアには緊縛呪が効かなかったことを話したかもしれん」
「そ、それは誰にですか?」
「あ……」
「ドゴーンっ!!!!!」
何だ?
突然、店の外に閃光が走り、至近で花火でも打ち上げたような音が響き渡った。
アイラがすぐに扉に向かう。
「アイラっ! 気をつけてっ!」
ヘレンが叫ぶように言うと、チラッと振り返ったアイラがうなずいた。
そして、扉を脚で蹴開けると、勢い良く外に出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます