第37話 村に馴染んだ男

 ああ……、ようやく帰ってきた。

 多分、こう思っているのは俺だけじゃないよな。

 なあ、エイミア?


 俺は、馬車の御者台から、外を眺める。

 何処までも続く田園風景が、ようやく帰って来られたことを実感させる。

 ランド地区も田園風景が続いたけど、ホロン村の風景は、とにかくのほほんとした雰囲気を漂わせているんだ。


 よく考えてみると、俺ってそんなにホロン村に長くいるわけじゃない。

 旅に出ていたから、正味、一ヶ月ちょっとってくらいだ。

 だけど、どうしてこんなに懐かしいような気持ちになるんだろう?


 俺、もしかすると、この世界が好きなんじゃなく、ホロン村が好きなのかも知れない。


 街道の向こうに、ホロン村の広場が見えてくる。

 もう昼過ぎだから、朝市に来てるはずの人達はいないが、そのひっそり感が俺にはたまらなかったりする。


 ……って、いけね。

 気を緩めている場合じゃなかった。

 これから、ブランと対峙しなきゃならないのに……。





 広場に着くと、アイラは靴屋の側に馬車を停めた。

 エイミアもヘレンも、何も言わず馬車から降りる。

 三人とも、緊張した面持ちでうなずき合うと、並んで薬屋に向かう。


「おっ? 帰ってきたのか」

「ああ……」

アイラを先頭に薬屋に入ると、カウンターにいたブランが出迎えた。


 店内は何も変わっていない。

 薬草の匂いと、隣の定食屋から流れてくるシチューの匂いが入り交じった、独特の香りが俺達を迎える。


「王宮に報告に行くって話だったから、ほんの四、五日かと思ってたんだが、随分、かかったな」

「まあ……、色々あってな」

「俺も最初は薬屋なんて性に合わないと思っていたんだが、これが、やってみると意外と良いもんだな」

「……、……」

ブランは陽気に話しかけてくるが、アイラのいらえは堅い。

 まあ、もともとアイラは素っ気ない物言いだけど……。


「エイミア……。仕立屋のおかみさんが、今度の湿布は良く効く……、って言っていたぞ。あんなにいっぱいウンターの薬を送ってくれたから、少し多めに湿布に入れてみたんだけど良かったかな?」

「え……、ええ。お……、おかみさんの腰、良くなりましたか?」

「おお……、毎日仕立てがはかどるって、嬉しそうに話していたよ」

「あ……、ありがとうございます。ぶ……、ブランさんが店をみていて下さったので、わ……、私も安心でした」

「まあ、エイミアがしっかり指示を出してくれていたからな」

「……、……」

「あ、そうそう……。腹は空いてないか? 定食屋に食べに行くなら、ついでにおばさんの膝を看てやって欲しいんだ。ここのところしゅくしゅくと痛むらしい。とりあえず湿布を出しておいたけど、どうもあまり効いてないらしいんだよ」

「は……、はい。で……、では、後ほど看てきます」

「頼む……。おばさんもエイミア達のことを心配していたから、顔を出してやったら喜ぶよ」

「……、……」

ひとしきり薬屋の話をすると、ブランはカウンターをエイミアに譲り、中に入って行った。

 その姿は、もう何年も薬屋を営んできたかのように自然であった。


「あたしが聞こうか?」

「……、……」

「あんなにブランが愛想が良くっちゃ、ヘレンだって聞きにくいだろう?」

「そうね……、予想外だったわ。もっと、私達が無事に戻って来て驚くかと思ったのに……」

「本当にあいつなのかな、暗黒オーブのことを漏らしたの?」

「それは間違いないわ。ただ、使い手がコロだってことが漏れてはいないし、色々と引っ掛かるところはあるのだけれど……」

「そっか……。じゃあ、とりあえず突きのことから追及することにするよ。それで、適当にあとはヘレンが引き受けてくれ」

「分かったわ。では、最初はお願いね」

アイラとヘレンは、ブランに聞こえないようにヒソヒソ声で話す。


 アイラは、ここ二日ばかりぶっ続けで馬車を走らせてきたのに、元気なものだ。

 たまにヘレンと交代して仮眠をとってはいたが、この程度の身体の負荷はなんでもないらしい。


「おっ、何だ、まだ旅装も解いていないのか?」

「ああ……」

「長旅で疲れたろう? まあ、アイラは疲れてなさそうだけど、ヘレンなんか、目の下に隈ができちゃってるじゃないか」

「……、……」

「おまえら若いから無理しても平気なのかもしれないけど、とりあえず寛いだらどうだ?」

「いや……。それより、ブラン……。おまえに聞きたいことがあるんだが、良いか?」

「何だよ、藪から棒に……」

「ちょっと、旅の途中で気になることがあってさ」

ブランはほとんど警戒していないのか、アイラに向かって笑みさえ浮かべている。


「ああ、そう言えば、王宮はどうだった? 国王とも会ったんだろう? あれだけの功績をあげたんだから、褒美の一つももらったんだろうな?」

「まあな……。国王は意外と普通の爺さんだったよ。褒美も馬車と金をいっぱいな……」

「そうか……。まあ、俺はバロール一家の一員だったから、あまりこんなことを言っては何だけど、確かに、アイラの活躍は凄いことだからな。王宮でも褒められたんじゃないか?」

「ああ……。試合みたいなこともして、腕を披露してみせたしな」

「試合? まあ、誰とやったか知らんが、アイラが負けるような相手は、今の王宮にはいないからな」

「ブラン……、何だか、王宮の武闘について詳しいじゃないか。まるで、以前、いたみたいな口ぶりだぞ」

「……、……」

ついにアイラが切り込んだ。

 表情を変えはしないが、ブランは答えず、アイラを見つめた。


「あたしは、親衛隊の道場で剣技を学んだ相手と試合をしたんだ」

「……、……」

「ベックって言う、警備隊の副総長でさ」

「……、……」

「まあ、肩書きは厳めしいけど、大したことがなかった。ブラン……、あんたの方が強かったしね」

「……、……」

アイラは、淡々と語り続ける。

 対するブランは、先ほどまでの陽気な雰囲気が消えている。


 ただ、いきなり逃げ出すとか暴れ出すとかって感じには見えない。

 ブランは、じっとアイラの言葉に耳を傾けている。


「そのベックがさ……、追い詰められて突きを繰り出してきたんだ」

「……、……」

「後で総長さんに聞いたら、親衛隊の道場で必ず学ぶんだってな……、突きを」

「……、……」

「まあ、あたしには通用しなかったんだけど、あれ、なかなか良い剣技だよ。身体と気持ちを全部剣先に込めていて、受けるこっちも思わず気合いが入ったよ」

「……、……」

「……でさあ、あたしは気がついたんだ。ブラン……、あんたも同じ突きを繰り出していたことを……」

「……、……」

「ベックより鋭かったし、力もスピードもあんたが上だったけど、確かにタイミングや気合いの込め方なんかが同じ剣技なんだよ」

「……、……」

「あたしが何を言いたいか分かるよなあ……、ブラン?」

「……、……」

「あんた、傭兵でバロール一家にいたって言ってたよな?」

「……、……」

「だけど、傭兵じゃあ、あの剣技は身に付かない」

「……、……」

「ブラン……、おまえ、一体、何者なんだ?」

「……、……」

アイラは最後まで淡々と語った。

 ただ、その一つ一つの言葉には、辛辣な響きがあったが……。


 ブランは、アイラを見つめたまま、微動だにしなかった。


 心安らかなはずの薬屋の店内には、アイラとブランによる、戦いにも似た、独特な緊張感が漂うのだった。

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