第20話 それぞれの想い

 馬車はゴトゴトと音を立てて進んでいる。

 まだ半日しか王宮から離れていないのに、街道のあちこちには剥き出しの小石が目立ち、景色も石造りの建物群から田園風景に変わっている。


 ルメールはもっと上等な馬車を用意してくれると言っていたが、ヘレンがそれを断った。

 隠密でランド山に行くのに、上等な馬車では目立って仕方がないからだ。

 ただ、その事情をルメールには言えないので、

「上等な馬車をいただいても、普段は使いようがありません。村の皆で使えるような、荷台にいっぱい物が乗るのをお願いします」

と、巧妙に真意を隠していた。





 ランド山行きは、昨晩遅くに三人で相談して決めたことだった。

 アイラが一番乗り気で、ヘレンは致し方ないと言う感じ。

 エイミアにいたっては、当初、強硬にホロン村に帰ることを主張していた。


「さ……、さっき、あ……、アイラが帰るって言ったわよね?」

アイラがルメールにした説明を真に受けたのか、エイミアはすっかり帰る気でいたのだ。

 王宮で説明もしたし、とりあえず俺と離ればなれにはならないしで、エイミア的にはこれ以上王宮にいる意味はない。

 ……となれば、ホロン村に帰るのは、エイミアにとって必然の選択であった。


 そんなエイミアを、アイラは、

「王様が、コロにオーブのことを学ばせろって言っただろう?」

と、説き伏せにかかったが、無駄であった。

「い……、一度、ほ……、ホロン村に帰ってから、あ……、改めてランド山に行けばいいわ」

とエイミアも必死で抵抗したからだ。


 エイミアの説得に成功したのは、ヘレンであった。

 ただ、ヘレンはアイラのように正面から切り込むのではなく、絡め手からエイミアを懐柔にかかった。


「エイミア……、知ってる? ランド山って、ウンター草がいっぱい茂っているらしいわよ」

「う……、ウンター草が……?」

「ええ……。ホロン村の近くでは生えてないって、以前、エイミアが言っていなかった?」

「そ……、そうね」

「ウンター草って、細かく刻んで湿布に入れると、腰や膝の痛い人に凄く効くのよね?」

「……、……」

「仕立屋さんのおかみさんも、ウンター草がいっぱいあればすぐに良くなるかもしれないわね」

「……、……」

さすがにヘレンだった。

 エイミアの職業意識をくすぐるようなことを持ち出し、さらっと気持ちをぐらつかせるのだから……。


 さらに、

「こんなに大きな荷馬車があるのだから、エイミアがいっぱい薬草を摘んでも持って帰れるわよね」

「……、……」

「普段だと、馬を扱えるアイラもなかなか都合がつかないから、馬車で薬草を摘むなんてこともなかなか出来ないんじゃない?」

「……、……」

と、たたみかけ、しぶしぶではあるが、あっという間にエイミアを説得してしまった。


 王宮でも思ったが、もしかすると三人の中で一番怖いのはヘレンかもしれない。

 この狡猾な弁舌はなかなかの凶器だし、理論武装の仕方も少女のそれではない。

 それもこれも、占い師と言う職業柄ゆえの洞察力に由来しているのだろう。

 おまけに、霊感のようなものまであるのだから、エイミアのような純朴な少女では太刀打ちできるわけがないのだった。





 アイラがランド山行きに積極的なのは、俺と暗黒オーブのためだけではないようだった。

 俺がどうしてそう思ったかと言うと、アイラが、

「エイミアとコロが行かなくても、あたしだけで、ランド山に行こうかな……」

と、ぽろりと漏らしたからだった。


 デニス陛下との話によると、アイラの父親は盗まれた聖剣を捜して、放浪の旅を続けているらしい。

 その聖剣には、オーブが付いていたとなると、アイラがランド山に行きたいわけが透けて見える。

 そう、アイラはオーブと言うよりも、父親の行方が気になっているのだった。


 アイラの父親は、お祖父さんやアイラと同じように、武闘の達人ではあるようだ。

 だから、そう簡単に病んだり死んだりはしないだろうが、それでも五年も消息不明と言うのは尋常なことではない。

 その行方の手がかりになりそうなことがあるのだったら、娘であるアイラが興味を持たない方がおかしいとも言える。


 ただ、ランド山に住むオーブの研究家が、どの程度聖剣の行方について知っているかも不明だし、アイラの父親はまだ聖剣を捜しているのだから、研究家が確たる情報を握っているとは考えにくい。

 しかし、わずかでも可能性があれば賭けてみたくなるアイラの心情は、俺にも分からないではない気がする。

 親衛隊の隊長でさえ畏怖する勇猛果敢な武闘家とは言え、アイラは女の子だし、まだ十代半ばの多感な年頃なのだから……。





 アイラのように積極的な理由があるわけではなく、エイミアのように俺のお供をすると言う必然性があるわけではないのに、ヘレンはランド山に行くことを最初から決めていたようだ。

 昨日、愛しいレオンハルトと劇的な再会を果たしたというのに、微塵も未練は残していないようだった。

 照れてはいても、あんなに仲むつまじく抱擁していたのに……。

 俺にはヘレンのこういうところは理解できないが、ヘレンがすることには常に合理的な理由があり、本人の中では複雑な計算と諸々の分析の上で行動しているようだった。


「まず、ホロン村に向かうと見せかけて、一日進むわ。それから、進路を北西に変え、ランド山に向かうの……」

「そんなまどろっこしいことをしなくても、真っ直ぐランド山に向かおうぜ」

「ダメよ……。今、暗黒オーブは国王陛下が管理していることになっているわ。それなのに、私達がホロン村に向かわなかったら、不審に思われるから……。王宮内……、いえ、ロマーリア王国の何処に監視の目が光っているか分からないのよ」

「まあ、それはそうだけど……。でも、誰かが襲いかかって来たら、あたしが何とかするよ」

「アイラ……、それは甘いわ。もし、私達が狙われるとしたら、それは私達のもとに暗黒オーブがあると発覚してしまった場合だわ。だとすると、奪おうとする者達は暗黒オーブと戦う可能性も考えて襲ってくるのよ。バロール討伐に、レオンハルト将軍が呼ばれたことでも分かるでしょう?」

「……、……」

「アイラが強いことは分かっているわ。でも、魔術を相手にしなくてはならないようなことになったら、本当にアイラがコロを守りきれる?」

「……、……」

「コロは緊縛呪を発動したかもしれないけど、それがいつでも都合良く発動出来るとは限らないわ。だって、猫なんだから……。コロは私達の話していることを理解しているようには感じるけど、それも今のところ何の確証もないし……」

「……、……」

「だから……。出来るだけ密かに、そして、なるべく早くランド山に着くことが重要なのよ。研究家の人がどれだけコロの力になるか分からないけど、少なくとも、ランド山に着く前に襲われるようなことは避けたいの」

「うん……、納得したよ。確かにそうだな。策を練るとか、慎重に行動するとかってことにあたしは向いてない。その辺のことは、これからヘレンに従う。よろしく頼む」

三人は、夜がかなり更けるまで、打ち合わせを続けた。

 そして、打ち合わせが終わる頃には、それぞれの想いを胸に秘めながらも、目的を達成するために一致団結したのだった。





 ゆったりと、馬車は進んでいる。

 御者台に座るアイラは、辺りを油断なく見張っている。

 エイミアとヘレンも、幌の隙間から時折辺りをうかがっている。


 まだ何も起きてないが、ピリッとした緊張感が俺達を包んでいた。

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