第21話 ランド山の頂

「すいません……。ちょっとよろしいですか?」

「……、……」

ヘレンが声をかけたが、男は黙々と薪割りを続けている。


「お忙しいところ申し訳ありません。こちらにニック様と言う方はおられるでしょうか?」

「……、……」

ヘレンが再度声をかけるが、男は相変わらず無視を決め込んでいる。


 ヘレンは、男の視界に回り込み一礼してから、

「あの……、こちらはニック様の研究所でございましょうか?」

と、三度声をかけた。


「ああ……」

男は、ぶっきらぼうにそれだけ応えると、薪割りの手を止めた。


「失礼ですが、ニックさんはご在宅ですか?」

「ああ……」

「では、ニック様にお取り次ぎ願いたいのですが……。私はホロン村の占い師、ヘレンと申します」

「それはできん」

「すいません……、突然尋ねてきまして……。でも、ニック様にどうしてもお目にかかりたいのです」

「オーブのことか?」

「はい、ニック様がオーブの研究家だとお聞きしましたので伺いました」

「なら、所持しているオーブを見せろ。そうでなくては会わせることはできん」

「オーブを持っていない者には会ってはいただけないのですか?」

「そうだ……。オーブの知識は所持者だけが知ればいい。そうでない者が知識を得れば、世に災いが降りかかる」

男はヘレンの申し出をにべもなく断った。


 男は上半身に何も身につけてはいなかった。

 その、日に焼け付くした肌は汗に濡れ、磨かれたブロンズのようだ。

 ヘレンが見上げるほどの体躯に、彫刻のような全身の筋肉……。

 用がなければ近づきたくないほどの威圧的な眼光……。

 この男に拒否されたら、俺なら即座に目的を諦めてしまうところだ。


 しかし、ヘレンは怯まなかった。


「どうしてもお取り次ぎいただけませんか?」

「ああ……。ニック様から、そう言いつかっている」

「では、ニック様にお伝え願いたいのですが……。暗黒オーブを所有していたバロールの紹介で来た……、と。バロールは以前、ニック様にお目に掛かったことがあるそうです」

「くどい……。所有者でなければ取り次ぎはせん。帰ってもらおう」

ヘレンが食い下がるが、男のいらえは変わらなかった。


「おい、ヘレン……。家はそこにあるんだから入っちゃえば良いじゃねーか」

「ダメよ、アイラ……。失礼なことはしないで」

男の頑なな態度にいらついたアイラが乱暴なことを言い出すが、ヘレンは真顔で止めた。

 まあ、確かに、無理矢理押し入ってどうこうなる問題ではない。

 こちらは教わる立場なのだから……。


「女……、武闘家か?」

男が、アイラに向かって尋ねる。


「ああ……」

「家に入りたかったら入ってもいいぞ。ただし、入れればな」

「な、何っ?」

「今までにも、おまえのように言う奴はいくらでもいた。だが、そのことごとくを俺は阻止してきた。一人を除いてな……」

男は、アイラにそう言い捨てると、腰を屈め両腕を頭の脇に構えた。


「ふんっ……、自信満々だな。その構えは組技か」

「だったらどうだと言うのだ?」

「自慢の巨体で、あたしが捕まえられるかな?」

「……、……」

アイラは余裕たっぷりに言い放つと、両腕をだらんと下げたまま、ステップを踏み始めた。


「女……、名前は?」

「アイラだ。あんたは?」

「ロベルトだ」

「さあ、お互い名乗ったことだし、始めよう」

ヘレンは呆れたような顔をして、距離をとって向かい合っている二人を見つめている。

 きっと、アイラの悪い癖が出たとでも思っているのだろう。





 アイラは、始めようとは言ったが、ステップを踏んでいるだけで一向に仕掛けなかった。

 下手にこちらから仕掛けて捕まえられたら、一瞬でアイラの負けは決まってしまう。

 ロベルトの体重はアイラの倍ほどもある。

 その体躯にのしかかられたら、さすがのアイラと言えどもどうすることもできないだろう。


 ただ、ロベルトもうかつには踏み込めないようだった。

 ジリジリと間合いを詰めはするが、飛びかかるスキがないのか、姿勢を保ったままアイラを見つめるだけであった。


 ロベルトは、なかなか踏み込めないので焦れたのか、上体を前後に揺すったり、踏み込むようなフェイントを入れたりし、しきりとアイラの出方をうかがった。

 しかし、アイラは依然としてステップを踏んだままで、男の誘い手には乗らない。





「こ……、こんなにいっぱい採れたわ」

対峙した二人の緊張感を度外視するような、のんきなエイミアの声が響いた。


「だあっ!」

アイラが、一瞬、エイミアに気を取られたスキを狙って、ロベルトがタックルを仕掛ける。

 ロベルトの両腕が、アイラの腰を捕らえようとした刹那……。


「サアっ!」

アイラの乾いた気合い声が、山々にこだました。


「ぐっ……」

ロベルトの両手は、アイラの腰を抱えようとしたまま宙をさまよう。

 アイラは気合い声とともにわずかに動いたが、俺には何をしたのかは分からない。


「ドサッ……」

ロベルトは、アイラに触れることなく、前のめりに倒れた。

 彫刻のようだったロベルトの筋肉が弛緩していく……。


「エイミア……、手当してやってくれ。顎が砕けてる」

こともなげにアイラは言う。


「えっ……? な……、何かあったの?」

「タフそうな相手なんで、膝をお見舞いしちまった。こりゃあ、当分、肉は食べられないな」

「……、……」

「エイミア、ウンター草がいっぱい採れて良かったな。遅いんで、心配してたんだぞ」

アイラは、ロベルトを見下ろしながら苦笑している。


 何があったかは分からなかったのだろうが、エイミアは、両手に抱えていた薬草を地面に置くと、肩にかけていたバックを開け、小瓶を二つ取り出した。

 そして、ロベルトに駆け寄ると、患部である顎を、顔をしかめながら観察するのであった。


「あ……、アイラ、や……、やり過ぎよ」

「いや……。このくらいしっかり当てなかったら、こいつは倒れてくれなかったよ。仕方がなかったんだ」

「で……、でも、あ……、アイラなら、他にやりようがあったでしょう?」

「まあ……、そうなんだけどさ。エイミアが突然話しかけるから、手加減する余裕がなくなっちまったんだ」

「わ……、私のせい?」

「あはは……。そう言うわけじゃないけどな」

エイミアは、アイラと話ながらも、てきぱきと処置を続けた。

 指にたっぷりムーの薬を取り、ロベルトの顎に塗りつけていく。





「な、なんじゃ……? 朝から騒々しい」

突然、家のドアが開き、杖をついた老人が出てきた。

 老人は、目をこすりながら辺りを見回す。


「ろ、ロベルトっ! 一体どうしたんじゃ」

「悪いな……。こいつがニックさんに取り次いでくれないもんで、ちょっと荒っぽいことをしちまった」

「何っ、お主がロベルトを?」

「まあ……、そう言うことだな。あんたがニックさんかい?」

「いかにも、わしがニックじゃ。それにしても、ロベルトが失神して倒れるなんて、初めてのことじゃわい」

「ちょっと当たり所が良すぎただけだ。大丈夫、今、手当をしているから」

「おなごのくせして、お主、とんでもない腕じゃのう」

「ふふっ……、当てたのは膝だけどな。気がついたらロベルトには謝っておくんで、勘弁してくれよ」

ニックは、目をパチクリさせながら、エイミアの手当を見守っている。


「ところで、お主達、わしに何用じゃ?」

「ニック様……。私達、暗黒オーブのことを教えていただきたいのです」

「暗黒オーブ? あの、バロールが持っておるのか」

「はい……」

「では、お主達は、バロールの手の者か?」

「いえ……、それが、少し込み入った事情がありまして……」

「まあ、良いわい。中で詳しい話を聞こう。ロベルトがあの様では、わしが抵抗しても仕方がないわい」

「手荒なことをして、申し訳ありません。ですが、私共もどうしてもニック様のオーブの知識を教えていただきたくて……」

ヘレンは、丁重に教えを請うた。


 ニックは、ヘレンの言葉を反芻するように、

「暗黒オーブのことを……、か」

と呟くと、それ以上は何も言わず、丸太の家に入って行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!