第19話 想い人
結局、ルメールとアリストスは、食事が運ばれてくるまで居座って話し込んでいた。
「アイラとアリストスの御前試合をしよう……」
と、ルメールは最後まで言い張り、そのために何日か王宮に滞在するように要求してきた。
しかし、そのルメールの願いは、アイラ、アリストス双方から拒否されて、実現はしなかったが……。
アリストスなどは、
「私ごときがアイラ殿に敵うわけがありません……」
と言い、露骨に嫌がっていた。
まあ、確かに、アリストスがアイラと試合をするのは嫌だろう。
平民の少女に勝っても何も誇るところもないし、負けたら親衛隊隊長の名に傷が付く。
それに、アイラとやって勝てるとはとても思えないのも確かだろう。
アイラは、独りでバロール一家を壊滅させているのだ。
おまけに闘神と謳われた将軍の孫となれば、どれだけの可能性を秘めているのか見当もつかないだろうから。
アイラが拒否した理由は、もっと単純な話で、
「エイミアが薬屋を心配しているから、早く帰らないと……」
と言うものだった。
ただ、これを額面通り受け取れないことも、俺には分かっていた。
……と言うのも、バロールが教えてくれたオーブの研究家の話に、アイラはかなり強い興味を持っていたからだ。
まだヘレンと話し合ってはいないものの、きっとアイラはホルン村には帰らず、ランド山に向かうつもりなのだろう。
エイミアと俺を置いて行くわけにはいかないだろうから、三人で……。
ルメールは、アイラが、
「明日には王宮をおいとまします……」
と言うと、何とかアイラだけでも王宮に残るように言い張ったが、結局それも一蹴された。
爺さん、ちょっとは危機感を持った方が良くないか?
と、思ったのは、俺だけではないと思う。
夜の食事は豪華だったらしい……。
ヘレンなどは、出されるものすべてを賞賛していたから。
俺にはテーブルの上が見えないので、あくまでも三人の感想を聞いた上での想像でしかないが……。
ただ、確かに良い匂いはしていた。
あれはきっと魚介のスープだ。
猫になってから、ほとんど魚介類を食べていないので、匂いだけでもかなりそそられた。
一方……。
俺だけは食事に不満を持っていた。
エイミアから聞いて、俺が普段食べているのと同じようなものにしてくれたようだが、ちっとも美味しくないのだ。
ミルクにパンを浸したものと、ハムとチーズ……。
確かに、俺が普段食べているメニューと同じなのだ。
だが、ミルクは薄くて味がしないし、パンは冷めきっているので外側のパリッとした感触もモチモチした食感もない。
一番酷いのは、ハムだった。
いつも俺が食べている、定食屋のオバサンが出してくれるのとは雲泥の違い……。
何の肉を使っているのか知らないが、パサパサの上に塩味だけがキツイ。
腹は減っていたが、あまりの不味さに半分ほど残してしまった。
ああ……。
オバサンのハムが食べたいなあ……。
「お食事は、いつもこんなに豪華なんですか?」
食事を終えると、ヘレンが女性の給仕係に聞いた。
給仕係の女は、普段、ゲストが質問をしてくることなんかないらしく、驚いた表情で、
「本日は、もうお一方ご来賓の方を迎えておりますので……」
と応える。
暗に、あんた達だけじゃ、こんなに良いものは出てこないわよ……、と言いたいらしい。
まあ、そうだろうな。
国賊を討ったとは言え、単なる平民の娘達だし……。
給仕係の言いたいことも分からなくはない。
「ん……? ヘレン……? ヘレンじゃないかっ!」
給仕係が扉を開けて食器を下げていると、扉の向こう側から声がかかった。
「レ……、レオンハルト将軍? 何故……?」
「通りかかったら、聞き覚えのある声がしたのでのぞいてしまったんだが、やはりヘレンだったか」
二人はお互いに駆け寄ると、顔を見合わせた。
レオンハルトと呼ばれた男は、端正な顔立ちにレモンイエローに近い金髪、年齢はせいぜい二十歳程度だろうか。
ただ、将軍と呼ばれた割には華奢な体つきで、どう見ても武闘の勇者と言った感じではない。
同じ痩せ型でも、逆三角形の上半身をしているアリストスなどと較べても、尚、貧弱な体型をしていた。
「どうしたの? ロマーリア王国の王宮にいるなんて……。誰かを占いに来たの?」
「いえ……。私共はバロールと言う兇賊を捕らえましたので、その報告のために参ったのでございます」
「バロール? あの、暗黒オーブの?」
「はい……。そこにおります武闘家アイラが見事に捕らえまして……」
「そうか……。先ほど到着した早々に、バロールが討伐されたことを聞いたんだけど、討伐したのはヘレンの連れだったのか。御蔭で、僕はやることがなくなっちゃったよ」
「やること……?」
「ああ……。僕は、デニス国王の要請で、バロールの討伐に来たんだ」
「デニス国王陛下が仰っていたのは、レオンハルト将軍のことだったのですね」
普段はあまり感情を顕わにしないヘレンが、珍しく年相応の娘らしい反応を示していた。
レオンハルトはごく自然にヘレンの手を取り握りしめるが、ヘレンは少し恥ずかしそうではあるものの、嫌がらずになすがままになっている。
「ヘレン……。その方は誰だ、知り合いか?」
「そうなの……、以前、何度か占いの用を仰せつかって……。このお方は、モール公国のレオンハルト将軍よ。アイラも聞いたことがない? モールの雷光の噂を……」
「モールの雷光って、まさか……」
「そうよ。この方もオーブを持っておられるの。雷のオーブをね」
ヘレンは、我がことのように誇らしげにレオンハルトを讃える。
「ああ……、君が武闘家のアイラだね。ヘレンから噂は聞いているよ。とても強いんだって? そして、君が薬屋のエイミアだね?」
「……、……」
「僕は、ヘレンのことは何でも知りたいから、色々と尋ねたんだ。ホルン村のことや、仲の良い友達のこと……。そして生い立ちなんかもね」
「……、……」
「だから、ヘレンが孤児なのも知っているし、それでも健やかに暮らせているのは、村の皆が大事に育ててくれたからだと言うのも知っているよ」
「……、……」
快活にハキハキと喋るレオンハルトは、俺の目から看ても好青年だ。
何不自由なく育ってきたことによる純粋さが、話の端々から感じられる。
「そうそう……。アイラとエイミアには言っておくね。僕は、ヘレンが二十歳になったら結婚するつもりだ」
「れ、レオンハルト将軍……、そ、それは……」
「いや、二人はヘレンの親友なんだろう? だったら、言ったって良いじゃないか」
「いえ……、私のような氏素性の分からない卑しい女となんか……」
「まったく……。ヘレンはいつもそう言うね。だけど、僕の決心は変わらないよ。僕の両親は反対しているけど、そんなことは構いやしない。だって、僕には雷のオーブがあるからね。モール公国じゃなくたって、いくらでも仕官できるからさ……」
「……、……」
ヘレンは顔を真っ赤に染めた。
普段は青白く血の気のないヘレンの顔が、これほど赤くなるなんて……。
だけど、照れてるヘレンも、俺は悪くないと思う。
「いいかいヘレン。僕は君なしには生きていられない。何度も言うよ。僕は君が好きだっ!」
レオンハルトは、そう言うと、人目もはばからずにヘレンを抱きしめた。
抱きしめられたヘレンは、困惑の表情を浮かべながらも、そっと、レオンハルトの腰に手を回し、顔を隠すように下を向いた。
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