第18話 訪問者達
うっ……、なんか、超豪華っ!
俺達は、ゲストルームに案内されたが、その豪華さに目を見張る。
ピンク色を基調としたベットには、透ける生地で天幕のような覆いがなされており、お姫様が寝るかのような装飾だ。
天幕部分には、あちらこちらに花のモチーフが刺繍してあり、それが嫌が応にも豪華さを強調する。
しかも、ベットは三基あり、それぞれに割り当てられている。
ベットも凄いが、そもそもの部屋自体が広い。
パッと見、50畳くらいあるだろうか?
彫刻をあしらった暖炉や、毛足の長い絨毯、調度品の数々はどれもアンティークっぽいし、さすがに王宮のゲストルームと言う感じがする。
「夕食はこちらにお運びいたします……」
世話係と思しききちっとした身なりの男性は、そう言うと一礼して退出して行った。
ゲストルームに残された三人は、広すぎる部屋の何処に身を置いて良いのか分からないようで、とりあえず、部屋の隅に椅子を並べて座る。
「す……、凄いわ。こ……、ここに泊まるのね? わ……、私達」
エイミアは部屋の中を何度も見回して、感嘆の声を上げる。
ただ、あまりに豪華な部屋に入れられて不安なのか、バスケットから顔を出している俺の頭をしきりとなでている。
まあ、確かに落ち着かないのは分かる。
正直、俺も場違い感がひどく、ちょっと居心地が悪い。
「エイミアはこういうの初めてよね? 最初は驚くけど、慣れちゃえば何ともなくなるわ」
ヘレンはそう言うと、ニコッと笑って見せた。
諸国の王宮や貴族の屋敷に招かれた経験があるだけに、ヘレンには余裕がある。
しかし、広い部屋に通されると、庶民はどうしても端の方に居たがるようだ。
椅子を隅に並べたのは、意外にもヘレンだったりする。
慣れてはいても、やはり、なにがしか身構える部分があるのだろう。
普段と変わらないように見えて、ヘレンも実は緊張しているのかもしれない。
そう言う点で、一番変わらないのは、アイラだった。
部屋が豪華なことも、年代物っぽい調度品にも、まったく興味がないようだ。
椅子にドカッと座ると、足を組み、その上に腕を突き立てて顎を乗せる。
そして、少し、イラッとしたような表情で、口を開いた。
「ヘレン……。バロールの奴、こっちの意図に気づいていたみたいだな」
「そうね……。全部じゃないけど、薄々感づいていることがあったみたい。もしかすると、コロが暗黒オーブに触れて光ったのを、悶絶しながら見ていたのかもね」
「それに、王宮に暗黒オーブを置いておいたら危ないことも、分かっていたみたいだな」
「ええ……。でも、それらのことには直接触れてこなかったわ」
「だけど、こっちの知りたいことを分かっていたかのように、情報を提供してくれた」
「そうね……。ランド山の頂に研究者が住んでいると言っていたわね」
エイミアは、俺をバスケットから出すと、膝に置いた。
「ちょっと思ったんだけど……。バロールの奴、取り調べとか受けてないみたいだな」
「どういうこと?」
「何て言うか……。身体の何処にも傷一つなかったし、少しやつれたみただったけど、それ以外は何の支障もないように見えた」
「……、……」
「バロールは、国に楯突いた大罪人だろう? だったら、何らかの取り調べを受けるはずなんだ。暗黒オーブのことについて、色々と知っているんだから」
「……、……」
「それなのに、拷問をされた形跡がないって、おかしくないか?」
「そうね……」
ヘレンは、アイラに言われてハッとしたようだった。
言われてみれば確かにそうだ。
バロールは罪を犯しているだけでなく、重要な秘密も知っているのだ。
暗黒オーブは未知の部分が多い。
当然、取り調べくらいは行われて然るべきだ。
「トントン……」
アイラに言われて、ヘレンが訝しげに顔をしかめたそのとき、ゲストルームのドアがノックされた。
ヘレンは、瞬時にいつものすました表情に戻り、扉へ向かう。
「はい……、どちら様でしょう?」
「アリストスです。お美しい皆様のお姿が見えないので、探していたのです」
ヘレンが扉を開けると、アリストスは大仰なセリフと共に部屋に入ってきた。
「すいません……、アリストス様。ご心配をおかけしまして。私達、田舎者なので、王宮が珍しくて仕方がなくて……。ついつい、お庭などを見て回りたくなりましたの……」
「そうでしたか。でも、それなら、このアリストスに命じて下されば、犬馬の労もいとわなかったものを……」
「いえ……。私共などのことで、親衛隊長のアリストス様の手をわずらわせるわけには参りませんわ」
「ああ……、ヘレンさんっ! あなたは冷たい。あなたは、湖に張った氷のようなお方だ。このアリストスが、皆様とお時間を共にしたいと思っているのを知りながら、私を遠ざけるようなことを仰るとは……」
……って言うか、また始まったか。
せっかく、今、重要な話をしていたところなのに、邪魔をしやがって。
ヘレンは冷静に応じているが、アイラなどは、露骨に嫌な顔をしている。
「お取り込み中、失礼するぞ……」
いつまで続くか分からないアリストスの妄言を封じるように、扉の外から声がかかった。
「こ、これはこれは、ルメール宰相様……。わざわざお越し下さるとは恐縮でございます」
「うむ……。そなた達と、少し話がしたくてな……」
「でしたら、お呼び下されば伺わせていただきましたわ」
「いや……。これは、宰相としてではなく、ルメール一個人として用があったのだ」
ルメールはヘレンに向かって言うと、アリストスの方をチラッと見て、すまんな……、と声をかけた。
「もしかして、先ほどのお人払いをしていただいたことで、お気を悪くされたのでしょうか?」
「あ、いや……。あれは陛下のご判断だ。特に気にしてはおらん。そう言うことではないのだ」
「……、……」
「実は、アイラと話をしたくてな。エリックの血縁と聞いて、居ても立ってもいられなくなって来てしまったのだ」
「ルメール宰相様は、アイラのお祖父様を御存知なのですか?」
「御存知も何も、エリックとわしは、幼き頃より剣の腕を競い合った仲でな」
「……、……」
「まあ、そうは言っても、エリックは闘神とも謳われるほどの剣の名手だったから、競っていると思っていたのはわしの方だけだっただろうがな」
「アイラのお祖父様は、それほど凄い方だったのですのね?」
「うむ……。ひとたび剣を振るえば、百人の兵士をなぎ倒すと言われたほどだ。わしが将軍になるのを諦めて文官になったのも、とても敵わんと思ったからでな」
ルメールは、興が乗ってきたのか、熱い口調で話し始めた。
ヘレンが椅子を勧めるのも聞かず、いい歳をしてまるで少年のようなはしゃぎぶりだ。
アリストスは、それを見て不満そうな顔をしている。
「アイラ、その方もかなり使うのであろうがな、エリックには敵わん。わしは幾たびも戦場に出たが、そなたの祖父より強い男を見たことがない」
「……、……」
「聖剣を振るうその姿は、正しく戦いの神であったぞ!」
「……、……」
「す……、すまん。年甲斐もなく興奮してしまって……。その聖剣がエリックを苦しめたのにな」
「いや……。祖父さんのことはほとんど覚えてないから……。思い出話を聞かせてもらって嬉しいです。あたしは聖剣がどんなものかもほとんど知らないし……」
アイラは神妙な顔でルメールに応える。
そう言ってもらってルメールも嬉しかったのか、喜色満面の笑みを浮かべている。
この爺さん、お偉い宰相様の割には、結構、お人好しで単純な性格なのかもしれない。
俺は、こっそりそんなことを思っていた。
まあ、国に関わる難しいことは全部、デニス国王と裁きのオーブが采配をするのだろうから、あまり知謀なんかはいらないのかもしれないが……。
ただ、そのお人好しぶりが、俺には気にかかる。
本当に、この国で謀略なんて起っているのだろうか?
もし起っていたとして、宰相があれで何とかなるのだろうか?
それと、バロールの処遇も、アイラの指摘通り変だ。
誰かが恣意的に止めなければ、罪人の取り調べが行われない理由がない。
幾つかの疑問が、俺の頭の中でぐるぐると回っていた。
しかし、どれも、明確な答えは見出せなかった。
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