第17話 囚人

 暗い……。

 陽光が入らない地下の通路は、湿気でじめじめし、まばらに点いたランプだけが寂しげに辺りを照らす。


 アイラとヘレンは何の躊躇もなく進んで行くが、エイミアは不気味な雰囲気が気になるのか、腰が引けている。


 両側に幾つもの扉のある長い通路を抜けると、少し広くなった踊り場があった。

 そこから更に階段を下ると、金属で出来た扉が見える。


「こちらです……」

若い看守が、扉を指し示しながら、緊張した声で言う。





 ヘレンは、裁きのオーブのささやきをデニス国王から聞き、幾つか提案をした。

 デニス国王も、その提案に大いにうなずき、出来ることは何でも協力すると約束してくれた。


「暗黒オーブは秘するべき国の大事ゆえな……」

一国の国王がこうまで言うことの中心に、俺がいる。


 様々な可能性と災いのタネを、暗黒オーブは内包している。

 それは理屈として分かるのだが、俺にはまだその実感はない。

 確かに緊縛呪は発動したが、それもたまたまかもしれないし……。

 裁きのオーブのささやきも、残念ながら、それほどピンと来ないとしか言いようがなかった。





「バロール……、開けるぞ」

看守が声を上げるが、応えはない。

 看守は扉の外側にある巨大な閂を引き抜くと、鍵穴に鍵を差し込んだ。


 監獄の中は、ろうそくが一本灯っているだけだった。

 看守とアイラが、ランプで照らす。


 ヘレンがデニス国王に提案したことの一つが、バロールから、暗黒オーブについて聞き出すことだった。

 バロールは、暗黒オーブを所持していて魔術を発動した唯一の人間だ。

 その経験から何か情報が掴めないかとヘレンが言い、デニス国王に面会の許可をもらったのであった。


「何だ? 処刑の日が決まったのかと思ったぞ」

手足に金属の枷をはめられ、鎖で繋がれたバロールが、まぶしそうな表情でこちらを見た。

 バロールは、無精ヒゲが生え、少し疲れたような様子を見せている。


「バロール様……、こんなところまで押しかけてくる非礼をお許し下さい」

「ふふふ……、相変わらず言葉遣いだけは慇懃だな、ヘレン」

「……、……」

「お前の言うとおりになった俺を笑いに来たのか? それとも、憐れみをかけ、自己満足に浸ろうとでも言うのか?」

「いえ……、そのどちらでもありません。今日、来たのは、バロール様に教えを請うためです」

「教え……?」

「はい……。暗黒オーブのことについて……、です」

「……、……」

ヘレンの問いかけに、バロールは戸惑うように、少し首を傾げた。


「暗黒オーブについて、平民のおまえらが何を聞きたいのだ?」

「緊縛呪のことなんです。アイラは、二度も緊縛呪を受けましたが、何か身体に支障が出るのではないかと……」

「ふんっ……、そんなことか」

「バロール様は何か御存知かと思いまして……。国王陛下が私共を王宮にお召しになりましたので、是非、このことを伺っておきたかったのです」

「悪いが、俺は知らん。俺自身、緊縛呪を喰らったことがないからな」

「……、……」

「それに、二度も喰らった奴は、アイラしかいないしな。大体、こんなもの一度喰らえば二度と喰らいたいとは思わないもんだ。それを、のこのこやってくる奴の気がしれん」

「……、……」

この点については、バロールの見解はごもっともだ。

 得体の知れない魔術にかかり痛い目を見て、その日にもう一度喰らいに行くアイラの神経の方が俺にも分からない。

 こういうのを勇猛果敢と言うのかも知れないが、武勇に優れた経験のない俺なんかからすると、単なる無謀にしか思えなかったりする。


「ただ、恐らく、後遺症みたいなものはないだろう。俺はそう思っている」

「どうしてでございましょう?」

「暗黒オーブは、女の嘆きだからだ」

「女の嘆き……?」

「そうだ。愛しい男を想って嘆く……。愛しい男に後遺症を残す女がいるか?」

「……、……」

「まあ、おまえらには分からんだろうがな。暗黒オーブの嘆きを聞いたことがないおまえらにはな」

「オーブはささやく……。国王陛下はそう仰られてましたが、同じ事でしょうか?」

「ああ……。国王にはささやくように聞こえるんだろう。俺は嘆いているように聞こえたがな。どちらにしても、オーブには意志があるってことだ。あんなただの石ころだがな」

「……、……」

バロールは、ヘレンに向かってニヤリと笑いかける。

 その笑いは、占い師のおまえにも分からないことがあるだろう……、と言っているようだった。


「そう言えば……。おまえが暗黒オーブを俺からもぎ取ったとき……」

バロールは、今度はアイラに目を向けた。


「暗黒オーブは俺に別れを告げた」

「……、……」

「バロール、さようなら……。とな」

「……、……」

「俺はもがき苦しみながら、その声をハッキリ聞いた」

「……、……」

「初めてだった。オーブが俺の名を呼んだのはな」

「……、……」

アイラは、何も応えなかった。

 ただ、じっとバロールを見つめ、ランプで照らしている。


「だから、もう俺が暗黒オーブを持っても、使うことは出来ないだろう」

「……、……」

「俺が暗黒オーブを持つことも、二度とないだろうがな……」

「……、……」

そう言って、バロールはまた、ニヤリと笑った。

 その笑いからは、数日前に見せたような殺気や迫力は、微塵も感じられない。

 どこか寂しく、悲しげな笑いであった。


「看守……。お偉いさんに伝えてくれ」

「……、……」

「早く、俺を処刑してくれってな」

「……、……」

「俺は、6つの街や村を傘下に治めたバロール様だ。今更、命乞いなどせん」

「……、……」

「何を考えてこんなところに押し込めているのか知らんが、さっさとしろと言っておけ」

「……、……」

そう言うと、バロールはまた、ニヤリと笑った。





「アイラ……」

「……、……」

「そんなに緊縛呪の後遺症が気になるか?」

「いや……。あたしは武闘に生きてる。いつでも死ぬ覚悟はできているからな。ヘレンが気にしているだけだ」

「ふふふ……、おまえらしいな」

「……、……」

「おまえのそう言うこところは嫌いじゃないぞ」

「ふんっ……、少女趣味の変態野郎に好かれてもな。気分が良いとは言えねえよ」

「ふふふ……、まあ、おまえならそう言うだろうな。だが、そう言うところも悪くない」

「……、……」

「一つ、良いことを教えてやる」

「……、……」

「緊縛呪の後遺症が出るかどうか、俺は知らんが、それを教えてくれそうな人物には心当たりがある」

「……、……」

「俺が勢力を拡げだし、オーブを持っていると言うことが世間に広まった頃、オーブを見せてくれと言ってきた素っ頓狂な爺がいてな」

「……、……」

「その爺は、代々、オーブの研究をしている家系なんだと。見せてやったら、大喜びで俺に色々と教えてくれてな。暗黒オーブと言う名も、その爺が教えてくれたのだ」

「……、……」

「確か、ランド山の頂に、独りで住んでいるようなことを言っていた。気になるのなら行ってみるがいい」

「ああ……、気が向いたらな」

「ふふふ……。知りたければ、爺が生きている内に行けよ」

「……、……」

バロールは、そこまで言うと、言葉を切り目を閉じた。


 それ以後、ヘレンや看守が何を話しかけても、バロールは一切会話に応じなかった。

 俺にはそれが、バロールが示す、悪党としての最後のプライドのような気がしていた。

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