第16話 密談

「国王陛下……。私は、まずお詫びをしなければなりません」

「詫び……、とな?」

「はい……。先ほど報告したバロール討伐の話は、肝心な部分が抜けているのです」

「ふむ……、やはりそうであったか」

「お気づきになられていたのですか?」

「うむ……。アイラの武勇は大したものであろうが、それだけでオーブの魔力を操る者を倒せるとは思えんでな」

「ご賢察でございます」

「討伐隊を出すにも、その点が懸念になっておってな。オーブの所持者を倒すには、やはりオーブの所持者ではないとならぬと結論し、手配しておったのだ」

玉座を囲うようにアイラ、ヘレン、エイミアは跪いていた。

 デニス国王は真っ白で豊かな顎ヒゲをなでながら、ヘレンに応じる。


「アイラは、二度、バロールの魔術を受けています。その魔術は、緊縛呪と言って、受けた者を一瞬で金縛りにするものです」

「そうらしいな。警備隊から報告を受けておる」

「しかし、アイラは二度とも緊縛呪を受けて動けたのです。わずかにではございますが……」

「な、なんと。 それは、アイラが武勇に優れておるからか?」

「私も最初はそう思っておりました。ですが、二度目でそれだけではないことを確信いたしました」

「ふむ……」

「二度目の緊縛呪は、私共三人が同じ場所で受けました」

「……、……」

「アイラは予めシュールの薬を飲み、緊縛呪に備えていましたが、それでも受けた直後は身体があまり動かないようでした。私にいたっては、まったく動けず、バロールのなすがままになっていたのでございます」

「ふむ……」

「ですが、このエイミアだけは、受けた直後から普段通り動けたのです。エイミアは武闘の心得もなければ、争いを好まぬ臆病なたちなのでございます」

「うむ……」

「つまり、アイラの武勇も多少は関係があるでしょうが、他に大きな理由があったのでございます」

「……、……」

ヘレンは、ここまで話すと言葉を切り、エイミアの方に向き直った。


「エイミア……、コロをだして」

「……、……」

エイミアは黙ってうなずくと、俺の入っているバスケットを開けた。

 そして、いつものように抱き上げると、軽く頬ずりをした。


「国王陛下……。この猫は、コロと言って、エイミアが飼っております」

「おお……、賢そうな猫じゃのう。そこに入っておったのに、わしはちっとも気がつかなかった」

「はい……、普段からとても大人しいのです。ですから、アリストス様に無理を言って連れて参りました」

「……して、この猫がいかがいたしたのだ?」

「アイラが緊縛呪を受けた二回とも、コロは現場にいたのでございます」

「ほう……」

「しかも、二度目は、エイミアに向かって放たれた緊縛呪を、コロが吸い取ったのでございます」

「む、むう……」

「そうよね? エイミア」

「……、……」

エイミアは俺を抱いたまま、黙ってうなずく。


「コロは、緊縛呪を吸い取り、その上、バロールの顔をひっかきました。……と言うことは、緊縛呪が本当に効かなかったのは、コロなのでございます」

「……、……」

「私共も、コロに魔術が効かないなんて思いもしなかったのです。バロール討伐に連れて行ったのも、エイミアが戦いを怖がるので、不安を解消するためでございます」

「……、……」

デニス国王は、驚きの表情のまま俺を見ている。

 ヘレンもアイラも、俺をじっと見つめている。





「国王陛下……。これをご覧下さい」

ヘレンは、俺の首輪に手をかけ、暗黒オーブを覆っている布袋を外した。


「おおっ……! 光っておる。オーブがこれほど光るとは……」

デニス国王は、光る暗黒オーブを見て絶句した。

 ブランが言っていたが、バロールが所持していたときには、こんなことはなかったようだ。

 それに、デニス国王の裁きのオーブも、鮮やかに輝いてはいるものの光を発してはいない。


「国王陛下……。さらに驚かせるようなことを申しますことをお許し下さい」

「さらに……、だと?」

「コロは、緊縛呪を発動したのでございます」

「な……、何だとっ!」

「私とアイラは現場を見ておりませんが、暗黒オーブを奪いに来た賊に向け、緊縛呪を発動したようでございます。ね……、エイミア?」

「……、……」

驚愕するデニス国王は、確認するようにエイミアの方を見る。


「こ……、国王様。こ……、コロは私を助けてくれました。わ……、私を羽交い締めにしていた男の人は、き……、緊縛呪で動けなくなりました」

「……、……」

エイミアは、たどたどしくデニス国王に説明をする。

 しかし、デニス国王は、エイミアの口調など気にもならないのか、目を見開き、俺とエイミアを交互に見つめるのだった。





「し……、しばし待て。あまりに驚き過ぎて、目が回りそうじゃわい」

「……、……」

デニス国王は、玉座から乗り出していた状態を背もたれに預けた。

 そして、少し、遠くを見つめるような目つきになる。


「ふむ……、そう言うことか」

デニス国王は、しばしの沈黙の後、再び身を乗り出し言葉を続けた。


「つまり、そのコロがどういうわけか一役買い、バロール討伐に貢献したのだな。その上、暗黒オーブを使うことが出来たと言うわけか。その方達が言いたいことは、そう言うことじゃな?」

「仰せの通りでございます」

「ヘレン……、確かに人払いして良かったかもしれんのう。これは外に漏らすわけにはいかん」

「……、……」

「道理で先ほどから裁きのオーブがささやくわけじゃ。裁きのオーブは、暗黒オーブの心配をしておる」

「ささやく……? 国王陛下……、オーブとはささやくものなのでしょうか?」

「うむ……。オーブは、オーブが必要と判断したとき、オーブを使える者に心の中でささやくのじゃ。ただ……、猫にささやくのかは、わしには分からんがのう」

「……、……」

「裁きのオーブは、割とハッキリとした言葉でわしに伝えて来るからのう。それをコロが理解できるとも思えんが……」

デニス国王は手を伸ばし、エイミアに抱かれている俺をなでる。


「そのことで、もう一つ国王陛下に申し上げねばならぬことがあります」

「むう……。まだ、何かあるのか?」

「そのコロなのですが、どうも、中の魂が入れ替わっているようなのでございます」

「ど、どういうことか?」

「私は、占いを生業にしておりますので、いささか霊感のようなものがございます。ですので、魂の色が見えるのです」

「うむ……」

「私はハッキリと見ました。コロの中の魂が入れ替わるのを……。おっとりとした肌色の魂から、一瞬にして、深い嘆きに包まれた漆黒の魂になるところを……」

「……、……」

「そして、肌色の魂から漆黒の魂になる直前に、暗黒オーブは光りだしたのでございます」

「……、……」





 デニス国王は、俺を見つめながら、身じろぎもしなかった。

 ヘレンもアイラも、沈黙を守り、誰も言葉を発しようとはしない。


 どのくらい沈黙が続いたのだろう?

 そして、俺はどのくらいデニス国王に見つめられていたのだろう?


 デニス国王は、意を決したように俺から目を離すと、ようやく沈黙を破った。


「ヘレン…、申し訳ないが、わしにはコロのことは良く分からん」

「……、……」

「猫がオーブを使えると言うのも、まだ信じられん」

「……、……」

「だがな……、そんなわしが一つだけしてやれることがある。それは、裁きのオーブのささやきを、そなた達に伝えることじゃ」

「……、……」

「裁きのオーブはこうささやいておる。暗黒オーブをコロから引き離してはならぬ……、と」

「……、……」

「暗黒オーブが光るのは、オーブがコロを強く求めるからじゃ。暗黒オーブは、コロを必要としておる」

「……、……」

「それから、裁きのオーブはこうもささやいておる。暗黒オーブを王宮に置いてはならぬ……、と」

「……、……」

「王宮に置けば、必ずやコロに災いが降りかかると言っておる。その災いは、王宮を乱し、ロマーリア王国全土を呑み込むであろう……、と」

「……、……」

「裁きのオーブはさらにささやいておる。その方達は、コロの側から離れてはならぬ……、と」

「……、……」

「コロは、まだ暗黒オーブについて良く知らぬ。だから、その方達が補佐し、オーブについて学ばせてやってくれ……、と」

「……、……」

「わしに言えることはこれだけじゃ」

「……、……」

デニス国王は、厳かに裁きのオーブの言葉を伝え終えると、三人に向かってうなずいて見せた。

 その表情は、柔和な中にも何処か翳りがあるように俺には感じた。

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