第15話 謁見

「陛下……。ホロン村、武闘家アイラ、薬屋エイミア、占い師ヘレンを連れて参りました」

アリストスの甲高い声が、だだっ広い一室に響く。


「ご苦労……。陛下はお待ちかねであったぞ」

玉座のすぐ側に立つ、チョビ髭の老紳士が、重々しく言う。

 この老紳士は、恐らく大臣や宰相といった地位の人間に違いない。

 老人にしては背が高く、ガッチリした体型なので、元は武人であったのだろう。

 頭部は禿げ上がり、両サイドに少しだけ白髪が残っているのみだ。


 謁見の間には、俺達の他には、アリストスとチョビ髭の老人、そして、玉座に座った人物しかいなかった。

 これはエイミアへの配慮で、アリストスが手配してくれたのだ。


 ただ、広間の彼方に玉座があり、謁見者はそこには近づけない。

 この光景の感じからすると、通常なら謁見者と玉座の間には貴族達が立ち並び、重々しく謁見は執り行われるのだろう。

 つまり、今回の謁見は、普通では考えられないような配慮がなされていると考えて良さそうだった。


「占い師ヘレン……、陛下にバロール討伐の報告をせよ」

老紳士は、厳かに促した。

 

「恐れながら申し上げます」

ヘレンは跪いたまま話し始める。

 エイミアは、不安そうにそれを見守り、バスケットから顔を出している俺の頭をなでた。





「何っ、すると、おぬしはバロールが捕まることを予言していたと言うのか?」

「はい……、ルメール宰相様。ですので、バロールは逆上して私を捕らえたのございます」

「ふむ……、それをアイラとエイミアが救ったと言うわけか」

「はい……」

エイミアは、差し障りのない範囲で経緯を説明した。

 一昨日、馬車の中で言っていたような、暗黒オーブと関連したことは一切言わずに……。


「それにしても、暗黒オーブの魔術に打ち勝つとは、アイラはどのような戦術をとったのだ? まさか、普通に対峙して勝てるとも思えぬが……」

「アイラには、オーブに対する知識があったのでございます」

「知識だと? 平民の武闘家が……、か」

「アイラは、今でこそ平民ですが、祖父はこのロマーリア王国の将軍でございます。シュレーディンガー家と言えば、宰相様も、国王陛下も御存知かと……」

「何っ! アイラ、その方、シュレーディンガー家の者か。エリックの孫だと申すのだな」

「はい……、聖剣を紛失した責任を取り、役目を退いた後に、自ら平民に身を落としたエリック=シュレーディンガーの孫でございます」

ヘレンの言葉に、ルメール宰相は、大仰に驚いていた。

 玉座の人物も、わずかに身を乗り出している。


 ……って言うか、俺もビックリだ。

 アイラの尋常ではない強さはそういうことだったのか。

 まさか、一国の将軍の孫とは……。





「アイラとやら……」

突然、玉座の人物が口を開いた。


「そなたの父は、未だ帰らぬのか?」

決して大きい声ではないが、玉座の人物は通る声でアイラに尋ねた。


「デニス国王陛下に申し上げます。父は、五年前に一度帰宅したきり、消息不明にございます」

「そうか……。では、聖剣はまだ見つからぬのだな?」

「はい……」

「……、……」

デニス国王は、沈痛な表情でアイラを見つめた。


「そなたの祖父、エリックは古今無双の将軍であった。それを、まだ王位に就かぬわしが、聖剣を貸し出せと言ったばかりに盗まれたのだ。決して、エリックの責ではない、わしが悪かったのだ」

「……、……」

「エリックの死後、そなたの父ジェラルドには、王宮に仕えることを薦めたのだが断れてのう……。聖剣を取り戻すまでは、わしと国民に償いができんと……」

「……、……」

「アイラ……、さぞかし、その方はわしを恨んでおろう?」

「いえ……」

「……、……」

「あたしは、いつの日か、父が聖剣を持ち帰ることを信じております」

「そうか……」

「……、……」

「それにしても、シュレーディンガー家の人間は、何故にこうも武勇に優れるのだ? そなたも祖父や父に手ほどきを受けたのか?」

「はい……。幼き頃より山にこもり、猛獣を相手に腕を磨いておりました」

「そうか……。女の身なのに、シュレーディンガーの武勇を継いだのか。此度の働きもうなずけるのう……」

「……、……」

デニス国王は、アイラに訥々と語りかけた。

 そして、アイラもいつになく神妙に答えるのだった。


 デニス王は、慈しみに溢れた表情で、アイラを見ていた。

 国王なんて言うと、やたらと偉そうな人物を想像するが、この人は決してそんなことはない。

 俺が人間だった世界では、人の上に立つ人物と言えば欲と権力に塗れた俗物ばかりだったが、デニス王は露ほどもそんなことを感じさせない清廉潔白さがある。

 デニス王が頂く王冠の額部分には、白銀に輝く宝石が埋め込まれており、その輝きが、人柄とともに王の威厳と言うものを俺に感じさせていた。


「陛下……。話は尽きないと思われますが、そろそろ本題に参りましょう」

「うむ……」

ルメール宰相は、感慨にふけるデニス王を現実に引き戻した。


「ヘレン……、バロール討伐の子細は分かった。それでは、本題に入らせてもらおう」

「はい……」

「暗黒オーブを、引き渡してもらいたい」

「……、……」

「どうした? その方ら、暗黒オーブを持参したのではないのか?」

「ルメール宰相様、恐れながら申し上げます」

「何だ? 申せ」

「暗黒オーブにつきましては、国家の行方を左右するほどの大事だと存じます。ですので、お渡しいたしますことに異存はございません」

「うむ……」

「ですが、シュレーディンガー家を襲ったような悲劇が起らないとも限りませんから、私共から、国王陛下へ直にお渡ししたいのです。それも、ごく内密に……」

「つまり、人払いをせよと申すのか? 宰相のこのルメールも信用できんと申すのかっ!」

「ルメール宰相様やアリストス親衛隊長様が信用できないと申しているのではありません。しかしながら、ことは国の大事です。細心の注意をして、し尽くすくらいで丁度良いのではないでしょうか?」

「……、……」

「今は平民とは言えども、アイラは国王陛下に絶対の忠誠を誓う身です。シュレーディンガー家の末裔として、万が一にも陛下を危うくするようなことはございません。シュレーディンガー家の忠義に免じて、何卒、この不躾な申し出をお聞きとどけ下さい」

なるほど……。

 ヘレンは、馬車で言っていた通り、デニス国王に子細を話す気はあるようだ。

 しかし、それは国王にだけ話し、他へ一切情報を出さないと言うことなのだ。


 俺は、おぼろげながらヘレンの意図が分かってきた。

 ヘレンはきっと、アイラのお祖父さんのオーブが盗まれたのは、このロマーリア王国の王宮内部に犯人がいると思っているのだ。

 今回の暗黒オーブについても、同じようなことが起るに違いないと見通しているのだろう。

 だから、国王にだけ話し、最善の策を導き出すつもりなのだ。

 また、国王にだけ話すことで、俺とエイミア……、暗黒オーブと俺が、引き離されないように便宜をはかってもらおうと言うのだろう。


「ルメール……。ヘレンとか言う者の申し分、一理あるのう」

「へ、陛下っ!!」

「心配するでない。わしの王冠に付いているオーブは、裁きのオーブ……。王冠を頂いたわしが、物事の判断を誤ったことがあるか?」

「そ、それは……」

「裁きのオーブは、そのヘレンの申し分を受けよとささやいておる。わしを信じて、引き下がってはくれぬかのう?」

「ははっ! 陛下がそこまで仰せられるのであれば、このルメール退出することにいたします」

ルメールは、デニス国王に深々と礼をすると、足早に扉に向かった。

 アリストスは、それを見て慌てたように一礼すると、後に続いた。


「ヘレンとやら……、これで良いのか?」

「国王陛下のご厚情に、感謝申し上げます」

「そうか、では、もそっと近くに寄れ。せっかく人払いしたのだからのう……」

「はい……、仰せのままに……」

「アイラも、もう一人の者もだ。そこでは内密な話ができん」

「……、……」

デニス国王は、自分の孫に語りかけるように、近寄るよう促した。

 その表情はどこまでも柔和で、俺には長年国を治めてきた人物のそれとは思えなかった。

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