第11話 拡がる波紋

「ぐっ、くくっ……」

エイミアを拘束している男は、苦悶の表情を浮かべた。

 漆黒の球は吸い込まれるように男に命中し、男は凍り付いたように動きを止めた。


「な、何だ……?」

ブランが、漆黒の球が自身の横を通り過ぎ、男に直撃したのを見て驚きの表情を浮かべる。


 驚いているのは、緊縛呪を放った俺自身も同じだ。

 まさか、俺が魔術を使うとは……。

 バロールは呪文を唱えて緊縛呪を使っていたので、猫の鳴き声しか発せられない俺が発動させられるとはまったく思わなかったのだ。


 それに、暗黒オーブが、語りかけるとは……。

 大体、暗黒オーブって、何なんだ?

 本当に意志を持っているとでも言うのか?


「お嬢さん……、もう大丈夫みたいだよ」

「……、……」

ブランがエイミアに走り寄ると、拘束していた男の手を引きはがしながら言った。

 男は、驚いて目をむいた表情で固まっており、ブランのなすがままだ。


 俺は、靴屋の床下から出た。

 エイミアがほっとしたような表情を浮かべているのが見える。


「ぶ……、ブランさん。あ……、ありがとうございます」

「いや……。とんだことに巻き込まれちまったね。それに、君を助けたのは俺じゃない」

「……、……」

「あれは、緊縛呪だ。俺はバロールが使うのを何度も見たから、間違いない」

「も……、もしかして、こ……、コロが助けてくれたんでしょうか?」

「そうだろうな。俺も確信はないが、そうとしか思えん」

エイミアは、首筋が痛むのか、しきりとそこをさすっている。


「あっ、コロ……。ありがとう、また助けてもらって……」

俺が側に寄ると、エイミアは俺を抱き上げた。

 いつものように、頬ずりもしてくれる。


「光ってるな。暗黒オーブがこんなことになっているのは初めて見た」

「そ……、そうなんですか? へ……、ヘレンの話では、コロと暗黒オーブは繋がりがありそうだと」

「そうかもしれん。俺はオーブについて詳しいわけではないが、これは明らかに何かあるな」

「……、……」

エイミアとブランは、俺を見つめている。


 だが、俺には暗黒オーブのことなんかより、エイミアが無事な方が嬉しい。

 暗黒オーブはエイミアを助けてくれたが、元はと言えば、危険を呼び寄せたのは暗黒オーブのせいだし……。


 それはそうと……。

 そろそろ、朝ご飯が食べたいな。


 エイミアの腕の中で、一応、事が解決したせいか、俺は結構のんきなことを考えていた。





「……で、助かったってわけか」

アイラは、さもおかしそうに笑った。

 エイミアが、ダーツ三兄弟が襲ってきた事件を話したのだ。


 アイラは、結局、昼過ぎに帰ってきた。

 一睡もしていないはずなのに、いつものように生気に溢れている。


「それにしても、こいつがねえ……」

アイラは、俺の腹をなでながら言う。


「こ……、コロがいなかったら、い……、今頃どうなっていたか分からないわ」

「そっか……。なんか、コロにもブランにも世話をかけたな。ありがとな」

いつもは粗野な物言いをするアイラだが、感謝の言葉を述べる時には、優しい口調になる。

 そんなアイラを見ると、いくら強くても、やはり、女の子なんだと認識せざるを得ない。

 まあ、尋常一様な女の子ではないが……。


 ブランは、今、定食屋のオバサンの手伝いをしている。

 泊めてもらっているせいか、かいがいしく働いているようだ。

 人相風体はいかめしいが、結構、義理堅い性格なのかもしれない。


 ヘレンは、今日も広場で朝市に参加している。

 ……とは言っても、今の時間は瞑想中に違いない。

 エイミアがダーツ三兄弟に拘束された時には、

「今日のエイミアは、占いで災いが降りかかるような卦は出ていないわ」

と、平然と見送ったと言うし、ヘレンだけは何を考えているのか分からない。


 ただ、俺が緊縛呪を使ったことを知ると、深刻そうな顔で、

「これから、大変なことになるわ……」

と呟いていたが。


 何か分かっているのなら、皆に教えてくれよ……。

 と、俺なんかは思うのだが。





「ところで、なんで、そのダーツ三兄弟がここにいるんだ?」

アイラは、訝しげにエイミアに尋ねた。

 店のソファーに座ったダーツ三兄弟は、バツが悪いのか、三人とも照れ笑いをしている。


「あ……、あのまま放っておいたら、あ……、朝市の邪魔になるから」

「だからと言って、連れて来なくたって良いだろう?」

「しゅ……、シュールの薬を飲まなかったら、き……、緊縛呪が解けないでしょう?」

「まあ、それはそうだけど、こいつ、エイミアを脅した奴なんだろう?」

「え……、ええ」

「そう言うところがエイミアの良いところではあるけど、あまりにお人好し過ぎるのも考えものだな。まあ、あたしが帰ってきたからには、何もさせないけどな」

アイラがそう言い、ちらっとダーツ三兄弟を見る。


「い、いや……、もう、凝りたっすよ。身体も治ったんで、そろそろおいとましまさあ」

「このまま、無事に帰れると思っているのか?」

「えっ……?」

「ふんっ、冗談だよ。何処へでも行きな。ただ、言っておくが、バロール一家はもう壊滅したからな。一家の奴を頼ろうとしたって無駄だから」

「か、壊滅っすか?」

「ああ……。バロールを奪還しようとした奴らを、全部、牢にぶち込んできた。人数が多かったんで、馬車に入りきらなくて大変だったよ。おかげで、街の牢屋まで三往復もしちまった」

「……、……」

「おまえらはこっちに来てて助かったな。バロール奪還に加わっていたら、間違いなく、今頃牢の中だからな」

「へ、へへへ……。助かりやした」

ば、馬車で三往復……。

 一体、何人倒したんだ?

 エイミアは、アイラの武勇には慣れているのか、ニコニコしながら聞いている。


「そ、それじゃあ、あっしら、失礼いたしやす」

「もう、暗黒オーブを狙おうなんて気を起こすんじゃねーぞ」

「へ、へい……」

「それと、コロが緊縛呪を使ったことも、絶対秘密だっ! もし何処かに漏れたら、そのときは分かっているな?」

「へ、へい……」

「行けっ!」

アイラが一声かけると、ダーツ三兄弟はバネ仕掛けの人形のように立ち上がり、そそくさと店から出て行った。





「だけどさあ……、エイミア」

「は……、はい?」

「コロが暗黒オーブを使えるとなると、かなり厄介なことになりそうだぞ」

「……、……」

ダーツ三兄弟を笑って見送っていたアイラが、急に真顔になって言った。


「実は、バロールを引き渡すときに、警備兵の偉い奴が言っていたんだ。暗黒オーブも引き渡せ……、ってな」

「お……、オーブを?」

「ああ……。誰の手に渡るか分からないから、ってさ。まあ、言い分は分かるんだ。バロールみたいな悪党の手に渡ったらまずいし……」

「ほ……、他にも、ば……、バロールみたいな人がいるのかしら?」

「うん……、いくらでもいるだろうな。それに、下手すると、他国が狙ってくるかもしれない」

「た……、確かにそうね」

「今、王国は戦争中だからな。敵の手に渡ったら、軍事バランスが崩れちまう」

「……、……」

「一個小隊を簡単に撃退したらしいからな……、バロールは。もしかすると、王国も欲しがるかもしれん」

「……、……」

「暗黒オーブだけなら使える奴がいなければ大丈夫かもしれないが、コロが使えるとなると……」

「……、……」

「だが……」

そこまで言うと、アイラは言葉を切った。

 そして、いつになく沈痛な表情で、俺を見る。


「近日……、王宮から使者が来るそうだ。暗黒オーブを引き取りにな。それまでは、極力オーブを目立たせないようにしよう」

「う……、うん」

「コロには可哀想だが、散歩もなしだ。あと、オーブを布袋かなんかで覆っておいた方が良い」

「そ……、そうね。か……、勝手口も閉めておくわ」

「それと、コロが暗黒オーブを使えたことは、絶対に秘密だ。ダーツ三兄弟にも念押しをしておいたから、とりあえず他に漏れる心配はない」

「……、……」

「コロ……、お前はどうしたい? 暗黒オーブはお前に必要か?」

俺に尋ねるようにアイラは言うと、また、俺の腹をなでるのだった。


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