第12話 王宮からの使者

 夕食を食べ、エイミアに洗ってもらい、身体はすっきりした。

 ただ、俺の心は晴れなかった。


 アイラの言ったことが気になっていたのだ。

 おそらく、ヘレンも同じ危惧を持っているのだろう。


 俺は、争い事が嫌いだ。

 出来れば、のほほんと猫の生活を満喫したい。

 だから、暗黒オーブ自体はともかく、魔術なんか使えるようになりたいとはこれっぽっちも思わない。

 なくて支障がないのなら、暗黒オーブなんて誰かにあげてしまいたいくらいだ。


 しかし、暗黒オーブが俺の身から離れれば、支障は出るだろう。

 この猫の生活が続けられない恐れは大きいと考えなくてはならない。

 今、俺がこの生活をしているのは、暗黒オーブによって導かれた可能性が高いからだ。


 猫の身体を離れて……。

 エイミアと別れて、人間の身体に戻るのは嫌だ。

 俺は、あの世界では死んだ方がましだと思っていたのだから……。


 もし、暗黒オーブが俺を見放したり、何らかの理由で引き離されたりしたらどうなってしまうのか?

 暗黒オーブがどういう物かも知らない俺が、色々と考えてみても始まらないのは分かっている。

 だが、それでも、恐れにも似た気持ちを抱きつつ、カウンターのいつもの場所で俺は考え続けるのだった。





 アイラは、

「暗黒オーブを引き渡すまでは危ないから……」

と、言って、薬屋に泊まり込んでいた。

 村の外れに武闘道場兼自宅があるのだが、何かあったときに側にいないと対応出来ないからだ。


 ……とは言っても、昨夜一睡もせず、今日も戦い通しだったアイラはさすがに疲弊していて、夕食を食べるとすぐに寝てしまったが……。


 ヘレンも、何故か泊まり込んでいた。

 昨日と同じように、店のソファーで瞑想をしている。

 いつもなら、夜の店は俺独りの場所となるのに、今日はヘレンがいて何となく勝手が違う。


 それにしても、ヘレンはいつ寝ているのだろう?

 瞑想中に寝ているのかもしれないが、寝息を立てているところを見たことがない。

 

 そう言えば、俺はヘレンが占いをしているのも見たことがない。

 俺のイメージだと、占いをするには何かカードや水晶玉のような道具を使う気がするのだが、その類の物は持ち歩いていないし、使ってもいないようだ。

 占いの信憑性は確かっぽいが、どうやって占っているのかについては、俺には謎でしかなかった。





「薬屋のエイミア、並びに、武闘家のアイラはいるか?」

店の扉が、ドンドンと叩かれたあと、大声が響いた。

 この大声では、近所中に響いていることだろう。


 エイミアは薬草作りを先ほど終え、就寝したばかりだ。

 緊縛呪への度々の対応で、シュールの薬の在庫が少なくなっていたせいだ。

 エイミアは、どんなに疲れていても、薬の在庫を切らすことがない。


「はい……、只今、お開けいたしますので、少々、お待ち下さい」

ヘレンは、落ち着いた口調で応対すると、扉を開けた。


「その方がエイミアか?」

「いえ……、エイミアの友人、占い師のヘレンと申します」

尋ねたのは、学生服のような黒い詰め襟の制服を着て、腰に剣を帯びている男だった。

 男の後ろには、同じような制服を着た男達が並んでいる。

 パッと見、20人ほども並んでいるだろうか。


「では、エイミアとアイラを出してもらおう」

「あの……、失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「我々は、ロモス街の警備隊の者だ。警備総長の命により、暗黒オーブを受け取りに参った」

「警備隊の皆様でしたか。深夜にご苦労さまでございます。只今、起こして参りますので、しばしお待ち下さいませ」

「うむ……」

「それと、ご近所の皆様は寝ておられますので、何卒、お静かにお願いいたします」

ヘレンは丁重に挨拶をすると、店の奥に入っていった。


 どうも、ヘレンはこうなることを予測していたようだ。

 だから、今日も店のソファーに座っていたのだろう。

 エイミアとアイラを、少しでも寝かせておいてあげたいと言う配慮もあったに違いない。


「お……、お待たせいたしました。く……、薬屋のエイミアでございます」

「昨日はご苦労様……」

二人は、それぞれ挨拶をした。

 ただ、アイラは扉の向こうを覗いて、不満そうな顔をしている。


「では、暗黒オーブを引き渡してもらおう」

「……、……」

「どうした? 早くせぬかっ!」

「渡せないね」

「な、何っ!」

「あんた達、昨日、あたしが言ったことを聞いてなかったみたいだね」

アイラは、警備兵の要求を突っぱねた。

 右手には、すでに手甲が装着されており、一歩も引く気がないようだ。


「アイラ、その方、警備総長の命に逆らうのか?」

「逆らうわけじゃないよ。だけど、今は、渡せない」

「何故だっ!」

「あんた達、何人で来た?」

「二個分隊だ」

「少ないね。そんなんじゃ、危なくて渡せない。出直してきな」

「な、何おっ!」

「言っただろう? 暗黒オーブを持ったバロールは、一個小隊を軽く追い払ったんだ。あたしは、そのバロールを打ち負かした。ってことは、もし、暗黒オーブを狙う奴がいたら、それ以上の戦力で襲ってくるに決まってる。二個小隊……、いや、一個中隊以上じゃなきゃ、暗黒オーブを引き渡すわけにはいかない」

「き、貴様っ! 精鋭揃いの、我がロモス街警備兵を愚弄するつもりかっ!」

「ふんっ……、精鋭が聞いて呆れるよ。昨日だって、あたしがいなきゃ、バロール一家でさえ捕まえられなかったじゃないか」

アイラにピシッと言い据えられて、警備兵は次の言葉が出てこなかった。

 しかし、顔を朱に染め、肩を怒らせている。


「もし、どうしても今、引き渡せって言うのなら、あたしが警備するに足りるか試してやる。全員、まとめて相手をしてやるから、表に出なっ!」

「おまえが強いのは知っておる。だが、我ら警備兵にとって、警備総長の言葉は絶対だっ。敵わぬまでも、命を全うして倒れるなら本望よ」

「ふふっ……。そう言うの、嫌いじゃないよ。だけど、これは一つ間違えると国が引っ繰り返る話だ。こっちも引けないね」

「分かった。では、ロモス街警備隊の名誉に懸けて戦う。アイラ、勝負だっ!」

両者は、お互いに引かなかった。


 アイラの言い分には筋が通っている。

 傍で聞いている俺でも、もっともな気がするし……。

 だが、警備兵にもメンツがあり、引くに引けないのだろう。


 俺には、ここで争うことにあまり意味があるとは思えなかったが、両者の言い分は真っ向から対立している。

 そして、両者が言い分を通すために、薬屋から出て行った。





「さあ、夜も更けてることだし、さっさと掛かってきなっ!」

アイラは、両手をだらんと下げると、ステップを踏み始めた。


「囲めっ! 相手は一人、臆するなっ!」

警備隊は、指示通りアイラを円形に取り囲み、全兵が剣を抜く。


 その時だった……。


「待てっ! 双方とも引けっ!」

少し甲高い男性の声が、夜の静寂に響く。

 声の方を見ると、騎兵が一騎、こちらに向かって駆けてくる。


「我は、王宮親衛隊、一番隊隊長アリストスだっ! アイラ殿、ロモス警備隊、双方とも矛を収められよっ!」

「お、王宮親衛隊……?」

「我は、王命により、アイラ殿への使者として参った。この場で無益な戦いをすることはまかりならんっ!」

「……、……」

「ロモス警備隊は、我の指示があるまで整列して待機っ! アイラ殿には使者としての用向きを伝え、王命に従ってもらう。双方、異存はないなっ?」

「……、……」

馬上から高らかに宣言すると、アリストスと名乗った男は、憮然とするアイラを見下ろした。


 そして、ややオーバーアクション気味に馬から飛び降りると、

「アイラ殿、お初にお目に掛かる……」

と、礼をしながらキザっぽく挨拶をした。


 アイラは、うさん臭い物でも見たような表情で、ただアリストスを見つめているだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る