第10話 覚醒

 ブランって強かったんだな……。

 昨日、一方的にアイラに敗れたのを見ていたので、俺は考え違いをしていたのかもしれない。

 ダーツ三兄弟がヘタレなだけかもしれないが、それにしても、明らかに力量差を感じさせるブランの戦いぶりであった。

 確かに、あの感じだとバロール一家では抜けた存在だったのだろう。

 戦いに臨む時の冷静な目差しに、数々の戦場をくぐり抜けてきた経験がにじみ出ている。


 ……と言うことは、アイラはどれだけ強いんだと言う話だ。

 エイミアは、アイラが武闘を教えて生計を立てていると言っていたが、もしかするとそんな生やさしいレベルの力量ではないのかもしれない。


 しかし、まだ15、6歳の少女が、歴戦の兵を手玉にとってしまうなんて、俺の常識では考えられない。

 そもそも、どんな経験を積めばあんな化物じみた強さが手にはいるのか、想像もつかない。

 アイラはパワー、スピード、テクニック、経験……、すべての面でブランに優っていた。

 それでなくては、手玉に取るような芸当は不可能なのだ。

 しかも、手加減をして……。


 アイラがバロールを護送しているようだが、一人で行ったのはエイミアとヘレンが一緒に行くと危ないからだろう。

 暗黒オーブを取り返しに来た奴がいるくらいだから、当然、バロール奪還にも人が動いていると考えて良い。

 アイラも、その可能性は考慮にいれているはずだ。

 バロール一家が何人いるか知らないが、アイラ一人なら問題なく返り討ちにする自信があるに違いない。





 ブランは、脇腹を押さえている男を見下ろし、

「大丈夫か……」

と、言った。


 ……って言うか、あんたがやったんだから大丈夫なわけがないでしょ。

 俺は、内心でツッコミを入れる。


「ブランっ! これを見ろっ!」

静寂を破り、野太い声がした。

 不意に呼ばれたブランは、声の方へ振り返る。


「この女が、どうなっても良いのか?」

「……、……」

「俺は本気だぞっ! 本気でこの女を殺すぞっ!」

「……、……」

叫んでいるのは、さっき逃げたダーツ三兄弟の長男だ。

 長男は、刀をエイミアの胴に突きつけていた。

 首に巻き付いた腕が乱暴にエイミアを揺さぶり、エイミアは苦悶の表情を浮かべている。


「さっき、言っていたよな……。この女に親切にされたって。その恩ある女が死んでも良いのか?」

「……、……」

「死なせたくなかったら、ブラン、おまえが暗黒オーブを探して持ってこい。持ってきたら、女と引き替えにしてやるぞっ」

「……、……」

ブランは何も答えない。

 黙って長男をにらみ据えたままだ。


 そう言えば、バロールも、昨日、同じようにヘレンを盾にした。

 この悪党どもは、心底腐っている。

 親分がクズなら、子分もやはりクズだ。


「おらっ、暗黒オーブを探して来いって言っているのが分からねーか?」

「猫はどっちに逃げたんだ? ただ探せって言ったって、探しようがないだろう」

「そんなこと知るかっ! 命令してるのは俺だ。口答えするなっ!」

「ふう……」

ブランは呆れたように肩をすくめると、仕方がなさそうに周囲を見渡した。

 エイミアは少しでも苦しさから逃れようともがくが、男の腕からは到底逃れることは出来ない。


「そのお嬢さんを手荒に扱うなよ。何かあったら、おまえらの命はないと思え……」

「うるせえっ!」

「それと、お嬢さんに聞くことがあるから、首に巻き付けた手を緩めてやってくれ。あの猫はその子の飼い猫だ。何処に行ったかは、お嬢さんに聞くのが一番早い」

「……、……」

「そう……。お嬢さんももがかなくて良い。きっと俺が何とかしてやる」

「おらっ、首から手は離したぞっ! さっさと猫が何処に行ったか聞きやがれっ!」

男は、首に巻き付けていた腕をエイミアの胴に廻し、今度は刀を喉元に突きつけた。


「お嬢さん……、猫が何処に行ったか、心当たりはないか?」

「わ……、分からないです。で……、でも、こ……、コロは広場で昼寝をするのが好きなので、き……、きっと広場の方だとおもいます」

エイミアは、怖いのか声が震えている。


 ブランは黙ってうなずくと、きびすを返し広場に向かって歩み始めた。





 俺は迷っていた。


 あんな悪党どもに暗黒オーブを渡したくはないが、このままではエイミアが危ない。

 あのダーツ三兄弟の長男は、本気だ。

 それに、ああいう奴は逆上したら何をしでかすか分からない。

 卑劣だとは思うし、渡すのは悔しいが、何よりもエイミアの無事が一番大事だ。


 オーブを渡したあとに、あいつらがエイミアに危害を加える可能性は少なそうだ。

 ブランもエイミアの無事を第一に考えてくれているから。

 もし、エイミアの身に何かあったら、確かに奴らの命はないだろう。


 ……と言うことはだ。

 とりあえず、俺が出て行きさえすれば良いのか?

 

 いや……、待てよ。

 オーブを渡して、奴らがエイミアを放す保証が何処にある?

 エイミアを放してしまえば、当然、ブランはオーブを奪還するに違いない。

 ブランがどうするかは分からないが、悪党どもならそう考えるんじゃないだろうか?


 だとしたら、オーブを渡しても、意味はないじゃないか。

 かと言って、このまま俺が逃げ続けても、事態は変わらない。

 たとえアイラが戻ってきたとしても、状況は好転しないし……。


 うっ……、エイミア。

 ごめんよ……、巻き込んでしまって。

 俺には何もしてやれない。

 それに、俺はどうしていいのかさえ分からない。


 どうしたら……?

 クソっ、俺が捕まって済むのなら、いくらでもエイミアの代わりになってやるのに……。


 俺は頭を高速で働かせた。

 しかし、堂々巡りで、良い知恵は浮かばない。

 感情だけが昂ぶるが、それでは何も解決しない。





「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

突然、俺の頭の中に、聞き覚えのあるフレーズが響き渡った。


 こ、これは、女の声だ。

 何処か懐かしいような気もする声だが、聞き覚えがあるわけではない。

 それに、何て悲しそうに響く声なんだ。

 女の深い悲しみが、俺の心を揺さぶる。


「……、精霊の意志によりて、緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

お、オーブか?

 暗黒オーブ自らが、俺の中で緊縛呪を唱えているのか?


 俺の疑問が頭の中で形を成す前に、身体全体が震えに襲われる。

 何かが身体の中で膨れている。

 そして、膨れたものは、一瞬で俺の体内をいっぱいに満たし、破裂せんばかりに体外に出ようとしている。


「ニャっ!」

体内で膨れたものが拡がる違和感に抗しきれず、俺は思わず鳴き声を漏らした。

 同時に、尻尾が激しく揺さぶられる。


 それが合図だったかのように、膨れたものは尻尾の先から体外に出た。

 体外に出たものは、煙状の闇だ。

 闇は、みるみるうちに俺の目の前で漆黒の球になっていく。


「行けっ!」

俺は、心の中で叫んだ。


 漆黒の球は俺から離れ、卑劣な男めがけて、地を駆けて行った。


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