第9話 傭兵の献身

「きゃっ……」

店の扉を開けたエイミアが、何者かに突き飛ばされた。


「おっと……、ごめんよ、お嬢ちゃん」

「あ……、あの、何の御用でしょう?」

「用? 俺達は暗黒オーブをもらいにきたんだ。大人しく渡せば何もしないから、素直に出してくれるかい?」

「あ……、暗黒オーブを?」

「俺達は、バロール様の舎弟よ。武闘家の女が留守なのは分かってる。あんたと占い師だけじゃ、抵抗しても無駄だぞ」

「……、……」

エイミアを脅した男を先頭に、三人の男が薬屋に入ってきた。

 男達は、太った身体にポンチョのようなものを羽織り、三人とも同じように無精ヒゲを生やしている。

 腰に下げた幅広の刀が、いかにもならず者っぽい雰囲気を醸し出していた。


「あなた達、暗黒オーブなんか追っかけていないで、大人しく帰った方がいいわよ」

「な、何っ!」

「このままだと、あなた達もバロールと同じ運命よ。私の占いが当ったことは、知っているでしょう?」

「う、うるせえっ! 俺達は暗黒オーブを手に入れて、バロール様を救出に行くんだ。うだうだ言ってると、痛い目を見せるぞっ!」

ヘレンが冷静に諭すが、バロールの子分達はいきり立つだけで話など聞きはしない。


「そう……。だったら、止めないわ。そこの猫の首輪に繋がっているから、欲しければ持って行きなさい」

「へ……、ヘレン。わ……、渡しちゃっても良いの?」

「だって、仕方がないでしょ。確かに、私とエイミアだけじゃ、抵抗しても無駄だもの」

「……、……」

「それに、私には分かるの。暗黒オーブはコロから離れない。離れたくないという、暗黒オーブの意志を感じるわ」

「……、……」

ヘレンに促され、男達は一斉に俺を見た。

 ……って言うか、男に見つめられても嬉しくない。


「おい、オーブが光ってるじゃねーか? こんなの見たことねーぞ」

「そうだな。バロール様が持っていたときは、つやつやしてただけだったな」

男達が、驚きの表情を浮かべながら、俺に近づいてくる。


「ニャーゴっ!!」

「お、おい……、逃げたぞ!」

「追えっ、逃がすな!」

ヘレンは、男達に欲しければ持っていけと言ったけど、俺は到底そんな気持ちにはなれなかった。

 バロールが世に放たれれば、また弱い者を泣かすのだろうし、暗黒オーブが悪事に加担するのを黙って見ているのも嫌だ。

 それに、さっきヘレンが言っていた、俺とオーブの繋がりについても気になるし……。


 大体、素直に渡して、この小悪党どもが大人しく帰って行くなんて保証もないだろう。

 バロールは、少女が泣きわめくのを見るのが好きな変態野郎だったのだから、子分だって推して知るべしだ。


 だから、俺は、少しでもエイミアとヘレンから悪党どもを引き離してやるつもりだ。

 まさか、猫が逃げたからと言って、素直に応じている二人にとがめが行くわけもないからな。

 たとえ捕まって暗黒オーブを取られてしまっても、二人の危険は少なくなるし……。

 アイラが帰ってくるまで逃げ切れれば、オーブだって無事で済む。


 俺は、奴等が開けっ放しにした店の扉から外に出て、広場に向かって走った。

 そして、広場の手前にある、靴屋の床下に逃げ込んだ。


「何処行きやがった?」

「クソっ……。すばしっこい奴め」

「おまえ、そっちを探せ」

「遠くに逃げちゃいねえぞ。近辺をしらみつぶしにあたるんだっ!」

悪党どもの声が、村内に騒々しく響きわたる。


 ふんっ……、生憎だな。

 俺は人間のときから逃げることに躊躇しないんだよ。

 おまえらなんかに、みすみす捕まってたまるか。

 猫だからって、なめるなよ!





「朝っぱらから騒々しいな」

悪党どもとは違う声が響いた。


 あれは、ブランの声だ。

 昨日、バロールの命令でアイラと決闘をし、一撃でのされた傭兵だ。

 エイミアの介抱で身体が回復し、すぐに村を出て行ったと思ったのだが……。


「ぶ、ブランの兄貴っ!」

「おう……。何だ、ダーツ三兄弟か。こんなところで何をしてる?」

「そ、それが……。バロール様が捕まっちまったんでさあ。おまけに、暗黒オーブまで持ち逃げされて……」

「な……、何っ、 バロールが負けたのか? そうか、アイラが倒したんだな」

「ええ……。あの武闘家の女、とんでもない奴でさあ」

「それで、何でおまえらがここにいる?」

「薬屋の娘と占い師の女が、暗黒オーブを持って行ったって情報が入ったんで、探しに来たんでさあ」

「……、……」

「占い師の女は大人しく渡すって言ったんっすけど、猫の首輪にオーブが付いていて、その猫が逃げ出したんっす」

「……で、探しているのか」

俺は、こっそり床下から顔を出し、話しているのを覗き見た。


「兄貴も手伝って下さいよ。バロール様が処刑でもされたら、バロール一家はお終いっす。暗黒オーブを手に入れなきゃ、俺達も終わりっすよ」

「……ん? 断る。もう、俺はバロール一家とは縁を切ったんでな」

「な、何ぃ! 裏切るつもりっすか?」

「裏切る? 何を言ってやがる。俺に見切りを付けたのは、バロールの方だろうが」「そ、それは……」

「昨日、おまえらに見捨てられたあと、俺はこの村の人に親切にしてもらったよ。薬屋のお嬢は手厚く介抱してくれるし、定食屋のオバサンは、行くところがなかったら当分ウチで泊まればいいとまで言ってくれた。縁もゆかりもない俺にな」

「……、……」

「そこまでしてもらっているのに、見切りを付けたバロールに義理立てするわけがあるまい」

「……、……」

「それに、バロールなんかに暗黒オーブを持たせるより、猫の首輪にしておく方がよっぽど世の中のためだ。こそ泥はこそ泥らしく、また日陰の身に戻れ」

「……、……」

ブランは、昨日もバロール一家には戻らないようなことを言ってはいた。

 そのときは、それがどの程度本気なのかは、分からなかった。


 しかし、どうやら本気でバロール一家と縁を切るらしい。

 冷静な口調が、かえってブランの本気を強調しているように感じる。


「もし、まだ暗黒オーブを狙うと言うのなら、俺が相手になってやるぞ」

「くっ、クソーっ」

逆上したダーツ三兄弟の一人が、突然、ブランに殴りかかった。

 こん棒のような太い腕が、ブランを襲う。


「ボグっ……」

鈍い音が響いた。


 しかし、倒れたのはブランではなく、殴りかかった男だった。

 いつの間にかブランの膝が、男の脇腹を捉えている。


「ぐ、ぐぐっ……」

苦しそうなうめき声を上げ、男は膝から崩れ落ちる。


「おまえら、俺に敵うとでも思っているのか? おまえらに武闘を教えていたのが誰か、忘れたのか?」

「くっ、クソーっ」

歯がみするように叫ぶと、三人の中の一人が逃げ出した。


「ふふっ……、弟達を置いて逃げるとはな。一番上の兄貴のくせして……」

「う、うるせえっ! 俺が弟のかたきをとってやる」

そう吠えるように言うと、残された男は、腰の刀を抜いた。


「俺は剣を抜かん。それが、かつての仲間への気遣いだと思えっ」

「な、なめやがってっ!!」

「どうした、かかって来ないのか?」

「……、……」

「暗黒オーブがなければ、バロールはただのこそ泥だ。おまえらも諦めろ」

「……、……」

「諦めれば、俺もおまえらを追ったりはしない」

「う、うるせえっ! おりゃーっ」

男は刀を振りかぶると、ブランに向かって撃ち下ろした。

 しかし、ブランは難なくそれを避けると、避けられて勢い余った男の首筋に手刀を打ち据えた。


「むっ……」

男の呟くような声が聞こえる。

 そして、ゆっくりと男の身体が崩れ去る。


 ブランは、戦闘不能になった二人にチラリと目をやると、

「俺はしばらくこの村にいる。かかってくるなら、死ぬ気で来い」

と、言い放った。

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