20210807_引いては寄せる

 寄せては返す波の縁に彼はいた。

「こんばんは」

「やあ、こんばんは。どうしたんだいこんな時間に」

 彼は月明かりに照らされ微笑んでいる。

「あなたに会いに来た」

「ふうん。物好きなんだね」

 そうやって笑う彼は半分本気でそう思っているのだろう。残りの半分はもしかしたら嫌がっているかもしれない。しかしその気持ちを顔やには出さない。そういう人だ。

「そうかも。けど私はあなたが好きだから」

「僕は君が嫌いだよ」

「知ってる」

 それが嘘であることも。彼はそれこそ波のような人だからこちらが押したら引くし、引いたら押し寄せてくるのだ。それが怖くて私は押してばかりいる。

「ほんと、君は物好きだね」

 そう言って笑う彼の顔が一等好きなのだ。

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