第7話 ニャフターストーリー その1

 それからのことを少しだけ書いておこう。



 『にゃ世界』に初めて行ってから半年後――。

 アパートの部屋に戻ってくると猫が増えていた。一緒に暮らす少し大きくなった真っ白な毛並みの子猫のユキともう一匹――同じように真っ白い綺麗な毛並みだがユキよりも大きな美猫としか言いようがない猫がいた。二匹はベッドの上で一緒に丸まっていた。

「ニャーロット様……ですか?」

 ニャー!

 間違ってはなかったようだ。ちゃんと目を見て返事をされた。

「いったいどうしてこちらへ……って、こっちだと話せないんでしたね」

 俺はクローゼットの方に歩き出す。毎回繋がっているというわけではないので、繋がっていてくれと念じながら扉を開ける。扉の向こう側はいつも通り、『にゃ世界』のロッテンマイニャーの部屋と繋がっていた。扉を開けると、脇をさっと通り抜けニャーロットが向こう側に行く。

「聞いてください! ヨシヒコ様!」

「は、はい! なんでしょうか?」

 ニャーロットはおっとりと穏やかで優しい声で話すというイメージしかなかったので突然のお怒りモードの強い口調に困惑する。

「私、あの猫、ニャウレリウスには、ほとほと愛想が尽きましたわ! そういうことで私もしばらくこちらに家出させてもらうことにしましたの」

「えっ……ええええぇぇぇ!!!?」

 思わず大きな声を出してしまう。心を静めるために深呼吸をする。

「急に大声を出してしまって、すいません。いったい何があったんですか? ニャーロット様」

「あの猫が私のお気に入りのクッションで爪とぎをしやがったのですわ! それをとがめると、毎日の爪とぎは猫の大事にゃエチケットだ、にゃんて開き直りやがりまして……思わず、こう力いっぱいガッとたたいて、飛び出して来たのです」

「ああ……」

 ぷりぷりしながら話すニャーロットはなんかかわいかったが、話の内容のせいで開いた口がふさがらない。やっぱりあの王様猫、救いようがないアホだ。

「そういうことなら好きなだけこちらにいてください。しかし、王妃様のニャーロット様がこちらに来て大丈夫なのですか?」

「ええ。ロッテンマイニャーにお願いして、私は公的には視察の旅に出ていることににゃっていますわ」

「それであのニャウレリウスは、どうしていらっしゃるんですか?」

「いつもに増してひどい放心をしているようで、にゃにをしていてもほうけているようで、ニャチュワード始め側近そっきんがてんやわんやしていると、ロッテンマイニャーから聞きましたわ。その姿を想像したら、可笑しくて笑ってしまいますわ」

 そう言いながら、くすくす笑う姿を見て背筋に寒気が走る。ずっと放心状態なら国家運営に支障が出てるのでは、と勘ぐってしまう。それでも笑っていられるニャーロットはちょっと怖かった。『にゃ世界』の住人で一番敵に回してはいけないのはニャーロットだ。この猫の前では粗相そそうのないように気をつけようと心に深く刻んだ。

 ニャーロットはそれから二ヶ月間部屋に住み着いていた。そして、ある日をさかいに『にゃ世界』に戻った。

 ニャーロットは土下座して謝り倒すニャウレリウス三世の頭を蹴飛ばしたらすっきりしたのだと、ユキが後でこっそり教えてくれた。これから一生、ニャウレリウス三世はニャーロットに対し頭が上がらないまま、尻に敷かれ続けることになるのだろう。

 これが『にゃ世界』の方で一時話題になった『ニャウレリウス三世、放心による傾国未遂事件』の真相と顛末てんまつで、そのことを知る人と猫は数少ない――。

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