第5話 再度王の間へ。そして、一人の夜

 扉を開け廊下に出ると、ニャチュワードが扉の脇で横になってくつろいでいた。

「おいっ!」

 その呼びかけにニャチュワードは驚き飛び上がり、「にゃほんっ」とわざとらしい咳払いをし、膝を軽く手で払い、何事もなかったかのような顔でこちらに向き直る。

「これはこれはヨシヒコ様。大変見苦しいところをお見せしてしまいまして――」

 それを冷たい目で見下ろす。

「それでにゃんでございましょう?」

 ため息を一つつき、気持ちを切り替える。そして、ニャチュワードに手にしていた煮干を投げるように渡す。それに飛びつき、がっつき一瞬で食べきるニャチュワード。

「して、これはにゃんの賄賂わいろでございましょうか?」

 ここでずっと待たせたことへのおびというか手間賃てまちんのような気持ちからの煮干だったが、この執事猫のリアクションになんだかイラっとする。おそらくこの執事猫とは相性が悪い。会ってまだ数時間と経ってないのに、何度イラっとさせられたことか――。

「賄賂と思うなら、何かしら俺の役に立ってくれ――特に何かしろとは言わないから……」

「にゃんとも曖昧あいまいにゃことで……これがうわさに聞くそでの下という文化でございますか?」

 どこでそんな言葉を覚えたのやら――。お前に袖なんてものはないだろという言葉をぐっと飲み込む。

「まあ、何でもいいから――とりあえず、王様のところに案内してくれ。もう一つの方の話をしたいんだ」

「かしこまりました」

 ニャチュワードの案内で王座のある部屋に戻ってくる。そして、ニャウレリウス三世に再度謁見する。

 しかし、ニャウレリウス三世は未だ放心状態の最中で――それでも何もないとは、ここは平和な国なんだなと実感する。

 ニャチュワードがニャウレリウス三世の状態を確認し、何度か呼びかけるも抜けた何かは戻ってくる気配はなかった。そこでニャチュワードは呼吸を整え、「にゃあーーはっ!」という奇声を発しながら、ニャウレリウス三世の目の前で手を打ち鳴らす。猫による猫に対して行われた猫だましだ。とはいっても、猫の肉球でポフッというどこか柔らかさを感じる音であったが、ニャウレリスス三世は、ハッっと戻ってきた。

「わしはいったいにゃにを――」

「国王様、ヨシヒコ様とのお話の続きをお願いします」

「おお、そうだったな。して、そにゃたはどこまで知っている?」

 ニャウレリウスは何事もなかったかのように話を続けてきた。

「はい。協力者の件ならば一通り聞かせていただいております」

「それにゃら、話は早い。協力者の件、引き受けて貰えにゃいだろうか?」

「それはいいのですが、私には協力できるようなことが思い当たりません。何かしらの物をこちらに融通させようにも、私は学生という身ですので自由に扱えるお金はあまり多くありませんし、コネというものありません」

「うんむ。そにゃたの懸念するところは無理もにゃい。しかし、わしらはそにゃたのようなものに無理強いをすることはにゃい。いずれ、にゃにかしらでわしらの世界に得となりえると判断したら、そのときまた扉は繋がり、開かれるだろう」

 王様っぽいことも言えるんだなと変に感心する。娘を怒らせた事情を知っている分、真面目なことを言っていても違和感しかないし、威厳も何も感じることができない。そして、話から推察するにまたあのご自慢のニャージェントたちが定期的に調査に出張でばってくるのだろう。

「ヨシヒコ。では、近い将来またこうして相見あいまみえることを期待しておるぞ」

 ニャウレリウス三世はニャチュワードに目配せをする。

「それではヨシヒコ様。謁見は以上になりますので行きましょうか」

 王座のある部屋を後にし、廊下をしばらく歩いた。連れてこられたのはユキと合流した自分の部屋と繋がる扉の前だった。元の世界に帰る前にユキやニャーロットに挨拶くらいしたかったが仕方がない。

 扉を開け、見慣れた部屋に足を踏み入れる。振り向くと、ニャチュワードが頭を下げながら、

「それではヨシヒコ様。またいつか――」

 と言い、扉が勝手に閉まる。

 しばらく呆然としていたが、俺は帰ってきたという実感がまだ薄く、さっきまでニャチュワードの言うところの『にゃ世界』と繋がっていたこの玄関の扉を開ければ、まだ向こうに行けそうな気さえした。ドアノブを握り、回して扉を開ける――そこはいつもの風景で、一歩踏み出し振り返って見上げればいつものぼろいアパートがそこにあった。辺りはすっかり暗くなっていて、空には明るすぎる満月が浮かんでいた。

 秋の冷たい夜風が吹きぬけ身震いをし、部屋の中に戻る。なんだか疲れを感じ、シャワーを浴び、倒れこむようにベッドに横になった。いつもなら、布団の中にユキが入ってきたり、布団の上で丸くなるのだが、ユキはいない。

 温もりが足りないベッドで久しぶりの一人の夜を明かした――。

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