第4話 母と娘と『にゃ世界』の秘密
「これはニャチュワード。どうされましたか?」
「ロッテンマイニャー、ニャーロット王妃様はご在室かにゃ?」
「ええ。それではまず用件を取り次ぎますので――」
「ルイーゼ様とルイーゼ様を保護されたヨシヒコ様を連れて来たとお伝えください」
「わかりました。そこでしばらくお待ちにゃさい」
ロッテンマイニャーは軽く一礼をし、扉を閉める。そして、三十秒も経たないうちにまた扉が開かれる。
「お待たせしました。ルイーゼ様とヨシヒコ様のみお入りください」
「ロッテンマイニャー!」
「ニャチュワード! これは王妃様の命です。控えにゃさい」
ニャチュワードは
「わかりました。それでは、私はここで待機させていただきます。にゃにかあればすぐに呼びにゃさい。いいですね、ロッテンマイニャー」
と、ロッテンマイニャーに告げる。
「ええ、分かっていますよ。ニャチュワード」
ロッテンマイニャーはニャチュワードを見下ろすような視線を送る。そのやり取りで、二人の力関係がほぼ対等であまり仲がよくないことが見て取れた。
そして、ロッテンマイニャーはこちらに視線を移す。
「それではルイーゼ様、ヨシヒコ様。お入りください」
扉の脇で小さく頭を下げながら中に誘導する。それに促されるまま部屋の中に入るとすぐに扉が閉められる。部屋の中は清潔感のあるあまり広くない部屋で、奥の日当たりのいい窓の下に一匹の猫がふかふかのクッションの上で寝そべっていた。その猫は真っ白の綺麗な毛並みで、太陽に
美猫――この言葉が形容するには一番しっくり来る。そして、
「ルイーゼ……ルイーゼ……会いたかったわ。顔を見せてくれにゃいかしら?」
ユキは腕から飛び降り、ニャーロットの元に駆け寄って、甘えるように体を擦り付ける。
「お母様、お母様――」
「ああ。かわいい、私のルイーゼ。おかえりにゃさい。少し大きくにゃりましたか?」
「お母様。勝手に飛び出してしまって……心配かけて本当にごめんにゃさい」
「いいのよ。ルイーゼ、私はあにゃたのしたことを全て許します。それで帰ってきてくれますか?」
「それは、お母様……」
ユキはちらりとこちらを見る。ユキが帰りたいと望むなら俺に止める手段はない。
「ルイーゼ。迷っているのですね。すぐに答えはださにゃくても結構ですよ」
ニャーロットはすくっと立ち上がり、俺の前で香箱座りで座りなおす。そして、頭を下げながら、
「ヨシヒコ様と言いましたか? この度はルイーゼが本当にお世話ににゃりました。ルイーゼの姿と顔を見れば、どれだけ大事にされ、愛情を
と、お礼を言われる。その横でロッテンマイニャーが、
「王妃様が頭を下げられては――」
と、焦っているが、ニャーロットはその指摘など意に
「これは王妃ではなく母としてお礼をしているのです。娘の恩人に礼を尽くさにゃい方が失礼じゃにゃいかしら、ロッテンマイニャー」
と、逆に言いくるめていた。ニャーロットは人が――いや、猫が出来ているのがうかがえた。
「それではヨシヒコ様。ルイーゼとどんな暮らしをしていたか私にあにゃたの口から教えてくれませんか?」
「ええ、もちろんです」
「ロッテンマイニャー。この方に何か飲み物をお出しにゃさい。もちろん猫用でない飲み物をですよ」
「かしこまりました」
ロッテンマイニャーは一礼して、
「それではヨシヒコ様。あちらのバルコニーにどうぞ。今の時間、日当たりも風通しもいいので気持ちいいですよ」
ニャーロットに付いて行き、バルコニーに出る。そこにはカーペットとクッションが置かれていた。ニャーロットはクッションに座り、俺はカーペットの上に
ニャーロットが言う通りバルコニーは程よい温度で日当たりはいいが眩しくなく、柔らかな風が吹きぬけて心地よかった。昼寝をするには最高の環境というべき場所だった。
しばらくその最高の環境を
こうしていると猫のお茶会にお呼ばれになっているようでなんだか和んでしまう。そして、お茶会なら飲み物だけでなくお茶請けとなるものが欲しい。ふと、鞄の中にユキのおやつ用に買った猫用の煮干があるのを思い出し取り出した。ビニール袋の擦れる音にこの場にいる猫三匹の耳と興味は釘付けになる。それを気にしないようにしながら手早く煮干を取り出し広げ、
「よかったらこれをどうぞ。あまり食べ過ぎないようにだけ気をつけてください。ロッテンマイニャーさんもいかがですか?」
と、声をかける。しかし、ロッテンマイニャーは自制心を保ち、「いいえ、私は
それからゆっくりとユキとの生活の思い出を話し出す。まだ短い付き合いなので長い話にはならなかったがユキも楽しそうに話していて――思いのほかユキとしっかりとした
話も一段落したところで、どうしても聞きたいことを切り出すことにした。
「なあ、ユキ。ユキはなんで家出したんだい?」
「知らにゃい」
この穏やかな空気のまま聞けば口が
「ヨシヒコ様。実はですね――」
「ああっ!!!! お母様、言っちゃだめー!!」
「あら、いいじゃにゃい。実はルイーゼの専用のベッドをあの猫が壊してしまったんですよ」
「あの猫?」
「この子の父のニャウレリウスのことですわ。ある日、入りもしにゃいのに、狭い空間は猫の本能とロマンが求めてるんだー、と意味がわからにゃいことを言いにゃがら小さなルイーゼのベッドに体を無理やりねじ込んで壊してしまったのです」
あの王様猫、アホだ。
「それだけでもルイーゼは大激怒だったんですが、猫が狭い空間に身をやつしてにゃにが悪い、って開き直ってしまったんですよ。さらに追い討ちをかけたのがベッド内のルイーゼお気に入りのクッションにニャウレリウスの臭いが染み付いてしまって、それが我慢できにゃかったようで――」
「だって、本当に臭いんだもん」
ユキは思い出したのか嫌そうな顔をする。そんなユキの頭を優しく撫でながら、この場にニャウレリウス三世がいなくてよかったと思った。もしいたらユキの心からの言葉に深いダメージを負っていただろう。しかし、やったことを考えたら全くと言っていいほど同情もできない。
再度、笑顔と和やかな空気に包まれたが、他にも聞かなければならないことや知りたいことがあった。
「それでユキ。お前はこれからどうするんだ?」
「どうするって……ヨシヒコと一緒がいい。でも、お母様とも離れたくにゃい……」
「そっか……そうだよな。ところで、ニャーロット様にお聞きしたいことがあるのですが?」
「にゃにかしら?」
「俺……私以外にも人間がこの世界に来たりはしているのですか?」
ニャーロットは少し悩んだ顔をする。
「ヨシヒコ様。これから話すことは口外しにゃいと
「ええ、わかりました」
「先ほどの質問、答えは来ています。その方たちもヨシヒコ様と同じようにニャージェントによる
「何のために?」
「私たちには作れにゃいものや手に入れられにゃいものを、ヨシヒコ様たちの世界のほうで調達してもらうためです。例えば、クッションやカーペットなどの質がいいものは全部調達していただいたものです。あにゃた様が今使っているカップもまたしかり――そうやって、
「なるほど……」
「そして、きっとヨシヒコ様もその協力者ににゃって欲しいと、ニャウレリウスから依頼されると思いますわ。あの猫はそっちが本来の目的で呼んだのでしょうから」
「もし協力者になれば、こちらにも度々来られるということですか?」
「ええ、もちろんですわ。しかし、こちらに繋がる扉はこちら側の者の意思でしか開けられにゃいので来たいときに来られるというわけではありませんが」
「話していただいてありがとうございます。協力者の依頼、もしされるようなことがあれば受けようと思います。それはニャウレリウスやこの国やこの世界のためではなく、ユキのために――」
ユキが驚いたような顔で見上げてくる。
「ヨシヒコ、どういうこと?」
「協力者になれば、ユキは好きなときに俺の部屋に遊びに来られるし、お母さんのニャーロット様と離れて暮らすってこともないだろ?」
「ヨシヒコはそれでいいの?」
「いいよ。俺はユキ……いや、ルイーゼか」
ユキは耳をぴくぴくっとさせて、じとっとした目でこっちを見てくる。
「ユキ! それ以外の名前で次呼んだらもう返事してあげにゃい」
「わかった、わかった。俺はユキが幸せでいられればそれでいいんだ」
「ヨシヒコ様、本当にそれでよろしいのですか?」
ニャーロットがこちらをじっと見てくる。
「またいつでも会えるんだし、いいも悪いもないですよ」
俺はニャーロットの目を見てはっきりと答える。さっきは話の流れでああ言ったが協力者になったからといって、気軽に会えるとは限らない。さらに言えば、もう会えない可能性だってある。ニャーロットはそれを知っていて、念押しするように尋ねてきたのだ。本当に見透かされているようだ。これ以上ここにいるとユキにも見抜かれそうで、
「それじゃあ、俺はニャウレリウスと話してくるから、ユキはここでゆっくりしていなよ」
と言いつつ、立ち上がった。立ち上がる間際に煮干を数個そっと
「ヨシヒコ様、本当ににゃんとお礼を言っていいか……ありがとうございます」
背中にニャーロットの言葉が届く。それを聞きながら、ユキが「ねえねえ、お母様」と甘えだし、「にゃーに? ルイーゼ――」という優しい声が聞こえだす。
和む気持ちと少し寂しい気持ちが入り混じり、少しだけ胸が痛んだ。
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