クラビエデス5

 カレードについて、俺が知ることは少ない。


 こんな事なら、山田をせっついて、もっと攻略法なり聞いておくべきだった。


 ちらりと空を仰ぐように顔を上げる。

 天蓋の向こうに、旧校舎の時計が見えていた。


 …………。


 俺が知っているアンヴェールについての情報は、

 まきなとは別に自律行動する事、

 連続使用時間は30分である事、

 休息を取らずに2回まで顕現させられること、

 くらいまでだ。


 ミメーシス能力は、言うなればMP制だ。

 この場合マジックポイントではなくミメーシスポイントだが。


 MPは顕現させる時と、時間経過、破壊された際に消費する。

 消費した分は、すぐには回復しない。


 まきながアンヴェールを出せなくなれば俺の勝利。


 その条件を満たす方法は、

 ・2回以上撃破する。

 ・時間切れまで逃げ続ける。


 この2つである。とてもシンプルだ。


 だが、前者は今の装備では無理だろう。

 一度打ち合っただけで解った。


 撃破には、体組織を大きく損傷させる必要がある。


 銃器があればいざ知らず、棒切れを持った程度では難しい。


 こちらは打ち合う度に疲労していくが、向こうは消失する瞬間までトップギアで動けるだろう。

 撃破なんてムリの無理。かたつむりだ。


 ――振りかぶったアンヴェールが突進をする――


 考えるヒマもなしかよ!

 そう叫びたいのを堪える。


 しかし、疾いが直線的な動きだ。

 すんでのところで躱す事ができた。


 が、鍬の柄がフルーレの切っ先に触れて寸断されてしまった。

 ぞっとする。


 先端はそこらの刃物より、よっぽど切れる。


 本来は刺突に特化した武器。

 明確な殺意をもって貫けば、俺はあっという間に団子のように串刺しにされるはずだ。


 逃げ続ける選択肢は?

 今の動きを見るに、倒すよりは幾らか可能性がありそうだ。


 だが30分という時間は、きっと無限に感じられるほどに長いだろう。


 それに、逃げの一手なんて情けない選択は俺のポリシーに反する。

 何より、完膚なきまでの勝利という目的を達せない。


 じゃあどうするか?


 情けないが、秘策は1つしかなかった。

 これが思惑どおりにいかなければ……。


 いや、その時はその時だ。

 やるしかない。


 実は、先程から俺の様子を伺う気配が複数ありそうだということに気付いていた。


 1つはまきなだろう。もう1つは……。

 もし俺が無様を晒すことになった場合、そいつが何とかしてくれるだろう。多分。


 でたらめな太刀筋をなんとか躱しながら、俺は反撃を開始する。


 幸い、アンヴェールは切り落としと切り上げの2通りしか使ってこないようだ。


 後ずさりしながら畑に刺さったスコップを掴む。


 これが俺のエクスカリバーだ。


 なんて言ってる場合では無いが。


 …………。


 仮定、まきなはカレードを2回までしか出せない。2度撃破されれば、3回目はない。


 1度の顕現で少なくともミメーシス容量を33%以上消費する事になる。


 その後の稼働時間が30分なのだとしたら、15分時点で撃破されたら、その次は出せないのでは無いか?


 俺はスコップを振るって牽制をするついでに、まきなに気が付かれないように少しづつ戦う位置を調整する。


 距離を取れば、少し体を休めることもできる。


 ――だが、アンヴェールはそれをさせない。


 こちらがやっとの思いで作った距離を、あっという間に詰めてくる。


「くっ!」


 上から振り下ろされた一撃を受け止める。


 時間は、まだ3分と経っていない。


 だが、早くもスコップを掴んだ手が震えてきた。

 このやり取りを後5倍は続けなくてはいけないのか。泣きたくなる。


 ――スコップで横一閃薙ぎ払う。


 だがそれは虚しく宙を切った。


 遠心力というのは厄介で、こんな小振りな得物でも、振り回せばかなりの慣性が発生する。


 向こうの速度を考えると、大振りの一撃は悪手だ。


 あちらは、素早い攻撃を繰り出す事が出来るような身体の構造をしている。


 強力なバネの力を生み出すための、剛性の強そうな太い体幹。

 それとは対照的に、驚くほど華奢な末端部。


 その気になれば、人体では成し得ない領域での格闘戦もこなすのだろう。


 ならばと、ちまちまとスコップでの突きを繰り返す。


 ――今度は空を切る事なく、アンヴェールの腕を掠める。

 砂を詰めた麻袋のような硬い感触。


 ――すぐさま迎えの一撃が飛び、俺は後ろに大きく飛ぶ。


 その後は一進一退の打ち合いだ。


 ――フルーレとスコップの先端が激しくぶつかり合い、火花が散る。


 振り回すのではなく、小さく突きに徹する事により、少しだけこちらの攻撃を当てる事も出来るようになる。


 絵面は……非常に地味だ。


 ちくちくと向こうの身体を傷つけ、時間を稼いで消耗を狙う。


 こちらは、疲労と流血により消耗する。

 向こうは、時間経過により後が無くなるのだ。


 ――もう少し。


 ――もう少しだ。


 ――――


 ミメーシスには、様々なルールが存在する。


 その1つが、利用できる空間の制限だ。


 能力は、いつでも何処でも好きに使える訳では無い。


 決められた範囲からカレードが出てしまうと強い負荷が掛かったり、カレードが消失したりするらしい。


 その度合いは個人差があるようだが……。


 職員用の緊急マニュアルには、「決められた範囲」の境界を記したものが存在した。


 そのマニュアルによると、境界は温室を分断するように一直線に広がっているらしかった。

 ちょうど俺が今いる場所は、その境界線と目と鼻の先にあった。


 先程からアンヴェールの立ち位置も確認をしていたが、奴は俺が境界の「へり」に近づかないように間合いを詰めているようなので、この仮説は合っているような気がしている。


 旧校舎の時計をさり気なく確認した。

 時間は……もうじき15分が経過する。


 頃合いか。

 俺は息を大きく吸い込み、出来るだけでかい声で話しかけた。


「まきな! お前の自慢の能力大した事ねぇな! まだ俺に一太刀も食らわせて無いぞ!」


「だが、このイタズラは笑えん! いいか? 俺は目の前にいる木偶の坊をぶっ飛ばしたら、お前を折檻するからな! おしりペンペンだ!」


「悔しかったら俺を唸らせてみろよ! 」


 まきなの居場所は見当がついている。

 近くの藪の中だ。


 そこを睨み付けると、ややあってからまきなはのそのそと藪から出てきて、自らが生み出したカレードの側に立つ。


 俺に怒られている、という感覚はまだないらしい。けろっとした表情だ。


「もう、早く降参してよ」


「がきんちょ相手にそんな事するか。大人舐めんな」


「バカにして!」


 ――まきながアンヴェールに触れると、明らかに雰囲気が変わる。


 かかとの裏側に飛び出していた棘のようなものが収納されたのが分かった。


 触れる事で行動パターンを変更する事が出来るのか。


 ――アンヴェールは両手で掴んでいたフルーレを右手のみに持ち替え、すっと線を引くように体に引き付ける。


 ――それは、刺突の為に力を蓄える動作に見える――


 ――身体がぐっと沈み込む。膝が折り曲げられ、下半身には噴火する直前のマグマのようなエネルギーが、噴火の瞬間を待っていた――


 ――それは、殺意。


 ――え? やばくね?


 逃げ出しそうになる自分を鼓舞して対峙する。


 求めるのは勝利だ。

 その為には危険に身を晒さなくてはいけないこともある。


「手加減すんじゃねぇぞ! 心臓を狙え!」


 そう言って、スコップを胸の前に構えた。

 ついでに傾斜を付けて、避弾経始の効果を狙ってみる。


 衝撃に対して垂直に受けるより、斜めに受けた方が運動エネルギーを分散させ、侵入角に対して鉄板自体の厚みも増やせる為、より高い防御力を得る事が出来るのだ。


 ……彼女の手がアンヴェールから離れた瞬間、おそらく解き放たれた猛獣のような跳躍をして俺に襲い掛かるだろう。


 その太刀筋が精密であればあるほど、うまくいなす事が出来る。

 俺の生存確率は上がる。


 ……いや、死ぬつもりはないけど。


 ――彼女の技量を信じよう。


 僅かな沈黙の後、まきなの手が離れる。


 ――それが合図となった――


 ――突進チャージは音よりも疾く――迫る切っ先は魚眼レンズ越しのように歪んで見えた――


 ――心の臓を貫かれないように、構えた得物を振り上げる――


「くっ!!」


 ――戦車装甲に見立てたスコップの鉄板を、鋭い切っ先は滑らない――まるで徹甲弾エーピーディーエスのように傾斜を諸共せずに突き刺さると、そのまま斜め上方に跳ね上げられる――


 手がじんじんと痺れたが、スコップは手放さずに済んだ。


 フルーレはスコップに突き刺さって抜けなくなり、こちらの手に渡る。


 これで向こうは丸腰になった。


 ――いや、もう一振り残っていた。


 それをするりと抜くと――先ほどと同じようにこちらを狙って身体を沈める。


 余韻に浸る時間もなく、俺は窮地に立たされた。

 だがもう相手をするつもりはない。


 ――俺は踵を返すと草薮に向かって走り出した――


 あの勢いだ。急な方向転換などできないだろう。


 同じように突進を繰り出せば、俺を追って範囲外に飛び出してしまうはず。


 後は俺が追いつかれて、尻から串刺しにならない事を祈るだけだ。


 ――間に合ってくれ!


 ――後ろを振り返らず走る――


 ――瞬間、辺りは無音になり――自分の心臓の音がやけにゆっくりと聴こえた――


 ――大地を踏み切り――大きく跳躍する――申し分のないヘッドスライディング――


 藪がクッションとなって俺を受け止める。


 直ぐに仰向けに体勢を返すと、その頭上を、旋風が通り抜けていった。


 アンヴェールは、 境界を飛び出したことにより、あっという間に霧散した。


 元の粒子に還ったのだろう。


 こちらを観察する気配やまだも、いつの間にか無くなっていた。

 かたじけない。後でビールを奢ってやろう。


 藪から這い出すと、茫然自失という感じで立っているまきなに向かって歩き出す。


「えっ、なんで? なんで?」


 慌てる。そりゃ急にカレードが消えた上、再度出す事が出来ないなんて初めての事だろうからな。


 逃げようとするところを制し、無言で首根っこを捕まえて持ち上げる。

 空いた方の手で、小振りな尻を強めに引っ叩いた。


 ぺしーん。


「ひぁ!」


「イタズラにしちゃ今日のはやり過ぎだ。何事もすぐに暴力に頼るんじゃない」


「それは良くない事だ。何故かと言うと」


 ぺしーん。


「ひうっ!」


「こうしてより強い暴力に晒されると、なすすべが無いからだ」


「直ぐに暴力に走るヤツは、必ず最後にこういう目に遭う。よく覚えとけ」


 ぺしーん。


「ひんっ!」


「……」


「おまえ……べそかいてんのか」


「ち、ちがうもん!」


 ぺしーん。


「うわぁああん! わぁああん!」


 泣いた。


「おまえなぁ、これに懲りたら、これからは話し合いで解決する努力をしろよ」


 ……そうすれば、話し合いが決裂してから暴力を用いる選択肢も出来る。

 そんな事教えないが。


 まきなを抱きかかえるようにして背中をポンポンと叩く。とりあえず泣きやませよう。


 まきながこちらの背中に回した手が、俺の服をガッシリと掴んで離さない。


 厳しくした後に優しくするのは効果的である。

 ひどいマッチポンプを見た気がするが、きっと気のせいだ。


 ともかく、大人の沽券を守れたようで、俺はほっと一息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ティアドロップ 桂 海人 @katuraumihito

★で称える ヘルプ

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ