クラビエデス3
▼やさしい能力開発(仮)では、超能力についてわかりやすく書いてあります。
覚える必要があることは決して多くありません。
初めて聞く事になるであろう固有の単語はたったの4つしかありません。
▼まず1つ目は「ミメーシス」
これは、超能力を指す単語ですが、古くからあるスプーンを曲げたり、火を起こしたりといったものとは少し違います。
あれらにはタネや仕掛けがあるからです。
ただ、ミメーシスにもタネや仕掛けはあります。
空気中にある目には見えない小さな粒を集めて固め、超能力の素とするのです。
▼素となる小さな粒は、いつもそのカタチをしているわけではなく、普段は波と粒という2つの姿を同時に持っています。
また、重さも無いため、そのままでは固めることが出来ません。
なので、そこに重さを足してあげる必要があります。
言うなれば、見えないビスケットに粉砂糖を振りかけるようなもので、そうする事で透明な状態から姿かたちが露わになります。
このシュガーコートされた状態を、2つ目の単語、「クラビエデス」と呼びます。
▼このクラビエデスの状態を作る為には、いくつかのコツが要ります。
空気中の小さな粒は、常に風の流れの中にあって移動し続けています。
例えるなら、排水口に流れ続ける水道水に粉砂糖を振りかけ続けても砂糖水にはなりません。
砂糖水にする為には、水を器のようなものに貯めて一ヶ所に集めておく必要があります。
▼その器の名前が、3つ目の単語、「トポス」です。
トポスは、立方体に近いカタチをした大きな水槽のようなもので、かつてその存在が仮定されていた、エーテルを溜めておく容れ物です。
これは目には見えません。
何処にあるかを調べる手段も、今はありません。
容れ物が至る所に綺麗に並べて置いてあるのを感じることは出来ないかもしれませんが、利用することは出来ます。
仮想のトポスを作る事で、代わりにする事が出来るのです。
最も手軽な方法は、屋内などに密室空間を作り出す事。
閉め切った部屋でも充分に代用出来ます。
▼そこにある空気とその流れを感じ、一体となる事でフォトンの形状は確定します。
皆さんもやってみましょう。
「……」
ページにしおりを挟み、山田はゆっくりと目を閉じる。
部屋の照明が瞼を透かし、赤黒いヴェールとなって視界を覆った。
山奥にある施設の一室では、物音一つしない。
遠くで小さく虫の鳴き声がちりちりと聴こえるような気がする。
だが、その僅かな振動は、耳鳴りとの区別が付かないくらいだ。
――瞑想をする。
――空気はその場で停滞し、時間も一緒に滞るように、どろどろとした一体の塊として感じる。
――そこに墨を垂らすように、自分のイメージを混ぜ込んで行くのだ。
適切に混ざり合ったそれは、レイノルズ現象を引き起こす。
――自分の体と、閉め切った部屋の空気が一体となる。境界線が曖昧になる。
個としての自我は崩壊し、拡散し、無数の粒子として空間に散らばる。
――自我の他我の垣根は境界線上にしかない。
言うなれば水面から突き出した指先のようなもので、可視化されない水面下には双方の違いなど無い。
――すべて、イドの底で繋がる。
「……」
しかし、何も起こらない。
それもそのはず。これは子供達の為のもので、いい大人である山田には意味のない行為である。
山田は目を開け、無表情のまま椅子を起こして再びファイルを開いた。
…………。
▼さて、いかがでしたか?
何か形のあるものがあなたの目の前に発生したでしょうか?
それが、4つ目の単語「カレード」と呼ばれるものです。
カレードはあなたの心の形。
そして、これらの要素を含む超能力を総称して「ミメーシス」と呼ぶのです。
これを自在に駆使して、世界を正しく、在るべき姿に導くのが私たちの使命です。
…………。
……自分で書いた内容ではあるが、所々に扇動するような要素があるのを見て笑ってしまう。
ふと、山田がページをめくる脇で、いつの間にか少女が一人、一緒に覗き込んでいることに気がついた。
「子供だましみたいな内容だね」
出渕まきなは、ややガッカリしたようにそう言う。
「子供だましだからね。どうやって入って来たの?」
「ねっ、続き早く読ませてよ」
彼女にとっては、ここまでの内容なんて、とうの昔に知っているんだろう。
もしかするとその知識は、敢えて曖昧な書き方をしている部分にも及んでいるかもしれない。
出入り口に視線を移すと、扉に目に見える損傷は無いようだ。いや、鍵穴に突き貫いたような穴がぽっかりと空いている。
シリンダー交換になるな。
料金は「彼」に請求しよう。
ついでにこのきかんぼうの折檻も丸投げする事にした。
ため息をつきつつ、山田は諦めてページをめくる。
▼ミメーシスは、大きく3つの能力に大別されます。
遠距離で行使する「R型」能力、
中距離で行使する「G型」能力、
近距離で行使する「B型」能力。
これらは、放出されるフォトンの周波数の大小によって分類されます。
その為、三系統がハッキリと分かれているわけではなく、それぞれのちょうど中間にある能力というものも存在します。
G型とB型の中間に位置する「C型」能力、
B型とR型の中間に位置する「M型」能力、
R型とG型の中間に位置する「Y型」能力。
これら計6種のバリエーションがミメーシス能力の種類となります。
▼R型は能力者本人から遠く切り離して操作する事が可能です。
攻撃手段としてカレード単体で使用できるのは「熱」と「光」に関するもの。
カレード自体は柔らかく、ホイップクリームを詰めた絞り袋くらいの固さでしか顕現しない為、耐久性は低い傾向にある。
また、操作は精密かつ繊細で、能力者本人とカレードが同時に行動するのは非常に難しいという欠点がある。
後述のB型に対して強い。これは、カレード装備型であるB型能力者の人体に対して、直接ダメージを与えることができる為です。
▼G型は能力者と同一のトポス内で使用するもので、自律行動、ワイヤード、トラップ型とバリエーションに富みます。
カレードは土を詰めた土嚢程度の固さで、硬度と靱性のバランスが良く、耐久性は最も高い。
反面、攻撃手段に乏しく、決定力に欠ける傾向があります。
前述のR型に対して強い。これは、能力者と完全に分離しているG型のカレードは熱や光では損傷しない為です。
▼B型は、装備型と呼ぶとその形態が理解しやすいでしょう。武器や防具といった形のカレードを生成します。
その硬度は3種の中で最高であり、不可視から生まれるにも関わらず、レンガと同等までになる。
ですが、それを維持する為には、常に構造体の大部分が能力者自身と触れている必要がある。分離してしまうとその瞬間に崩壊する特徴があります。
G型能力に対して有利になります。これは、B型の方が単純に固く、ぶつかり合いになった時に打ち勝つ為です。
▼これらが、主な3系統の特徴で、それ以外のC、M、Yは、それぞれの中間的な性質を持ちます。
さて、これらの能力系統は、どのように判別するのでしょうか?
その方法はいくつかありますが、最も簡単なものは、暗室とペンライトを利用した観測です。
やり方は、まず暗室に椅子を二脚置き、能力者と観測者が向かい合わせに座ります。
お互いの距離は1mとし、観測者が持ったペンライトの光を能力者の眼球に向けて照射し、その反射光を見るのです。
無能力の場合は、入った光と同じ反射がありますが、能力者の場合、僅かに反射光に変化があります。
これも、実際にやってみたほうが理解しやすいでしょう。
…………。
実践のため、山田は胸ポケットからペンライトを取り出した。
まきなもそれに乗ってくるかと思いきや、彼の膝から降りると、すっと身を引いた。
あぁ、女の子だなぁと、山田は思う。
知りたいという好奇心以上に「特定の相手に見てもらいたい」という気持ちが強いのだ。
そしてそれは山田ではなかった。
一抹の寂しさを感じなくもないが、自ら進んでタイマー付きの爆弾を抱える趣味もない。
爆弾処理は、「彼」に任せることにしよう。
既にいくつかを抱えた状態ではあるが、元はと言えばまきなを連れてきた彼の責任でもあるし、多分なんとかしてくれると思う。
たぶん。
彼は今頃、温室で土をいじっているだろう。
それを伝えると、まきなは勇んで駆けていった。
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