クラビエデス2

 人影がひとつ、資料を探して空き教室を漁っていた。


 物色をするその人物の名前は、山田太郎という。


 役所の書類見本に書かれているような適当な名前は、もちろん偽名である。

 別段理由があるわけでもない。ただ何と無くそういう風に名乗っているのだ。


 偽りの名なら何でも良かった。ハラホロヒレハレとかでも構わないのだが、流石にそれでは色々と支障が出る。

 ……兎も角、別に重要な情報では無い。


 さて、資料は会議のために使われる予定だ。その会議は定例のものではなく、急遽開かれるものだった。

「彼」のやった事が発端である。


 ここ最近「彼」は、ある女生徒を連れて個別の能力開発の為のトレーニングをしていたらしいのだが、その生徒が目覚ましい成長をしているのだ。


 子供たちの計測値は軒並み伸び悩んでおり、そこにこの報告は渡りに船であった。


 落ちこぼれからの転身。

 とはいえ、大人達からこっそりと「白雪姫スノウホワイト」の愛称で呼ばれる女生徒は、初めから注目はされていた。

 ミメーシス能力は、外見に関わる部分に何らかの特徴があると顕現しやすい傾向があったからだ。


 だが、今までの女生徒にはその法則性が当てはまっていなかった。


 それが覆されたのには、どのようなルーティンが組まれたのか、その報告と、結果が出ていない者がどのように業務に取り組んでいるのか、その問題点を晒し上げるための会議が行われようとしている。


 やってくれるな。

 そう独り言ちた。

 良くも悪くも、「彼」は事態を大きく動かすのである。


 幸いな事に山田自身は受け持っている生徒が居ないので、晒し上げられる心配は無い。

 だが、不要なプレゼンをやらされるのは本意では無いのだ。


 サボりたい。

 なので、過去の資料を漁って楽をしようというのだった。


 引き戸の中に手を突っ込み、指先の感覚だけで探ると、硬質なファイルがいくつか重ねられているところがある。


「ん、これかな?」


 そのうちの一冊を引き抜いて見る。

 見出しには、丸っこい手書き文字で「やさしい能力開発(仮)」と書かれていた。


「……」


 アジア的優しさ。みたいな不穏さが溢れる。


 これは、数年前に山田と、広報主任である相馬みゆりが協力して制作したものだ。

 本来であれば、授業でコレが使われる予定だった。

 だが、それはお流れになったので、こうしてお蔵入りとなっていた。

 ……まさか使われる事になろうとは。


 元々、子供達にはコレを使ってミメーシス能力の使い方をしっかりと教育するはずたった。

 しかし、実際には行われていない。


 ミメーシス能力がどのような理屈で作用するのか。

 それは能力を使用する上で必要な知識だが、今施設にいる子供達は、それを知らない。

 知らないまま頭の中を弄り回されている状態に近い。


 これではいつまでたってもレベルアップは出来やしない。

 そう思われるのも仕方のない事だが、やむおえない理由がある。


 有り体に言ってしまうと、反乱の抑止である。


 これは有名な話だ。

 かつて、この施設より遥かに大規模にミメーシスを研究している組織があった。


 そこでは科学的根拠を元に、子供たちも大人たちと同様に最新の知識を共有して切磋琢磨し、同じ到達点を見据えて研究が進められていた。


 だが、能力を使える子供たちと、使えない大人たち。


 その違いは徐々に両者の溝を深めた。

 幼少期特有の全能感がそれを後押しする。


 最終的に両者の関係は致命的に破綻した。

 ……おそらくミメーシス能力が人を害する為に使われた最初のケースだ。


 皮肉にも、「殺傷目的での行使が有効である」と証明される事にもなった。


 兎も角組織は壊滅し、子供たちは解き放たれた。

 その多くは行方知れずとなったが、生きる為に犯罪に手を染めているのは想像に難くない。


 また、主犯格となった少年は自由を手にした後、自分達のことを“七セヴンつの海シーズ”と称し、社会の闇で暗躍している。


 ……他人事のように言うが、山田にとって少年達は知らない仲でもない。

 彼らは、自分がこれから為していこうとする事の障害となって立ちはだかるだろう。という予感が山田にはあった。


 しかし今は、まるで凪いだ夜の海のように不気味に沈黙を守っているのだ。


 …………。


 今回の「彼」の一件で、子供たち全体の底上げが急務となる可能性は高い。

 その場合、この「やさしい能力開発」の出番がやってくる。


 殆どの生徒は初めて習う内容になるはずだし、それなりの効果が得られるはず。


 だが、まきなと言う少女にとってはどうだろう?


 出渕まきな。

 彼女は壊滅した組織の方針が色濃く受け継がれているように感じた。

 ミメーシスというモノのルールを知っているのだ。


 年齢を考えると計算が合わない。


 だとすると、元々彼女が居た廿楽つづら技術研究所に何か……たとえば、壊滅した組織に居た人間が所属している可能性はある。

 そこで何かを学んでいるとしたら……。


 人類は同じ轍を何度も踏む。


 その結果がどうなるのかはわからない。今はまだ。


 知識を得るということは、良くも悪くも行動の幅が広がるという事で、山田が手にしているファイルも、子供たちの反乱の遠因となるかもしれない。


 それでもファイルの内容を子供たちに教えるのか?


 知ったことか。


 どうせ困るのは自分ではない。

 山田は秩序ではなく、混沌に属する人間であると自負する。


 選択を伴う行動は、必ず後悔を生む。

 なら今が楽な方法を選ぶ方がマシである。


 手近にあった椅子にふんぞり返ると、ファイルをペラペラとめくり始めた。

 中身はイラストがたくさん入っていて、簡単に内容が頭に入るようになっている。


 作るのに苦心したのだ。

 このまま人目に触れさせずに亡きものになどさせるものか。


 自分で書いた文面から、久しぶりに会った級友のような懐かしさを感じて、山田は熱心に読み耽っていった。

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