温室の少女たち5

 襲撃は予期されたものだった。

 だったからこそ、ゾウさんの護衛にはヒヨコさんが付いていた。彼女の能力は普段殆ど役に立たないものだが、ライオンさんの肝入りで、ここぞという時には頼れることをライオンさん自身がよく知っている。

 また、キリンさんの身の安全は最悪ライオンさん自身が守るつもりだった。

 冗談めかして軽い話し方をしていたりするが、子供たちが怪我をしないように一番ピリピリしているのがライオンさんなのだ。

 彼は普通の人間だが、能力の系統を識別できる技能があった。カレードは大多数の人には灰褐色かそれに近い色に見えるようだが、彼には色鮮やかに、それぞれの能力ごとに個性的な配色になっていることがわかるのだった。

 それはミメーシス能力ではないし、魔眼の類でもない。そういう体質なのかもしれない。昆虫などは可視光の外、紫外線などを見ていると言われる。彼の場合もそうなのだと揶揄される事もあるが、電磁波の仕組みを理解すれば、それは全く科学的ではない仮説である。

 おそらく何らかの、今はまだ解明されていない領域によるものなのだろう。

 ともかく、その技能が彼を現在の立場たらしめていることは事実である。

 そのライオンさんは8の字を描いて急降下と急上昇を繰り返す“敵”を避けながら考え込んでいた。


 彼らを襲撃した“カレード”は、蜂のような姿をしていた。それも蜂としては規格外に大きく、明確に凶器を備えていた。

 黄金色のその外殻を目にして能力の系統はすぐに判別が付いた。

(予想通り黄色か。形状からして一匹じゃないはず。2人のところにも行ったと見るべきか)

(思った以上に物騒な得物がぶら下がっているな。ヒヨコさんの″センサー″が反応していない以上、脅威は低いが……)


 系統分けされた能力にはそれぞれ特徴がある。

 黄色の発光色を持つカレードは緑色の系統と近い性質を持つが、体の一部が繋がっていたりする事が多い緑色と違って自律行動型となり、能力者とカレードが完全に分離されていてそれぞれ行動できる。

 使いこなせば強力な能力だが、反面デメリットも存在する。

 それは、分離したカレードは単純な行動しかできないという事だ。自分で命令を変えるには、その都度出し直しをしなくてはならない。その際は直接触れる事が条件となる場合が殆ど。

 それぞれの能力系統の欠点は共通している。例外はほぼ無い。


 少年はあきらかにミメーシスを使い慣れていない。

 だから知らない。

 彼の能力は、敵と味方の識別など付いていない事を。

 ライオンさん達に向けられた敵意は割と本気だ。そう仕向けたのだから仕方がないが、差し向けられたのは思っていた以上に「人を傷付ける事ができる」ものだった。

 自分たちは身を守る術があるから良い。

 だが妹は?

 今ライオンさんが抱えた妹を放り出せば、蜂は誰をターゲットにするのか、火を見るよりも明らかだ。


 …………。

 もし仮に逃げ延びる事ができたとしても、兄妹が今日のような事態に見舞われる可能性は今後もある。ミメーシス能力者を探している存在は他にもいるからだ。

 その場合、そう遠くない未来に悲劇が訪れるのは避けられない。

 それはとても、愉快とは言えない。

 そうなる前に出会えたのは幸運だったと思う。

 大事な事はきちんと話しておかなくては。

 ライオンさんは中途半端に甘い。そこは彼の良いところかも知れないし、悪いところかも知れない。


「もう使って良いでしょう!? まきな怪我したくない!!」

 少女のキンキンと響く声に考え込んでいたライオンさんは現実に引き戻された。

 咄嗟の事で自分の名前を言ってしまったキリンさんだが、彼女は元々一人称が自分の名前である為、仕方がない所もある。

 どうぶつさんチームはその辺りに緩いので、ライオンさんも特に指摘はしなかった。それにこの状況は早めに終息させないといけない。仕上げの段階だ。

 彼は能力の使用に許可を出した。

「許可する! 存分にやれ!」


「ほんと悪趣味な見た目ね! 虫なんて全部いなくなっちゃえば良いんだよ!」

「さぁ、どこに隠れているか知らないけど、お天道様はみーんな見てるんだよ!全て曝いて晒してあげる!“アンヴェール”!」


 少女がその名を喚ぶのと――彼女に迫る蜂が裂けるようにして墜落するのは同時だった。


 分断された腹部は、そのまま地面に落ちるときらきらと光る砂煙のようなものを上げて消えていき、胴体は仰向けに落ちたまま、暫くわさわさと脚を動かしていたが、“それ”に踏み付けられるとあっさりと消えて無くなった。

――戦闘は瞬きの間に終わった。


 現れた“それ”は一見ヒトのような姿をしていた。

 喪に服したドレスの女性のようにも、そういう姿を模した西洋の彫刻にも見える。

 ミメーシス能力で人型のカレードは珍しい。能力の性質によるものだ。原理から言ってもあまり精密な動作をするものでは無いため、「色々な事が出来る人型」は、結局何も出来ない木偶になりかねない。用途は少なく絞って精度を高めた方がよっぽど有用なのだ。

 にも関わらずこの姿をしているのはよっぽどの理由があるはずだった。

 黒のケープを頭から被っているため頭部の形状は定かではない。奥の方は影になっていて窺い知れないが、何か多層の構造物が擦れ合わさるような、歯の欠けた懐中時計が無理矢理に時を刻むような歪な音が漏れ出している。羽織った布地の表面には淡い光の粒が無数に散っており、さながら星空の様であった。

 細く長い足は煌びやかなガーターストッキングを纏っているように見えるが、柔らかな女性の肢体ではない。装飾は糸を編んだものではなく、瘤のような物質が規則的に並んでいる。それは触れたものを拒絶する棘皮生物そのものであり、それに気がつくと、このカレードがヒトに擬態した異星からの侵略者にも見えてくる。

 爪先は細く尖っており、纏足の脚先でもここまで鋭くはならないだろう。そのピンヒールのような脚先で、蜂の半身を踏み付けて破壊したのだ。


「良くやった」

「弱い」

 余りにも呆気なく終わってしまい、キリンさんは不満だ。

 珍しく能力の使用許可を得たのにこれでは満足出来ない。

 もっと嬲るように遊んでも良いだろうに、その辺りの調整が難しいのがキリンさんの能力なのだ。

「これで終わり? 破壊されたら能力者は消耗するんだよね? どっかで昏倒してるかな?」

「そうだな、周囲を探してみるとしよう」

 ライオンさんはそう言いながらも、やけに周囲をキョロキョロ見回していた。

「どったの?」

「いや、近くに気配が無い。おかしいと思ってな」

「おかしい? なんで?」

「良いかい? 黄色の系統は不測の事態に弱い。対策に一番良いのは自分が近くで待機している事だ。なら何でフラワーは近くにいない?」

「知らないんじゃ無いの? そういうルール」

「そうかも知れないがそうじゃ無いかも知れない。意図的に能力の仕様の裏をかいた可能性を警戒すべきだ」

 キリンさんはライオンさんの疑り深い所が面倒臭かったが、ふーんと気のない返事をかえした。少年がまだちょっかいをかけてきてくれるなら是非もない。

「警戒を怠るな。キリンさんも範囲外に出ないように注意して探してくれ」

 ライオンさんが探索をし始める。これがヒヨコさんであれば彼の三歩後ろをインプリンティングされたようにぴよぴよと付いていくのだろうが、キリンさんはそんな事はしない。非効率的だからだ。なので敢えて反対方向から探していく。


 そうして、手近なバラックの出入り口を開いた所だった。

 床板すら打っていない砂ぼこりの舞う室内に、おそらく先ほどとは別個体と思しき蜂「たち」がアイドリングをしながら出番を待っていた。

「ぎゃあ!」

 虫が嫌いなキリンさんは悲鳴を上げた。

 それに呼応するように蜂「たち」は一斉に飛び立つ。

「“アンヴェール”! やっつけて! 全部殺して!」

 キリンさんのカレードが薄い壁を突き破って飛び込んできた――蜂が四方八方に飛び交い、壁板に使われている樹脂製の波板がひび割れそうな音を立てて揺れる。

“アンヴェール”が指揮者のように両腕を振るう――近くを飛んでいた蜂が数匹墜落した――

 先程は分からなかったが、糸のように細い刃物、フルーレと呼ばれる刺突を目的とした武器を携えている。抜刀は速過ぎて見えないが、足元に散らばる蜂の残骸が、このカレードの強さを如実に表していた。

 また、手だけではなく、時たまスカートの隙間からレーザーのように針状の剣先が飛び出し蜂を貫く離れ業も行えるようだった。

 しかし、着実に増えるキルマークに反して、小屋の外に飛び出して行った蜂以外はあまり減っていないようにも見える。

 頭の上に手を置いて地面に伏せていたキリンさんも異変に気が付いて顔を上げる――が、鼻先を蜂の切っ先が掠め、再びダンゴムシになりながら叫んだ。

「もうなんなの! きりがないんだよ!」

「ライオンさん! なんとかして!」


 …………。

 ライオンさんの反応は無かった。少し距離は離れていたものの、この事態に気が付かないはずはない。無反応の理由は、既にこの場を離れてしまっていたのだ。

 キリンさんの能力系統は黄色。つまりターゲットの少年と同じ系統となる。先にあったように、この系統は小回りが効かない。「みんな殺して」なんて命令のあったカレードと同じ範囲内に居続けては、その凶刃が向けられかねない。

 性質を理解していれば、速やかにその場を離脱するのが正解となる。

 また、同系統対決としては明らかにキリンさんの方が格上ではあるが、持久戦の体を成している今、このまま放置していると彼女の方が先にガス欠を起こしてしまいそうであった。

 これはライオンさんが王手を決めないと勝負は決さないのだ。

 ただ、その場に居なかった者には、ライオンさんは逃げ出したように見えるかもしれない。

 そう誤解するよう一芝居打ったとも言えるが。

 あとは獲物が網にかかるかどうか……。


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