24 友人O、語る~Disease another~


 まあ、元々少し雰囲気のあるやつだな、とは思ってたんだよ。

 ぱっと見はクールで、いつも何考えてるんだか分からない無愛想な顔をしてるんだけどさ、付き合ってみると第一印象とはかなり違ってたかな。

 多分、あの切れ長の目のせいなのか、目を細めて見つめられると、男だって分かっててもちょっとどきっとするような色気があってさ──あ、別に、俺、その気はないぜ。ノーマルだし。彼女いるし。

 でも……何だろうな、さっきも言ったけど、妙な雰囲気を持ってるんだよ、あいつ。

 中学は別だったから、知り合ったのは高校入ってから。1年のときに同じクラスになって、適当に選んだ席があいつの前だったからさ。席が前後してると、結構話したりするじゃん? 話しかけたのはこっちが先だったかな。

 振り向いたら、何かすっごく鋭い目した美人がいるなー、と思ったわけ。あいつ、身長もそんなにないし、華奢だから、一瞬男に見えなくて。でもよく見たらやっぱりどう見ても男。俺がまじまじと見ていたら、眉間にしわ寄せて、何だ、って言われた。

 何で女と見間違えたのかなって思ってたんだけど、さっき言った色気のせいだと思うんだよな。あの、大きくて黒目がちな切れ長の目、見つめられるとぞくぞくすんの、未だに。

 話しかけたら、いつも返ってくるのは一言、二言。しかも短くそっけない。嫌われてるのかと思ったけど、中学からの友人だっていう市谷(いちがや)──ええと、友人I? と話してるの聞いたら、普段からそんな感じだって知って。

 ──あいつさ、時々すごくしゃべるの億劫、みたいな顔してるんだよ。まだ、うんとかああとか言ってるうちはいいんだけど、そのうち何でも、ん、だけで済ませたりする。まあ、普通にああ、って返事されるよりも、ん、って短く返事されるとかわいいな、って思っちゃったりするんだけど……あ、これ、何かやばいな。──いや、だから、その気ないって。

 慣れないとあいつの話し方はちょっと冷たく感じるかもな。──俺、あいつのこと「柴」って呼んでるだろ? 実は、初めはきちんと名字で呼んでたんだ。でも、呼ぶたびに注意されんの。「しばさき」なのか「しばざき」なのかよく分からなくなっちゃって、いつも「しばさき」って呼んじゃって、「ざき」って短く付け加えられてたんだ。そのたびに冷たくにらまれて、覚えが悪い、とか、お前は馬鹿なのか、とか、無能、とか言われて……へこむだろ? だから、もういっそ「柴」でいいや、って・

 うん、それから文句言わなくなったかな。間違って呼んだりしなければ、愛称とかで勝手に呼んでもいいのか、ってちょっと驚いた。散々文句言われて、にらまれてたのは何だったんだろう、って感じ。でもさ、あとで市が──友人Iに──もう、市谷、でいいんじゃね? そのIが言ってたんだけど、別に柴は文句を言ってたんじゃなくて、そういう会話自体を結構楽しんでたんじゃないのかって。

 ……にらまれてたように感じてたのも、ただ目を見て会話してただけって言うんだよ。話してると、時々そういう目になるんだってさ。紛らわしいよな。

 で、何考えてるか分からなくて、クール、みたいな印象のことだけど──まあ、あながち間違ってはいないかな。仲のいい人間以外にはあまり心を開かないし、さっきも言ったようにかなりそっけない話し方だから、あいつの真意なんてなかなか見えないよな。

 でも付き合ってみたら、案外年相応っていうか、結構かわいいとこもあって、仲のいいやつが相手だと、笑いもするし、馬鹿話にも乗ってくれるし、わりと付き合いもいいんだ。無駄なことは嫌い、って感じだけど、放課後ファストフード店とかでだらだら過ごすのにも文句も言わずに付き合ってくれるし、ふった話にはちゃんと答えてくれるし。

 柴つながりで今じゃ市谷とも仲いいんだけど、ここって一応、結構な進学校だろ? あの2人、中学時代はトップ3の常連だったらしくて、大抵は1位2位を2人で争ってたみたいなんだよ。

 俺、最初に2人が一緒にいるのを見たとき、何かちょっと似てるなーと思ったわけ。大人しそうな感じとか、あまり口数が多くなさそうなところとか。──でも、見た目はまるっきり反対だけどな。柴はあの通り、クールで鋭いけど、市谷──え、友人I? もういいじゃん──は、地味にも見えるけどほわっと優しそうな雰囲気で、いつも穏やかそうだろ? まあ、あいつも実は結構気が強いんだけどさ。

 で、あの2人と一緒にいるときに話題に出てきたのが「陽佳(あきよし)」って幼馴染み。

 これが、また、よく話題に上がるんだよ。

 ファミレスなんかで3人で意味もなく時間つぶしてるときとか、2人が俺を置いて中学時代のこととか喋りだしてさ、そういうときに大抵、その名前が出てくる。

 聞いてたら、少しずつそれがどんな人物か分かるようになったんだけど、これが、また、驚くことばっかりだったよ。

 柴の隣の家に住んでる2つ年下の幼馴染みなんだけど、もう、生まれたときから一緒に育ってるから、家族同様。しかもその「陽佳」は、柴にべったりだって話。いつもなっちゃんなっちゃん言いながら傍に寄ってきて、ずっと離れないらしい。初めて「陽佳」に会ったとき、市谷もさすがに驚いたんだってさ。

 まとわりついて、抱きついて、ずっと甘えている。しかも、あの柴がそれをちっとも迷惑がらず、振り払うこともせず、容認している。それどころか、それを喜んでいるようにも見える。

 マジか、と思ったね。

 それを聞いたときの俺、結構驚愕だったぜ。

 さらに驚いたのは、いつも少し不機嫌そうな表情がデフォルトだと思っていた柴が、やたら笑顔になるってこと。

 その笑顔がまた、すごく自然で、本当に心から笑ってんだなーって感じでさ。

 もう、その「陽佳」がかわいくてかわいくて仕方がないんだなって分かったよ。市谷も言ってたけど、その幼馴染みは、柴にとって誰よりも大事なんだろうなって。

 好かれている自覚があるからなのか、柴自身もかなりの溺愛っぷりでさ。

 ──え?

 ああ、まあ、気になるよ、そりゃ。写真とか見せてもらったら、かなりかっこよくてさ、さすがに俺もかなわないかなって──あ? かっこいいだろ、俺。結構自覚してんだけど……え? かっこいいけど軽そうってのは、悪口? はいはい、どうせ俺は軽いです。

 ──何だっけ? ああ、そうだ「陽佳」だ。

 大人っぽくて中学生に見えないんだよ。聞いたら、身長も馬鹿でかいらしくて、下手したら俺らよりも年上に見えるんだよな。

 でも、柴が笑いながら言うんだよ、「これで、中身はまだまだ子供なんだ」って。その顔がまた楽しそうでさ。ああ、「陽佳」愛されてんなーって思って。

 ──そういえば、柴が、やたらと怪我するようになったんだよ。あれっていつ頃からだったかな。2年になってすぐか、春の終わり頃かな。

 大した傷じゃないんだけど、指とか、しょっちゅう絆創膏巻いてたりしてさ。こんなによく怪我するやつだったっけ? って思ったんだけど。そういえば、1年の終わり頃、俺、あいつの腕に沢山の切り傷があるの、見たことあったんだよね。何か、刃物でつけたような、小さい傷。あれって何だったんだろうな。別に普段は何も変わった様子ないし、いつの間にか忘れてたけど。

 で、その指の怪我なんだけど、何日かすると、増えてるんだよ。この前までとは違う指に、新しい絆創膏巻いてたりすんの。そんで、その夏から、あいつ、半袖着てるのを見かけなくなっちゃってさ。

 ──うーん、どうだろうな。もしかしたら家庭内暴力とか受けてるのかなと思ったりもしたんだけど……仲、いいらしいんだ、あいつの家。よく分からないけど、半袖を着れない理由でもあんのかな、って思ってさ。

 それで──その傷が出来始めた頃から、あいつ──ちょっと変わったんだよな。

 ──あのさ、これ、変な意味じゃないからな。誤解すんなよ。

 色気、あるって言ったじゃん、さっき。

 うん、そう。あの目が、って言った。

 ──何て言うか、さ。

 ……それが、凄みを増しちゃってるわけ。

 だから、誤解すんなって。

 女が好きな俺が見ても、かなりやばいくらい、時々、めちゃくちゃエロい。

 何でいうか、こう、フェロモン駄々漏れしてる、みたいな。

 その白くて細い首とか、伏せた目とか、唇撫でる指先とか、ちょっと待て! ってくらいに。

 あー、だから、俺はノーマルだって。

 それが、さ。

 時々、その指の傷に触れながら、熱っぽく溜め息ついたりしてるんだけど、それが本当にやばくて。何でだ、その傷か? 傷がそう思わせるのか? とか考えちゃうんだよ。

 つーか、傷がエロいって、やばいだろ。

 ……でも、あの細い身体に傷ついてたりしたら、ちょっと……クるかも……。って、違う! 今のは口が滑った!

 だーかーらー、そういう目で見てないって。マジで。

 君たちさ、文芸部の子だよね? 柴の話聞きたいって、何かあんの?

 え?

 ああ、はいはい。「陽佳」の話ね。

 ──ええと、俺が初めて「陽佳」に会ったのは、今年の1月かな。柴と、市谷と、他に5~6人で遊びに行ったんだよ。柴が年末年始付き合い悪くて、たまには俺たちのために時間作れって無理矢理連れ出してさ。朝から晩までとにかく遊びまくって……そんで、あいつがかなりくたくたになって駅でつぶれちゃってさ。送っていくつもりだったんだけど、あいつ、「陽佳」に電話するって言いだして。

 電話してすぐに走ってきたんだろうな。息切らして、部屋着にコート引っ掛けただけの格好で、ものすごく心配そうな顔して現れたよ。第一印象? ……そうだな。

 忠犬か! って感じ?

 いや、マジで。俺には飼い主のために必死で走ってきた大型犬が見えたね。

 これがまた、本物はでっかくてさ。俺だって180センチあるのに、その俺が見上げるくらい。伸びた髪を結んで、真っ赤な顔してたけど、確かにすっごくかっこいいんだよ。なんじゃこりゃ、ってくらい整ってる。

 多分、俺たちが柴に何かしたと思ったんだろうな。一瞬ものすごい目でにらまれたよ。まあ、すぐに市谷が話しかけて、誤解されないで済んだけど。

 いやー、話に聞いてた以上だったわ。

 なっちゃん大好きオーラがすごいんだよ。とにかくあれはもう柴しか見えてないな、って感じ。

 柴も柴で、「陽佳」が来た瞬間、嬉しそうにしちゃってさ。

 何か、2人の世界だよ。

 なるほど、これが柴の溺愛する幼馴染みか、って思ってさ。

 ──そのあとは、まあ、知っての通り?

 めでたく中学を卒業した「陽佳」が、うちの学校に入学してきた、ってわけだよ。

 入学して2か月で、もうかなりの有名人だけどな。──そりゃ、3年の教室にやってきて、「なっちゃーん」なんて笑顔で叫ぶ1年は、あいつくらいなものだろ?

 しかしさ、何だか、1月に会ったときとは別人みたいだな、あれ。

 元々顔はかっこいいし、背も高かったけど、あの頃はまだどっか子供っぽさみたいなとこがあったのに──入学してきた「陽佳」は、やたら男らしくなってるんだよ。

 まあ、髪切って、二枚目に磨きがかかったってのもあるかもしれないけどさ。

 ……何だろうな、成長したのか?

 柴は相変わらずだけど、やっぱり「陽佳」と一緒にいるときは嬉しそうだな。家も隣で、ほとんど一緒にいるくせに、学校でもべったりだもんな。

 市谷が時々、本当に面倒くさそうに溜め息をついてるけど、気持ちは分かるわ。あれは当てられるよな。

 まあ、あれだけなつかれて、好き好き言われたら、そりゃかわいくて愛着もわくし、特別だよな。

 この2か月で、「陽佳」の忠犬っぷりと、柴の甘さはもう見慣れたけどさ。

 ──ああ、甘い。あいつは「陽佳」に甘すぎる。

 口調とか、そんなに変わらないんだけどな、俺たちと話すときと。なのに、何であんなに甘く感じるんだ? よく分からないけどさ。

 とにかく、柴と「陽佳」の間に他人が入る隙はないな。

 「陽佳」、せっかくあんなにいい男なのに、彼女もできないぜ、あれじゃ。だって、あんなになっちゃんなっちゃん言ってる彼氏とか、女は嫌だろ?

 柴だってなあ、結構モテると思うんだけど──あんまり女好きじゃないみたいだし。

 ……何、笑ってんの、君たち?

 あのさあ、文芸部があの2人の話聞きたいって、本当に意味分からないんだけど、一体何のため?

 女の子って、いい男好きだよねー。

 ……え? そういうんじゃないの?

 だったら、何?

 ──は?

 いや、よく分からないけど、そのメモの「×」って何?

 陽佳×夏基?

 はい?

 俺?

 俺は今彼女いるけど……え? 別れる予定とかはないけど?

 あー、でも結構サイクル早いかな。ふられちゃうんだよね、俺。理由は分からないんだけど。

 でも、わりとすぐ次の彼女できるよ? 俺、モテるしね。

 え?

 市谷×小沢って、何?

 俺と市谷、何か関係あるの?

 うんまあ、あいつのことは好きだよ。あんな顔して実は腹黒いとか、その割に面倒見いいとか、面白いし。

 市谷? 今は彼女いないんじゃないかな。

 でも、あいつもモテるよ。後輩とかに、すっげー人気。やっぱ、あの優しそうな感じとか、頼りになる感じとか?

 それが、その「×」と何か関係あるの? すっごく気になるんだけど。

 ……あ、そうなんだ、秘密なんだ。

 了解。女の子には優しいんだよ、俺。無理矢理聞き出すなんてしないって。

 ──ああ、うん。別に話しただけだし。また聞きたいことあったらおいでよ。

 うん、じゃあね。文芸部の活動、頑張ってね。


 ……ところで、「×」って、何?

 誰か教えてよ。


 了



 小沢、文芸部女子部員につかまる、の巻。

 きっと、一人でふらふら歩いていたところを、わらわらと集まってきた女の子たちに、一緒にお茶でもーなんて誘われて、連れていかれたのでしょうな。

 人を疑わない小沢は、まんまと探り入れられてます。

 文芸部、隠れ腐女子の会。

 こっそりと活動中。

 真っ当な小沢は、「×」の意味を知らないまま生きていきますよ。

 そして、「市谷×小沢」。

 文芸部、市谷の本性を知らないわりには、なかなかマニアックだと思います。ありがたや。


 次はまた本編戻ります。

 夏基。

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