第5話 Ⅲ
「まず、錬魔運用の基本形をいってみろ」
すっかり教師の顔になったシュネルドルファーは楽しそうに口角を上げて促した。
「循環、維持、放出です」
「うむ」
循環は体内で魔力を巡らせたり自身の魔力と世界の魔力との循環を行う技術であり、維持は体内など自らの意図した場所や形に魔力を維持する技術を指し、放出は魔力を体外へ押し出す技術ことである。これらみっつの技術を錬魔運用術基本三形態と呼び、魔力をもつ生き物なら誰しもが意識することもなくやっている行為ながらも魔術師が魔術の修行において最初に習う技術でもある。
「では応用四形態は?」
「集中、拡散、持続、そして集中と拡散の複合の爆発です」
「そう。それらは術を使うさい錬魔から発動で一通り経ることになるから特定の形態だけ使えないなどという術師はまずいない」
たとえば杖で地面に陣を描く布陣式ならば杖に魔力を『集中』させ、陣を描きながら全体に魔力を『拡散』させつつ終わるまで『持続』させ、完成したら陣から魔法を『爆発』的に放出する、という具合である。
「まず集中型だが……」
集中型は凝縮型とも呼ばれ、その名のとおり魔力を特定の場所に集中させる技術、あるいはその形式によって発動する魔法を指す。実践的錬魔における基本中の基本でもあり、術を使わずとも拳に魔力を集中させればそれだけで金槌のような破壊力をもったり刃物を防ぐ籠手にもなるなど応用力に富み、レッコウのような気術師は例外なくこの能力が高い。しかし自身を護るほどの魔力を肉体にまとうのは本来外に向けて術を行使する魔術師にとっては効率的とはいえず、そういった使い方をする魔術師はまずいないといっていい。
「これを火属性魔法に当てはめてみようか。どういった使い方ができる?」
いいながら手の中で小さな火を灯す。
「温度や勢いを増幅させる、ですね」
正解とばかりにシュネルドルファーの炎が勢いを増した。
「他には?」
「えーっと……」
オイゲンはしばらく考え込む。
「火のデメリットを制御することがきるぞ」
「ああっ、燃やしたいところだけに火を集中させる!」
「そうだ」
炎が小さな落ち葉に飛んで行ってそれを燃やした。
「集中型はすべての魔法においてその威力を増幅させる効果があるが、同時に術者の意図した場所に発動させるという、コントロールを担うものでもある」
「じゃあ、延焼を避けるためには集中型の訓練をちゃんとしないと、ぼくみたいな術師は大惨事を招きかねないんですね……」
「そういうことだ。では次に拡散型だが……」
拡散型もやはり名前のとおり、魔力を特定の範囲もしくは無作為に拡散させる技術であり、集中型とは反対の性質をもつ。それゆえ威力は落ちるが広範囲をカバーでき、団体行動や戦闘では必須の技術といっていい。
「対象が複数の場合はこいつを巧く使えるかどうかが成功の鍵になるな。おれが得意とする界術などはまさにそうだ」
「拡散型と持続型の典型例ですもんね」
「ではこれを火に応用するとどうだ?」
再びシュネルドルファーの手の中に小さな炎が生まれた。
「それはもう、集中型とは逆の、延焼を気にせず広範囲を焼き払うことです」
炎が大きく膨れ上がってシュネルドルファーは両手を広げる。
「火魔法においてはそれしかないな。むしろそれこそが火術師の醍醐味ともいえるが、状況的にそれが許されることはまずない」
「許されたとして、広範囲で高熱を保とうと思ったら魔力の消費が半端じゃないですもんね……」
「そうだ。魔法をよく知らんやつは派手に炎をぶっ放す様を想像するが、実際にはまるで現実的でないし非効率極まる。もしそんな使い方をするやつがいたら、そいつは真正の馬鹿だ」
炎をかき消して、シュネルドルファーは断言した。
「そもそも火とは燃え広がる性質を自然にもっているのだから、わざわざ拡散技術を磨くぐらいなら制御するために集中技術を磨いたほうがよほど賢いといえよう。さあ、次は持続型だな」
もちろん名のとおり魔力の使用や魔法の効果を持続させる技術をいう。結界のような術者の手を離れた魔法も術者がその手から放ち続ける魔法も、そしてシュネルドルファー家の破眼なども、長時間維持するためにはこの技術が必要不可欠であり、いわば術のスタミナといえる。ただし気をつけなければならないのは術者の保有魔力とは違う点である。
たとえば結界は一度張ってしまえばもう術者のもつ魔力量など関係なく作動するし、手から火を噴き続ける場合でも世界の魔力を利用すれば理論上は永遠に持続可能である。ようは魔力の継続行使技術であって、保有魔力とは関係ない。
シュネルドルファーはみだび炎を灯していう。
「さあ、これを火魔法に当てはめるとどうだ?」
「低火力でも長時間焼き続けられるのは、料理では便利ですよね……」
「そう卑屈になるな。たとえばだ、敵を近づかせたくない場合、その範囲を長時間火の海にしていればさすがに突っ切ることはできん。人体が焼けるにはかなりの時間を要するが、死に至らしめるにはそうかからんからな」
「でも先生、さっきは防御に使うには絶望的だって……」
「それは範囲を限定すればの話だ。考えてもみろ、炎はそもそも狭い場所で使うものではない。拡散型のときにもいったが広い場所で使ってこそ真価を発揮する属性なのだ。狭いと熱さと息苦しさでこっちも参ってしまうからな」
敵を狭い空間に閉じ込めて焼き殺すなり蒸し殺すなりするなら話は別だが、そのためにはそういう場所か結界が必要となり、火属性単体で考える場合は無視していい要素である。
「おれが思うに、この持続技術こそ火魔法の神髄ではないかな」
「どういうことです?」
「これもさきほど触れたが、火は他の三元素と違って即効的な効果が望みにくい」
「当たった瞬間は痛くもなんともないからですよね」
「そうだ。だからこそ、持続が必要となる。即効性などはなから捨てて、持続に徹し範囲を正しく調整すれば、高火力でなかろうとかなり厄介な魔法になるぞ」
「長期戦向きってことですか」
「それも頭脳的だ。もちろん牽制などの瞬間的な使用も重要だが、魔法とは術者の智恵の具現だ。どれだけ賢い使い方ができるかという点においては、火は捨てたものではない」
ようやく少年は救われた気がして、表情を綻ばせた。
「さあ、最後に爆発型だが、これが一番縁がないかもな」
爆発型は瞬発型ともいい、まず集中させ、瞬間的に拡散させることで威力を爆発的に高める技術のことであり、当然集中と拡散の練度が物をいう。ただし地属性などの物理的衝撃力をもつ魔法に応用して初めて効果があるのであり、それをもたない火ではただの目くらまし、つまるところ花火である。
「でも花火はいいかも」
「ほう?」
「こういうところで花火が見れたらすごく素敵じゃないですか」
「ふむ、一理あるな」
シュネルドルファーは顎をつまんであたりを見回す。少し離れたテントではいまだ宴会を続けている連中の明るい声が響き、それ以外の場所では見張り番の兵士が羨ましそうにテントのほうを気にしている様子が見て取れた。
「やってみるか」
「ええっ? ここでですか?」
「今おまえがいったのではないか。ここで見られれば素敵だと」
「そうですけど……でも、花火の魔法なんてあるんですか?」
シュネルドルファーは唇の右端を少し上げて微笑みながら、落ちていた枝を拾い地面に数式を書き始める。
「オイゲン、魔法には先人が作り上げたものを習って覚えるものと、術者が独自に作り上げたものとがあるな」
「はい、継承魔法と創作魔法ですね」
現在使用されているほとんどの魔法はどこの国へ行っても継承魔法である。誰かが新しい魔法を作りたいと思ってもことごとくが先人によって開発済みで、同じ効果をもつ魔法を別の仕組みでアレンジしようと思っても既存の魔法ほどの効率性をもたせられないため、なかなか新しい魔法は生まれてこない。
創作魔法もあるにはあるが、よほどの天才でない限り新しい魔法を生み出すなどということは至難の業なのだ。それでも独自に作り上げた場合、その魔法がある程度認知され受け継がれることで継承魔法となるが、現実には魔術師連盟に認められなければなかなか評価してもらえない。
「花火の魔法もきっといつかどこかの誰かが既に作ってはいるだろう。だがおれは興味がなかったのでその存在を知らん。だから、創作してみようではないか」
オイゲンは阿呆のような面を収めることができなかった。
「で、できるんですかっ!?」
「実のところ創作すること自体はたいして難しくない。なにより難しいのは効率化、最適化だ。しかし幸いここは精霊点だからな、少々無駄が出ようが問題あるまい」
いいながらまだ数式を書き連ねていく。オイゲンが見てもさっぱり理解不能の謎の呪文のようだったが、シュネルドルファーの頭の中では既に道筋はできているらしい。
「ふむ、こんなところか」
枝を置き立ち上がる。
「火属性はすべておまえに任せる。おれのいうとおりに錬魔するんだ」
「は、はい、わかりました……!」
オイゲンも立ち上がり、短剣を構えた。
「まずは精霊の力を借りるとしよう」
シュネルドルファーは、なんとも雑なことに足で陣を描き始めた。実に見た目の悪いそれが完成すると、今度は王墓で見せたような詠唱を始め、やがて陣の内部に魔力が集まってくるのがオイゲンにもはっきり見て取れた。
「さあ、オイゲン。陣に入って円の上に炎をたくさん並べろ。ただし、できる限り魔力を凝縮し、小さくだ」
「でも先生、花火って形態でいうと爆発型なんじゃ……」
「そこはおれがやる。おまえは全神経を凝縮に注ぎ、美しい炎を作れ」
「わかりました」
頷いて、オイゲンは陣に入った。入ってわかったが、どうやらこの陣はオイゲンに精霊の加護をつけるためのもののようで、保有魔力量は気にしなくてよさそうである。ゆえにシュネルドルファーはオイゲンが炎作りに集中している間にまた別の陣を描き、その中で次々術式を開始する。
オイゲンがひとつ炎を作るのとシュネルドルファーがひとつ術式を完成させるのがほぼ同じペースで進み、二一個の炎が円形に並び終えたとき、シュネルドルファーはもう腕を組んで弟子の仕事を見守っていた。
「ど、どうですかね……?」
恐る恐る問う弟子に、師は強く頷いた。
「精霊点のお陰とはいえ、いい錬魔だ。これなら美しい花が咲くだろう」
オイゲンはすっかり汗だくになってしまった額を満面の笑みで拭った。
「先生はなにをしていたんですか?」
先ほどまでシュネルドルファーがいた陣に目を向けると、そこには薄い半透明の膜に覆われた小さな球体が炎と同じ数だけ浮いている。
「あれを炎と融合させることで爆発させるのだ。花火は音も大事だからな、風魔法も派手に練り込んでおいた」
いって、それらを操作して炎の上へともってくる。
「あの球体に炎が入ればそれだけで打ち上がるはずだ。準備はいいか?」
「は、はいっ!」
オイゲンは炎のひとつに狙いを定め、短剣をかざす。
「……
その声で最初の炎が球体へと吸い込まれた。かと思うと、まるで鏑矢のような甲高い音を発しながら球体は高速で飛び上がり――
ドオオォォォ……ン!!!
大気を揺るがすような轟音を立てて夜空に大輪を咲かせた。
「わああっ……!」
オイゲンはただ魔力濃度の高い炎を作っただけで花火の色や形などはまるで考慮していなかったのだが、炸裂したそれは赤と緑で斑模様を作り、少々不恰好ではあったが見事に花火としての態を成していた。
「なんだなんだ、敵襲か!?」
宴会を続けていた兵士たちが次々とテントから飛び出してきて武器を構える。
「さあ、二発目だ!」
「はい!」
二つ目の花火が夜空に咲いたとき、兵士たちは揃って驚きの声を上げ、三発目ですっかり虜になった。
「あれはいったいなんの魔術か!?」
レッコウも大興奮で夜空と師弟を交互に見やる。
すっかり楽しくなった師弟はそのまま残りの一八発も景気よく打ち上げるのだった……
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